第80話 狂騒
——連環の剣クランハウス。
分厚い石壁は外の喧騒を拒み、会議室は静まり返っていた。
壁に掛けられた燭台の火がわずかな揺らぎを繰り返すたび、卓を囲む影が歪む。
卓の上座、腕を組んだ男――ガルド・ヴァレインが口を開く。
「……魔石の納品状況はどうだ?」
低い声が石壁に吸い込まれるように消える。
帳簿を抱えた部下が一歩進み出る。
「芳しくありません。上位クランの連中が低層でオークを狩り尽くしているせいで、どのパーティーもノルマ未達の見込みです」
舌打ちが一つ空気を裂いた。
「くそが……原因は例の『治癒の宝玉』だろ。なんでそんなもんが二十層以下で見つかるんだ。深層の代物だぞ、本来は」
誰も答えない。
答えなど、ない。
別の声が会話に割り込む。
「問題はその騒ぎがいつまで続くかです。上位クランも、低層に張り付き続けるわけにはいかないはずですが……」
ガルドは椅子の背に体重を預けた。
軋む音がやけに大きく響く。
「連中が宝玉を確保し終えれば、いずれ前線に戻るだろう。だが、それがいつかは分からん」
誰もすぐには口を開かなかった。
「さっさと手に入れて引き上げてくれりゃいいんだがな。こっちはとばっちりだ」
苛立ちを含んだ呟きが漏れる。
帳簿が閉じられる音。
「現状で無理に挑戦権を確保しようとすれば、備蓄を大きく削ることになります。今月は静観が妥当かと」
返答はすぐにはなかった。
数人が卓上に視線を落す。
「……いや、待て」
一人が沈黙を破った。
「我々も『治癒の宝玉』を狙うべきでは?」
ガルドは視線だけを動かした。
「当然、探索はさせている。だが成果は出ていない」
「最初に見つけた連中が問題でしたね。あろうことか、その場で使ってしまった」
乾いた笑いが漏れる。
「しかも古傷まで治っただの何だの、酒場で大騒ぎだ。あれで一気に噂が広まった」
「おかげでこの有様です」
ガルドの目が鋭くなる。
「その連中はどうした?」
「除名済みです。借金も残っていましたので、装備はすべて差し押さえました」
短い沈黙の後、ガルドはゆっくりと立ち上がった。
「……方針を決める」
全員の視線が集まる。
「今月は『治癒の宝玉』の捜索を最優先とする」
はっきりと告げる。
「発見したパーティーには――半年分の納品ノルマ免除だ」
誰もすぐには言葉を返さなかった。
息を呑む気配。
数人が互いに視線を交わした。
「……大盤振る舞いですね」
「それだけの価値がある」
即答だった。
「伝達はすぐに行います」
ガルドは窓の外――広場の向こうの天逆塔を見やった。
「この流れに飲まれるか、利用するかだ。……我々は後者で行く」
◇
石の階段は、下へ下へと螺旋を描きながら続いている。代わり映えのしない景色の中、僕らの規則正しい足音だけが響いている。
僕らは十五層へ足を踏み入れるパーティーを追い越して、十六層へと進む。
「上に比べて、こっちはガラガラだな」
ライルが周囲を見回しながら言う。
「そうなるように、仕込みは十五層以下だけにしたんですよ」
僕は前を向いたまま答える。
魔力を周囲に広げて反応を探るが、オーク以外に引っかかるものはない。
——想定通り、人の気配はない。
魔道具狙いなら十五層以下。魔石狙いなら十九層。
その結果、僕らの適正階層には誰も寄りつかなくなるという算段だ。
「そこまで計算ずくかよ。……さすがノア」
ライルの声には、半分あきれたような色が混じっていた。
「でも、ありもしないお宝に踊らされる人たちって、ちょっと気の毒ね」
エレナが一度だけ後ろを振り返り、それ以上は興味を失ったように視線を戻した。
「早く行こうよ!沢山倒してノアに追いつかなくっちゃ!」
リサが弾むように歩き出し、先頭のカイを追い越そうとする。
「そういえば、『ヒールの魔石』の売り先は見つかったの?」
後ろからエレナが何気ない調子で口を開く。
「はい。蒼天の冠、銀月の祈り、黄金獅子団と話がつきました。どこも興味を示してくれています」
僕が事もなげに告げると、ライルが目を見開く。
「蒼天の冠ってこの前ドラゴン狩ったとこだろ?そんなクランまで巻き込んだのか?」
「ええ、他の二つも引けを取らない上位のクランですよ」
僕が平然と返すと、ライルは全てを察したように意地の悪い笑みを浮かべた。
「そんな化け物が、低層で暴れまわってんのか。連環の剣もたまんねぇな」
「因果応報ですよ。今まで狩場と二十層の挑戦権を独占していたのですから」
「ほんと、上手くできてるわね。連中の狩場は荒らされて、その魔石はこっちに転がり込んでくる。私達はその間に悠々と狩りができるなんて」
エレナが感心したように笑った。
「あはは、みんなノアの思い通りだね! さあ、私たちも負けてられないよ!」
リサが楽しそうに笑いながら、前方の通路を指差した。




