第79話 決意
十五層までの宝箱にいくつかの『ヒールの魔石』を仕込んで、宿に帰ってきた。
今日の分のオークの魔石は金庫にしまっておく。
「はー、疲れたな」
装備を解いたライルがそのまま寝室に向かうのを、エレナが止めた。
「ちょっと、先にお風呂入りなさいよ」
ここを定宿にしてから、すっかり風呂が当たり前になっている。
順番に風呂を済ませ、居室のソファに思い思いに腰掛けた。
「それにしても、あの魔石はなに?」
濡れた髪を乾かしながら、エレナが僕を覗き込む。
「『魔法付与』という、魔法を物に込められるスキルです」
特に隠すことでもないので、正直に説明した。
「子供の頃も作ってたよね。懐かしー」
リサが遠い目をする。秘密基地の事を思い出しているのかもしれない。
「そういえば、リサは幼馴染のよね?ノアってどんな子供だったの?」
エレナがさらに身を乗り出す。
カイも興味を惹かれたのか、無言でリサを見つめている。
「ノアはねー、何でも知ってるし、ゲルトにも勝っちゃうくらい強かったよ」
村での日々を懐かしむように、目を細める。
「でも、五歳の時に教会に連れて行かれちゃったから……」
そこで、ふっと目を伏せた。
「あっ……」
エレナが気まずそうに視線をそらす。
微妙な空気が辺りに漂う。
「別に秘密にしてるわけじゃありませんから。気にしないでください」
僕は何でもないように言った。
いずれ露呈する事だし、今さら秘密にするとこでもない。
打ち明けるにはちょうどよい頃合いだ。
「でも……教会からは逃げてきたんじゃないのか?」
ライルが遠慮がちに口を開く。
「いえ、円満に出てきました。追われたりはしていませんよ」
教会から追われてはいないし、一部とはいえ勢力も保っている。
だがそこまでは言う必要もない。
追われてないことが伝われば十分だ。
「じゃあ、もう連れて行かれたりしないんだね!」
リサがぱっと顔を明るくする。
その笑顔に釣られて、エレナもほっとしたように笑った。
「でも、納得したわ。文字が読めるのも、教会出身だからなのね」
「なぁ、教会って戦闘訓練もするのか?ノアは魔法だけじゃないだろ?」
ライル目が好奇心で輝く。
カイも身を乗り出して僕を見た。
「ええ。魔力を増やすために、ダンジョンで位階を上げる訓練がありました」
デスナイトはいい訓練相手だった。
ああいうのが天逆塔にもいればいいのだが。
「へー。ノアの位階はいくつなんだ?」
「Ⅳです」
指を四本立てる。
「……は?」
四人の視線が一斉に突き刺さる。
ライルは口を開けたまま固まった。
「Ⅳって……。そんなに差があったの……」
エレナがの声がわずかに震える。
見上げる瞳が、不安げに揺れた。
「リサも頑張ったつもり……だったんだけどなぁ」
リサの声もどこか力がない。
僕より強くなるという約束を、気にしているのだろう。
「教会のダンジョンは、効率よく狩れる環境が整っていましたから」
「それにしたって……」
「……強くなればいい。ノアを守れるくらいに」
カイがぽつりとつぶやく。
「ノアがすげぇのは今さらだろ」
ライルがにやりと笑った。
「だったら――俺たちが追いつけばいいだけだ」
「……そうね。守られるだけなんて、性に合わないもの」
エレナが小さく息を吐き、いつもの調子を取り戻したように口元を緩める。
「ちゃんと隣に立てるくらいには、強くなるわ」
「リサも負けないよ!」
ぱっと顔を上げ、リサが力強く言う。
「今度はちゃんと追いついて――ノアと一緒に戦うんだから!」
翌日からは十六層でオーク狩りを続けた。
十六層は五匹前後で群れていて、今の戦力で戦うにはちょうどよい。連環の剣の連中がうろついてないのも、こちらとしてはやりやすかった。
「お、宝箱発見」
オークの群れを片付けた先、通路の行き止まり。柱の陰に隠すように、小ぶりの木箱が置かれている。
ライルが蓋を開け、中から取り出したのは筒状の魔道具だった。
「水が湧き出す水筒ですね。野営に重宝しそうです」
僕は鑑定した結果を告げる。
「もう、『ヒールの魔石』は仕込まなくていいのか?」
空になった木箱を覗き込みながら、ライルが言った。
「ええ。噂になる程度の数で十分です。希少性があった方が、高く売れますから」
「なるほどな。……よし、今日はこの辺にするか」
「じゃあ、荷物に余裕あるから、お肉も積んでいい?」
魔石を回収していたリサが、振り返って尋ねる。
「リサが持てるならいいですよ」
「大丈夫。任せて」
上機嫌のリサは、その場でオークを手際よく解体し、背負子へと積み込んでいった。
「お、なんだか人、増えてないか?」
階段を上っていく途中、すれ違う冒険者や同じく帰路につく連中の数が、明らかに増えていた。
「『ヒールの魔石』の噂が広まってるのかもしれませんね。この後ウィスカーさんのところに寄ってみます」
ダンジョンの入口で仲間と別れ、僕はそのままギルドの酒場へ足を向けた。
夕暮れ時の一番混雑した時間にもかかわらず、ウィスカーは定位置で静かに飲んでいた。
「こんにちは」
「ノアか。今日はどうした」
ウィスカーは杯を持ち上げ、向かいの席を顎で示した。
僕は腰を下ろし、すぐに本題に入る。
「あの魔道具の話、広まってますよね?」
「ああ。とんでもねぇ治癒効果の宝玉だろ。今はその話でもちきりだ」
「実は、僕も手に入れまして」
周囲に聞かれないよう、声を潜める。
「……ほう。それで?」
「オークの魔石と交換で手放そうと思います。上位クランに声をかけてもらえませんか?」
そう言って、テーブルの上にそっと金貨を滑らせた。
「なぜ上位クランに?」
「満月の三日前までに、提示された魔石の数で取引相手を決めるつもりです」
「上位クランを競わせて、連環の剣の狩場を荒らそうって腹か」
ウィスカーはニヤリと笑った。
「いいだろう。こっちで見繕って声をかけてやる。どこに泊まってる?」
宿の名前と部屋を伝え、僕は席を立った。




