第48話 襲撃
僕たちは動き出した車列について、ゆっくりと森道を進む。
やがて、街道の端に寄せられた荷馬車が見えてきた。
本隊はその横をすり抜けていく。
「もっと慎重にやれ!香辛料がこぼれたらどうする気だ」
神経質そうな高い声が森の静寂を切り裂く。
細身の商人は豪奢だが旅の埃にまみれた外套の裾を気にしながら、手伝いの男二人の作業を食い入るように見つめていた。
車軸を交換するために二人の男が積み荷を降ろしている。
細身の商人はその作業を神経質そうに見守ってた。
男たちが馬車の荷台から運び出したのは大きな木の樽と、何重にも蝋引きされた布で包まれた革袋だ。それらが地面に置かれるたび、周囲の湿った土の匂いを塗り潰すように強烈な芳香がわき上がった。
一帯に漂うのは鼻を突く胡椒の刺激と、乾燥した生姜の香り。さらには遠い異国の地を思わせる、甘くそれでいて薬草のように鋭いクローブの匂いが混じり合っている。
商人は一袋ごとに鼻を近づけ、湿気で中身が固まっていないか、あるいは袋が破れて中身がこぼれ出していないかを指先を震わせながら確かめていく。
「おい、あんた」
ライルが一歩前に出て声をかける。
「邪魔するな!子供がなんの用だ」
苛立ちを隠そうともしない声が返ってくる。
一瞬だけこちらを一瞥し、すぐに興味を失ったように視線を荷へ戻した。
「護衛だ」
ライルが短く答えると、商人の動きがぴたりと止まった。
ゆっくりと振り向いたその顔は驚きと不信で歪んでいる。
「護衛を残すって話だったが……こんな餓鬼だとは聞いてないぞ!」
吐き捨てるような言葉。
このやり取りをしている間にも本隊は速度を緩めることなく進み、やがて見えなくなった。
「とにかく今は、修理を急いで後を追いましょう」
僕はそう言って荷馬車の下に潜り込む。
車軸は真ん中からきれいに折れていた。
自然な折れ方ではない。明らかに途中まで切れ込みが入っている。
――ここで折れるように、意図的に入れた切れ込みだ。
その時、広げた僕の魔力の端に近づく集団を捉えた。
荷台の下から這い出て、まだぶつくさ言っている商人に警告する。
「何か来ます。警戒してください」
その声に反応して、荷物を降ろしていた二人の男が即座に馬車の陰に隠れた。
カイが僕の視線の先に一歩踏み出し、盾を構える。
ライルが並び、半歩下がった両側に僕とエレナが展開する。
商人はすぐに僕らの背後に隠れ、息をひそめた。
森の中から現れたのは狼ではなく――騎士だった。
最初に現れたのは軽装の二騎。街道を回り込み、前後から馬車の進路を塞いだ。
後から全身鎧に身を包んだ騎士一騎。五人の歩兵を引き連れてゆっくりと現れた。
「この道の通行権は我が領地にある。未払いの通行税、および故障車による街道占拠の罰金として、その荷を差し押さえる!」
重装備の騎士が、馬上から高らかに宣言する。
「……領地だと? 笑わせるな!お前のような落ちぶれ騎士に徴税権などあるものか!銅貨一枚払わんぞ!」
商人は震える手で腰の剣を抜いた。
「この荷には、私の家も、店も、家族の未来も……すべてが詰まっているんだ。おい、お前たち! この強盗騎士を追い払え!」
僕はライルとカイにそっと『エンハンス』をかける。
「愚かな。あくまで抵抗するか。……者共、やれ」
騎士が冷酷な声で号令をかける。
それを合図に、街道を塞いでいた騎馬がスピア構え、左右から猛然と迫ってくる。
「――アイスウォール!」
エレナが素早く魔法を唱える。
冷たい魔力があたりに立ち込め、瞬く間に氷の壁を形成する。
一方の騎馬はその壁に激しく衝突し、乗っていた騎士は振り落とされた。
カイは盾を構えたまま、反対側の騎馬に突進する。
騎馬を押しとどめるどころか、馬ごと弾き飛ばしてしまった。
「なっ……」
呆気にとられている正面の歩兵に、僕とライルが切り込む。
ライルの剣がまだ構えさえ取れていない歩兵の首を切り裂く。
その剣筋にもう迷いはなかった。
僕はライルとは反対の端から歩兵を処理していく。
あっという間に手下を失った騎士が、慌てて口を開く。
「待て……! 私はラーヴェンシュタイン男爵の弟だ! 私を殺せば、お前たちも、あの商人もタダでは済まんぞ!」
「男爵が払う身代金より、その全身鎧の方がよっぽど価値があるんじゃないですか?」
僕はそう言ってエレナに視線を向けた。
エレナがうなずく。
左手で天秤のブローチに触れ、迷いなく右手を騎士に向ける。
「――アイスバレット」
その声と共に放たれた氷の礫は、バイザーを上げたままの騎士の眉間を貫いた。
騎士は驚愕の表情を浮かべたまま、馬上から力なく崩れ落ちた。
僕は生き残りがいないか確認すると、腰を抜かしている商人に手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
その声に我に返った商人は僕の手を取って立ち上った。
「さっきは済まなかった。こんなに強いとは知らず……」
商人は手をしっかりと握りしめ、僕の目を見つめる。
「大切な積荷を守ってくれてありがとう。君たちは命の恩人だ」
「ええ。それが仕事ですから」
少しだけ苦笑いを浮かべながら答えると、視線を馬車に向けた。
「それより馬車を直しましょう。さっき見た感じでは応急処置が出来そうです。――カイ手伝ってください」
荷馬車の片側をカイに持ち上げてもらい荷代の下に潜り込む。
折れた車軸をまっすぐにすると、『ヒール』をかけた。
――切れ込みの証拠が消えてしまうが問題ない。
内通者を告発してその預金が没収されたところで、僕らの取り分が増えるわけではない。
ならば、わざわざ戦力を減らすようなことはしないほうが賢明だ。
内通者には、しっかりと釘を刺しておけば十分だ。
「これで、修道院までは持つでしょう。荷物を積み込んだらすぐに出ましょう」
僕の言葉に皆が即座に動き出す。
その間に僕は倒れた騎士の元へ向かう。血と土に汚れた鎧を外し、指にはまった印章指輪を引き抜いた。
やがて荷の積み込みが終わる。
僕は手に入れた馬に鎧一式を括りつけ、手綱を引いた。
「行きましょう。あまり時間はありません」
修道院を目指し僕たちは足早にその場を後にした。




