第110話 凱旋
満月空けの朝。
ボスへ挑む者。観戦に訪れた者。再配置された魔道具を狙う者。
扉が開いた瞬間、それぞれの思惑を胸に、人々が一斉になだれ込む。
天逆塔が、ひと月のうちで最も賑わう時間だった。
そんな喧騒に逆らうように、僕たちは出口へと向かう。
「そういえば、ヴェラは……?」
エレナが遠慮がちに尋ねる。
「受け入れてもらえず……駄目でした」
僕は扉の前へ視線を向ける。
そこには、踏み荒らされたヴェラの残滓だけが残っていた。
「……そう」
エレナは静かに目を伏せる。
それから顔を上げ、僕を見つめて微笑んだ。
「でも――私たちが助かったのはノアのおかげよ。ありがとう」
昨日より少しだけ大人びた笑みだった。
「ええ。皆が無事で、本当によかったです」
「最後の俺たちの動き。文句無かったろ」
ライルが掠れた、低音が混じった声で言う。
「そうですね。あの動きが出来ればどの階層でも負けないですよ」
僕が答えると、ライルは子供みたいな顔で笑った。
「だよな。六十層も突破したし、俺たちトップクランになったんだよな」
そう口にした途端実感が湧いてきたのか、ライルは嬉しそうに口元を緩めた。
「ねぇ、ノア。リサお姉ちゃんって言ってみてよ」
僕より背の高くなったリサが、期待に満ちた目で僕の顔を覗き込む。
「リサはまだ子供のままですね」
「そんなことないよ!毛だって生えたんだからね」
そう言うと誇らし気に胸を張った。
「そう言うところが子供なんです」
「と、とにかく。クランハウスに帰るわよ。ウィスカーさんたちも心配してるはずよ」
エレナが気恥ずかしそうに咳払いを一つした。
広場を抜ける。
天逆塔を目指す冒険者たちとすれ違いながら、大通りを少し歩く。
露店から漂う焼きたての香り。荷車を引く商人。朝の喧騒が街を満たしていた。
やがて一本脇道へ入ると、人通りはぐっと落ち着く。
静かな通りの先、白い塀に囲まれたクランハウスが見えてきた。
「よお。無事だったんだってな。心配したぜ」
門番のオットーが手を上げる。
「ウィスカーがヤキモキして待ってるぞ。早く顔を見せてやれ」
そう言ってにやりと笑った。
食堂の扉を開けると、視線が一斉に集まる。
そこにはウィスカーを始めクランメンバーが勢ぞろいしていた。
ウィスカーは疲れた顔で椅子に持たれ、落ち着かない様子で指を組み替えている。
目の前の杯は、ほとんど手つかずのまま残っていた。
僕らの顔を確かめると、ようやく肩の力を抜く。
「……まずは、無事で良かった」
銀鼠経由で一報は届いていたのだろう。
それでも、実際に目で確かめるまでは安心できなかったようだ。
「疲れているところ悪いが、状況を説明してくれ」
「ええ、ご心配をおかけしました。順を追って説明します」
ウィスカーの向かいに腰を降ろすと、あらましを話した。
「……なるほどな」
話を聞き終えたウィスカーが眉間を押さえる。
「つまり、転移罠にかかって帰還の為に六十層を突破するも一歩及ばず、天逆塔の中に閉じ込められて満月の夜を乗り切ったと」
「ええ、その通りです」
「しかも、閉鎖中の天逆塔の中は時間の流れが早いと来た」
ウィスカーは少し成長した四人に目を向けた。
「こいつらの姿を見りゃあ、嘘じゃねぇ事は分かるが……信じがたい話だな」
視線を向けられたリサは何故か得意げだ。
「で、ギルド直属のヴェラは助からなかったと」
「入り口に遺品は落ちていましたが、本人は跡形もありませんでした」
「で、薄明の揺籃はどう動く?」
「先ず六十層突破については、他のクランに報告が必要かと。今月はどこも名乗りを上げていなかったとはいえ勝手に攻略してしまいましたから」
そこまで話して、僕はお茶を一口飲む。
「それから、ギルドから閉鎖中の塔内部の情報提供を求められてます」
「受けるのか?」
「ええ、ギルドに恩を売っておいて損はありません。流石にスキルのことは伏せますが」
「わかった。クラン会合は近々開催できるように調整しておく」
ウィスカーがそう言ったところで、厨房から大皿を抱えたマロンが姿を現した。
「難しい話は終わったかい?そしたらこれを食べて寝ちまいな。昨日からダンジョンに籠り切りだったんだろ」
マロンは大皿を卓の中央へどんと置いた。
山のように盛られた焼きたてのソーセージに厚切りベーコン。
こんがり焼き色の付いたじゃがいもと玉ねぎのソテー。
隣には焼きたての丸パンが籠いっぱいに積まれていた。
「おいしそー!いただきます」
リサは真っ先にソーセージを皿へ山盛りによそい、丸パンを一つ掴んだ。
カイも負けじと皿へ手を伸す。
「やっぱりマロンさんのご飯は最高!」
幸せそうに頬を緩めながら夢中で食べるリサの姿に、張り詰めていた空気が少しずつ和らいでいった。




