第71話 準備完了
人通りの流れに沿って少し歩くと、軒下に武器を並べた店が見つかった。
店の奥では職人らしき男が何かを研いでいる。
さっきの店のような威圧感はない。
だが、並んでいる品はどれも手入れが行き届いていた。
「……こういうのでいいんだよ、こういうので」
ライルが満足げにうなずく。
客もまばらで、装備もまちまちだ。
誰でも出入りできる、開けた空気がある。
「いらっしゃい。見るだけでも構わんよ」
店の奥から声が飛んできた。
顔も上げずに作業を続けているあたり、変に気を張らなくていい。
僕は軽く周囲を見渡す。
短剣、片手剣、棍棒、簡素な槍。
どれも過剰な装飾はなく、実用一点張りだ。
「ここにしましょう」
そう言うと、ライルがにやりと笑った。
「だな。ようやく話が早そうな店に当たったぜ」
リサは背負子を揺らしながら、並んだ武器を興味深そうに見ている。
「これ、持ってみてもいい?」
「好きにしな。壊さなきゃ文句は言わん」
店主が気のない調子で答えた。
リサが手に取ったのは、小ぶりの斧だった。
片手で扱える程度の大きさ。刃も厚く、投げても欠けにくそうな造りだ。
「それにするのか?」
ライルが眉を上げる。
「うん。軽いし、いっぱい持てそう」
そう言いながら、リサはもう一本手に取った。
両手に一本ずつ。
そのまま軽く振る。
空気を裂く音が鋭く響いた。
「……おい」
ライルが一歩引く。
リサは気にした様子もなく、今度は片方をくるりと手の中で回してみせた。
重さを確かめるように何度か握り直す。
「これ、投げてもいい?」
「裏に中庭がある」
店主はそう言うと手にしていた布で指先の油を拭い、そのままこちらへ歩いてきた。
「来な。こっちだ」
ぶっきらぼうに言いながら先導する。
店の奥を抜けると石壁に囲まれた中庭に出た。
端には藁を束ねた的が並び、地面には無数の傷が刻まれている。
店主は腕を組み、壁際に立った。
「そこから投げろ。的は好きに使っていい」
「はい」
リサが前に出て両手に斧を構える。
――次の瞬間。
リサの両腕が交差した。
右手と左手の斧が、胸の前でクロスするように振り抜かれる。
ほぼ同時。
ヒュン、と二重の風切り音。
放たれた二本の斧は、わずかに角度をずらしながら飛び、左右の巻藁にそれぞれ深く突き刺さった。
「……まじで」
ライルが呟く。
店主はしばらく沈黙したあと、ゆっくりと頭を掻いた。
「うちの常連でも、そこまでやる奴はいねぇぞ」
だが目は笑っていた。
むしろ面白がっている目だ。
「どう?」
リサが僕を振り返る。
「いいですね。それにしましょう」
僕は迷わずうなずいた。
「じゃあ、これ八本ちょうだい」
「金貨三枚だ。腰に吊るすベルトも付けてやる」
それだけ言うと、店主は店の方へ顎をしゃくる。
「中で渡す。ついて来な」
僕たちは中庭を出て、そのまま店内へ戻った。
少しして、店主が奥から戻ってくる。
手にはまとめられた斧と、革のベルト。
「ほらよ」
カウンターに無造作に置かれる。
僕は斧の数を確認し、金貨を三枚取り出した。
硬貨を置く音が、静かな店内に響く。
「毎度あり」
店主はそれだけ言って金貨を懐にしまう。
リサはさっそくベルトを腰に巻き、斧を差し込んでいく。
両手に一本ずつ残し、軽く振って感触を確かめた。
「うん、いい感じ」
「外でやれよ」
ライルが呆れたように言う。
僕は店の外へ視線を向けた。
「行きましょう」
店を出ると、日差しはすでに傾ききっていた。
「今日はこの辺で切り上げるか」
ライルが背伸びしながら言う。
「そうですね。装備も一通り揃いましたし」
僕も頷く。
リサは腰の斧を軽く叩き、満足げに笑った。
「早く使ってみたいな」
「明日ですね」
そう言って、僕たちは宿へと足を向けた。
部屋の扉を開くと、リサが小さく声を漏らした。
「うわ……」
広々とした居室を、魔導灯の灯りがやわらかく照らしている。
「ここ……全部、使っていいの?」
「ええ。ベッドもまだ余ってますよ」
そう言って寝室に視線を向ける。
「リサはまずお風呂ね」
エレナはリサを見て、軽くため息をついた。
「お風呂?」
リサがきょとんとする。
「そのままじゃベッドが汚れるでしょ。髪もちゃんと洗うの」
「あ、うん……」
少し戸惑いながらも頷くリサ。
「じゃあ、一緒に入るわ。やり方教えるから」
「いいの?」
「ええ。遠慮しないで」
エレナが当然のように言うと、リサの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとう!」
その様子を見て、ライルが小さく笑った。
「世話焼きだなぁ」
「うるさいわね」
言い返しつつ、エレナはリサの手を軽く引いた。
「行きましょう」
「うん!」
二人はそのまま浴室へ向かう。
扉が閉まり、しばらくして水音が響き始めた。
二人がうまくやれそうで何よりだ。




