第49話 英雄と裏切り者
「いやあ、それにしてもすごかった。エレナさんの魔法も、馬ごと弾き飛ばしたカイさんの膂力も。あんなの一度だって見たことありませんよ」
香辛料の荷馬車の主――ハンスが興奮した様子で声を上げる。
「まだ、森を抜けたわけではありません。日暮れまでに修道院に着けないとまずいですよ」
「ええ。ですが皆さんが護衛してくれるのであれば、万が一もないでしょう」
ハンスはさっきからずっとこの調子だ。
顔を紅潮させ、目を輝かせながら、興奮した様子で話を続ける。
僕らは適当に相槌を打ちながら鬱蒼と茂った森の中を進んでいく。
木々の間から差し込む夕日が柔らかなオレンジ色の光を地面に落としている。
門限までに修道院にたどり着くために、僕らは足を速める。
幸いなことに、これ以上の襲撃は今のところなさそうだ。
やがて、視界の先に修道院の大きな門が見えてきた。
門はまだ閉まっていない。
――間に合った。
ハンスが門番に事情を説明するとすんなりと中庭に通された。
隊商の視線が一斉にハンスに集まる。
「おお!無事に間に合いましたか!本当に良かった」
商人たちが一人また一人と駆け寄ってくる。
皆がハンスの無事を喜び、安堵の表情を浮かべる。
しかし、僕が引く馬とその背に積まれた全身鎧に目を留めると、商人たちの表情が一変した。
「……なっ!もしや襲撃を受けたのですか!」
「その馬に鎧。もしや強盗騎士を討ち取ったというのですか!」
「そのカラスの紋章。公爵様が懸賞金が掛けていた、ラーヴェンシュタインの騎士では」
「おお!大手柄ですぞ」
商人たちの声が一斉に重なり、興奮と驚きが入り混じった叫び声が中庭に響き渡る。
「お前達その人数で強盗騎士を討伐したってマジか。グレンが誘うわけだ」
ボルフが手のひらを返したように僕達を褒める。
意外なことにその声には打算や嫉妬の色は全く感じられず、純粋な称賛の気持ちが込められていた。
その予想外の称賛に思わず頬が緩む。
「おお!グレン殿の紹介ですか。さすがリーダーは見る目がありますな」
商人たちの称賛はグレンへと向かう。
「ああ。お前達よくやった。見張りの順番は俺達だけで組んじまったから、今日はゆっくり休んでくれ」
グレンの声にはどこか硬さが残る。
——当然だろう。
車軸に切れ込みを入れたのはグレンで間違いない。
昨日のうちに車軸に細工ができたのは、夜に見回りをしていたグレンだけだ。
おそらく、細工した馬車には一番弱い護衛を残す手はずだったのだろう。
隊商全体を危険に晒すわけにもいかない。取り残された馬車にも最低限の護衛を残して義理は果たした。多少の被害は出たが護衛は完遂した。
そんな筋書きだったはずだ。
エンスブルクで僕らに声を掛けたのも、生贄役を隊商に入れる為だったのかもしれない。
グレンの誤算は僕たちを残してしまったことだ。
生贄となるはずだった新人パーティーが逆に騎士を返り討ちにしてしまった。グレンとしては内心大慌てしてるに違いない。
さっきのボルフの発言で、グレンが僕らの強さを知らなかったという言い訳も封じられた。わざと強い護衛を残したようにしか見えない。
グレンはどう見ても裏切り者だ。
となれば、報復の矛先が男爵家を裏切ったグレンに向くのは当然だ。
公式な賞金首として強盗騎士を討ち取った以上、僕らに対して男爵ができることは無い。
下手に手を出せば強盗騎士と繋がっていると白状するようなものだ。
それに闇討ちしたところで失った男爵家の名誉は取り戻せない。
つまり、僕たちは金と栄誉を、グレンは男爵家の恨みをそれぞれ引き受けるというわけだ。
「グレンさん。相談が」
僕は商人達の輪を抜け出し遠巻きに見ていたグレンに話しかけた。
「なんだ?」
「男爵家の報復って、ありますかね」
「それは……あるだろうな。親族を討たれた上に、家宝の全身鎧まで奪われたんだ」
「ミルハイムまで辿り着ければなんとかなりますかね?」
「ん?ミルハイム?」
グレンは首を傾げる。
あまりの事態に頭が回っていないのだろう。
僕はグレンの思考を誘導するように、言葉を続ける。
「商人の話だと公爵様が懸賞金掛けていたみたいです。流石に公爵様のお膝元のミルハイムでは、襲われたりしないですよね?」
「ああ……うん。そうだな。ミルハイムまで辿り着けばもう安泰だ」
グレンはどこか自分に言い聞かせるように言い切った。
——ミルハイムまで行けば本当に安泰かは分からない。
だが、追い詰められた時にもっともらしい救いがあれば人間はそれに縋ってしまうものだ。
逃げ道を用意してやればグレンが暴走する事も無いだろう。
車軸の細工に気づいた素振りはあえて見せない。
内通者であるグレンが告発もされず、なおリーダーのままでいる――その姿を男爵側に見せつける。
そうすれば、強盗騎士を返り討ちにしたのもすべてグレンの策、そう思い込ませられる。
グレンの目に光が戻ったのを確認して、僕は仲間の元に戻っていった。




