第111話 情報提供
翌朝。
僕は一人で冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの受付で名前を告げると三階の部屋に通される。
重厚な扉を開けると、長机を挟んで二人が待っていた。
一人は初老の男。
歳は取っているが背筋は真っ直ぐで、上に立つ者が持つ威圧感がある。
もう一人は若い女性職員。目の下には薄い隈があり、机の上で握り締めた拳は小刻みに震えていた。
「資源管理室室長のアルバートだ。座ってくれ」
僕が腰を下ろすと、目の前に湯気の立つカップが置かれた。
「情報提供に応じてくれるということでいいのだな?」
アルバートが重々しく口を開く。
「もちろん報酬は支払おう」
「ええ。話せる範囲であれば」
「それで構わない。昨日、何が起き、どうやって満月の夜を生き延びたのか教えてくれ」
僕はお茶で喉を潤してから、順を追って話し始めた。
「ええ、発端は三十九層でした。宝箱の転移罠にかかって五十二層に飛ばされました。ギルド専属のヴェラさんも一緒でした」
アルバートの眉がぴくりと動く。
「どうして五十二層だとわかった?」
「写し身が現れたので五十層台と分かりました。その後、帰還のため六十層を目指す際に階層を確認しています」
「六十層?」
「ええ。僕らが転移できるのは三十層までです。五十層台からそこに向かっても日没には間に合わない」
アルバートは腕を組み、低く唸る。
「つまり六十層のボスを倒して転移を狙ったと?」
「はい」
「ヴェラ一人加わった程度で六十層を突破できるとは思えん」
僕は無言で魔石を机へ置いた。
ごとり、と鈍い音が部屋に響く。
アルバートは目を見開き、慎重に魔石を持ち上げた。
「……間違いない。この色は写し身の魔石。しかし、この大きさは見たことがない」
魔石から漏れる濃密な魔力に、隣の女性職員も思わず息を呑む。
「これは買い取らせてもらっても?」
「ええ、構いません」
アルバートは魔石から目を離し、わざとらしく咳払いをした。
「済まない。本題に戻ろう。それで、転移には成功したのか?」
「はい。地上階に転移しましたが一歩及ばず、扉が閉まりました」
部屋の空気が重く沈む。
「そのあと、何が起きた?」
「下層は魔力の濃度が異常でしたが、地上階は一点を除いて変化はありませんでした」
「一点?」
「時間の流れです」
「……時間?」
「朝になるまでの数時間で、人が風化するほど加速していました」
アルバートは考え込むように目を閉じる。
「……そういうことか」
苦い声だった。
「ヴェラの遺品が異様に劣化していた理由が説明できる」
その瞬間。
「なんでっ!」
隣の女性が机を叩き、立ち上がった。
目には涙が浮かび、怒りで肩が震えている。
「なんで、あんたたちだけ助かったのよ!」
僕は激昂する彼女を見つめ返し、淡々と答えた。
「僕のスキルです」
「……」
「ヴェラさんにも助かる方法は伝えました。でも、理解してもらえませんでした」
「嘘……」
女性は顔を歪める。
「ヴェラが、助けを拒んだっていうの……?」
責めるような視線だった。
それでも僕は否定も肯定もせず、沈黙を返す。
「ああ、すまない。無理に聞き出そうという訳ではない」
アルバートの低い声が、女性職員を制した。
「答えられないならそれでいい」
「なっ……いいんですか!?」
女性職員は信じられないというようにアルバートを見た。
「以前、君を無理に探ろうとして、痛い目を見た支部があったそうだね」
「あれは、ちょっとした行き違いです。僕の本意ではありませんよ」
「なるほど」
アルバートはそれ以上の言葉を飲み込んで、うなずいた。
「正直、満月の夜をやり過ごせる安全な拠点でも見つけたのかと期待していた。しかし、新たな知見は得られた。ありがとう」
アルバートはそう言って話を締めくくろうとした。
「案外、安全な拠点よりも良いものかも知れませんよ?」
「どういうことだ?」
「あの地上階では満月の夜、ありえないほど時間が早く進みます」
僕はそこで言葉を切り、お茶を一口含んだ。
「例えば……熟成に長い時間が必要なものを置いておくというのはどうです?」
アルバートは虚を突かれたように沈黙し、しばらく考え込んだ。
「……なるほど。参考になった」
そう言って、彼は懐から取り出した支払票にサインをして僕に渡す。
「報酬は色を付けておいた。受付で受け取ってくれ」
僕はそれを受け取ると、部屋を後にした。




