第112話 満月の後の日常
窓口で受け取った金貨の入った革袋を抱え、クランハウスへ戻る。
ちょうど皆が思い思いに過ごしていた時間だったが、声をかけると食堂へ集まってきた。
「皆さん、一か月お疲れ様でした。これは皆さんで分けてください」
僕は金貨の詰まった革袋を一つ、ウィスカーさんへ差し出した。
「おう……まだ魔狼の魔石は換金してないだろ?この金は?」
革袋の重みを確かめながら、ウィスカーが怪訝そうな顔をする。
「六十層ボスの魔石を一つ売った分と、情報提供の報酬です。思っていた以上の額になりました」
皆に報酬を支払っても、当面はクランの運営資金に困ることはないだろう。
「それと、こっちはライルたちの分です」
別にしておいた革袋をライルたちへ渡す。
「お、こんなにもらえるのか?」
ライルは袋の口をのぞき込み、嬉しそうに顔をほころばせた。
「あまり無駄遣いしないでくださいね」
「魔石はどうするの?納品するならギルドまで運ぶよ?」
リサは手伝う気満々といった様子で身を乗り出した。
「思ったより資金ができたので、金庫の魔石には『ヒール』を込めておきます。五十層攻略に役立ててください」
「おう、それはありがたいが、いいのか?売ったらかなりの額だぞ?あの数が『治癒の宝玉』になるんだろ?」
ウィスカーが念を押すように尋ねた。
「ええ。遠慮なく使ってください。ただし、しっかりと管理をお願いします。市場に流す量は調整しているので」
「そういうことなら、ありがたく使わせてもらう。早くお前らに追いつかなくちゃな」
ウィスカーは決意を込めるようにうなずいた。
「ねぇねぇ、服買いに行こうよ」
話が一区切りつくのを待っていたように、リサがエレナの袖をつまむ。
「そうね。今の服は窮屈になっちゃったものね。ついでに普段着も買い足しましょ」
自分の袖口へ目をやり、エレナも納得したように笑う。
「俺たちも装備を調整してもらおうぜ」
ライルの言葉に、カイも異論はないとばかりにうなずく。
「ノアはどうするんだ?」
「僕は、魔石に『ヒール』を込めておきますよ」
皆がそれぞれ出かける支度を始める中、僕は礼拝堂に向かった。
祭壇の裏にある鉄扉の鍵を開け、階段を降りる。
積んである木箱から魔狼の魔石を取り出し、『ヒール』を込める。
やがて魔石の内側から淡い光が滲み、翠色の輝きを宿した。
それを空いた木箱へ入れ、次の魔石を手に取る。
昼までには、すべての魔石への付与を終えた。
金庫室に鍵をかけ、礼拝堂をあとにする。
これだけ魔法を使っても、魔力が減った感覚すらない。
位階Ⅴに上がってから、魔力はさらに増していた。
そのおかげで『ライフプロテクション』を切らさずに満月の夜を乗り切れたとも言える。
食堂の扉を開けると、食欲を刺激する匂いが鼻をくすぐる。
「今日のオークの煮込みは絶品だよ」
マロンが湯気の立つ皿をカウンターへ置く。
「ノアは一番小さいんだから、たくさんお食べよ」
そう言って、皿の隣に焼きたてのパンの入った籠を並べた。
「いただきます」
スプーンですくった煮込みを口に運ぶ。
柔らかく煮込まれたオーク肉がほろりと崩れ、野菜の甘みと香草の香りが口いっぱいに広がった。
「美味しいです」
「時間をかけて煮込んだ甲斐があったね」
嬉しそうに笑うマロンへ笑みを返し、パンをちぎって煮汁に浸す。
そのとき、玄関の扉が開く音が聞こえた。
「ただいまー!」
元気な声とともにリサたちが戻ってくる。
「見て見て! 新しい服買っちゃった!」
リサは食堂へ飛び込んでくるなり、その場でくるりと一回転した。
淡い水色のスカートに白いブラウス。
今までより少し大人びた印象になっている。
「似合ってますよ」
「えへへ、ありがと!」
照れくさそうに笑うリサの隣では、エレナも新しいワンピースの裾をつまんで微笑んだ。
「私も少し買い替えたの。前のは丈が短くなっちゃって」
「エレナも、とても似合っています」
「ありがとう」
二人は顔を見合わせて笑い合う。
少し遅れてライルとカイも姿を見せた。
「こっちは防具の手入れと細かい調整だけだ。しばらくはこれで問題なさそうだぜ」
「鎧、直してもらった」
カイが短く付け加える。
「腹減ったー! マロン、俺たちの分もあるよな?」
「もちろん。ちゃんと用意してあるよ」
マロンは待ってましたと言わんばかりに鍋の蓋を開け、湯気の立つ煮込みを皿へ盛り始めた。
賑やかな声が食堂に広がる。
「なぁ、午後はダンジョン行こうぜ。もうあれ使えるだろ、『錬成の祭壇』」
ライルが期待に満ちた目を向ける。
「ええ、そうですね。六十層の魔石もあと四つありますから、僕とエレナが魔力を込めれば二回使えますね」
「じゃあ、ライルとリサの武器やってよ!」
リサが嬉しそうに声を弾ませる。
「食べたら行きましょうか」
「そうと決まれば……っ!」
慌ててパンを頬張ったライルが喉を詰まらせる。
「げほっ……!」
「ちょ、落ち着いて食べなさいよ」
エレナが慌てて背を叩くが、ライルは涙目のままコップへと手を伸ばしている。
「ちゃんと味わってお食べ」
厨房から、マロンの呆れた声が飛んだ。
ライルの騒ぎを横目に、僕は残りのスープを口に運ぶ。
使うのは六十層の魔石だ。
ライルたちの戦力がどれほど底上げされるか、その結果を確かめるのが楽しみだ。




