第50話 蒼穹の風
日の出とともに修道院を出発する。
朝もやに包まれた森の街道を赤き狼が先行する。その背が白い靄の中に見え隠れする。
続いて十数台の荷馬車が粛々と門をくぐっていく。軋む車輪の音だけが静まり返った朝の空気に響いていた。
僕たちはその隊商の中ほどに配置されている。
依頼主である商人たちの意向と、戦利品――あの高価な全身鎧を最後尾に置くのは危険すぎるという判断からだ。
最後尾は黒鉄が固める。
グレンだけは中盤に残り隊列全体に目を配っていた。
昨日の動揺はもう見られない。どうやら腹をくくったらしい。
「今日は討ち取った強盗騎士の身内が動くかもしれん。いつも以上に警戒して進むぞ」
グレンが低く告げる。その一言で隊列の空気がわずかに張り詰めた。
「ええ。防御は私たちに任せて」
そう言って、蒼穹の風のアイリーンが胸を叩く。軽い調子だがその声には揺るぎがない。
僕は薄く、広く魔力を森へと滲ませていく。風の流れ、葉擦れ、わずかな気配の乱れ。それらすべてを拾い上げるように感覚を研ぎ澄ませた。
森の気配に警戒を払いながらも速度は落とさず、隊列は着実に進んでいく。
やがてボルフが先頭から駆け戻ってきた。
「この先、倒木で道が塞がれている。……おそらく、待ち伏せだ」
僕は魔力を更に広げる。
森の輪郭が、薄くなぞられるように浮かび上がる。隠れているつもりの気配が浮かび上がる。
「両側にクロスボウを構えた兵士が五人ずつ。……騎馬いません」
ボルフが目を見開く。
「すげぇ感知能力だな。そこまでわかるのか?うちに欲しいくらいだぜ」
昨日のことですっかり信用を得られたようだ。
感心したようなその言葉に疑いの色は混じっていない。
「このまま行くぞ。合図とともに馬車を止めろ。防御は蒼穹の風に任せた」
グレンの指示にボルフとアイリーンがうなずく。
即座にボルフは踵を返し伝令へと駆けた。
商人たちも素直に身を引くして荷馬車の影に隠れるように進む。
——ピィッ!
グレンの口笛が鋭く響く。
同時に御者たちが一斉に手綱を引く。
馬が嘶き、車輪が軋み、隊列はぴたりと停止した。
「「風よ、壁となれ――ウィンドウォール」」
詠唱が重なる。
空気が唸りを上げて収束し透明な壁となって車列の両側に立ち上がった。
――直後。
弦音が森に弾ける。
一斉に放たれたボルトはしかし、吹き荒れる風の壁に叩かれ、軌道を乱されて地へと散った。
赤き狼がその隙を突き森へと突っ込む。
クロスボウを発射した兵士たちは追う間もなく整然と森の奥へ逃げ去った。
「この森は奴らの庭だ。深追いはするな」
グレンの声が森に響く。
僕は兵士たちが感知の外へ逃げたの確認し、グレンに伝える。
「逃げて行きました」
それを聞いてグレンの肩から力が抜ける。
「随分とあっさりだな。昨日の襲撃は何人だった?」
「騎士含めて騎馬が三に、歩兵が五人」
ライルがなんでもないように答える。
「それで、何人仕留めたんだ?」
「きちんと全滅させといたぜ」
グレンの顔が一瞬引きつる。
「四人でか?」
「ああ」
ライルが誇らしそうに胸を張った。
「どおりで襲撃がぬるいわけだ。それだけ戦力を削られてりゃ、嫌がらせくらいしかできんな」
グレンは肩の力を抜き深く息を吐いた。
朝の森に静けさが戻り風が木々を揺らす音だけが聞こえる。
「よし。倒木をどかしたら、このまま進むぞ」
赤き狼が周囲を警戒しつつ皆で倒木を脇によける。
荷馬車が通れる隙間を空けると隊商は再び進み出した。
「また、妨害があるかもしれん。俺はしばらく先頭で様子を見る」
そう言い残してグレンは前方へと向かっていた。
グレンの姿が見えなくなると、アイリーンが口を開いた。
「それにしても、あなた達本当に強いのね。騎士だけじゃなく、お供も全滅させていたなんて」
言葉を交わしつつも視線だけは絶えず周囲に巡らせている。
「僕はミレイユ。こっちはセシリアね」
アイリーンの隣を歩くショートカットの女性が、人懐っこい笑みを浮かべて自己紹介する。
「よろしくね」
セシリアが肩口で揃えた金髪を揺らしながら小さく会釈した。整った顔立ちには落ち着いた微笑みを浮かべている。
「ねぇねぇ。それで、どうやって倒したの?お姉さんたちにも教えてよ!」
ミレイユがずいとライルに近寄る。
「あ、えっと……」
ライルが目を泳がせ僕に視線を寄越す。
僕は、蒼穹の風を『鑑定』する。
【名 前】アイリーン
【位 階】Ⅲ
【魔 力】S
【スキル】風魔法 魔力操作 隠密
【魔 法】ウィンドランス エアハンマー ウィンドウォール ウィスパー
【名 前】ミレイユ
【位 階】Ⅲ
【魔 力】B
【スキル】風魔法 短剣術 隠密 追跡
【魔 法】エアステップ
【名 前】セシリア
【位 階】Ⅲ
【魔 力】A
【スキル】風魔法 魔力操作 隠密 狙撃
【魔 法】ウィンドカッター エアロスナイプ ウィンドウォール サイレント
——ただの風魔法使いではなさそうだ。
少しカマを掛けてみるか。
「もしかして、護衛以外の依頼も受けてませんか?」
しどろもどろになったライルの代わりに答える。
「へぇ。どうしてそう思ったの?」
ミレイユの人懐っこい笑みが一瞬にして消える。
「グレンさんですか?」
僕は構わずに続ける。
「なんのこと?」
ミレイユは表情を変えない。だが、わずかに遅れた呼吸、そして言葉を発する際の微細な間が、その焦りを隠しきれずに漏らしていた。
意識的に感情を抑制して話しているせいで返答が一瞬遅れている。
——反応から察するに、ギルドの内偵ってところか。
「証拠はありませんが、証言ならできます。詳しくは夜に」
その言葉にミレイユは肩の力を抜く。
「はぁ。なんでこれだけのやり取りで察するわけ?お姉さん自信なくすわ」
彼女は一瞬で元の屈託のない笑顔に戻る。
「それじゃ、今夜ね」
僕の耳元でいたずらっぽく囁いて配置に戻った。
「なあ。ノア。今のどういうことだ?」
ライルが困惑した顔で尋ねる。
「ミルハイムに着いたらきちんと話します」
今ライルに真相を話したら絶対に態度に出してしまう。まだグレンに気取られるわけにはいかない。
「……そうか。分かった」
ライルはうなずくと、前を向いて歩き出した。
「ねぇ。ノア」
エレナがおずおずと話しかけて来る。
「ノアは、年上が好きなの?」
少し目を伏せてから上目遣いで尋ねる。
目が合うと、彼女はすぐに視線をそらして顔を赤くした。




