第105話 前人未到
「日没までにはまだ時間があります」
そういうと、仲間全員が僕を見た。
その目には焦りも諦めもない。
ただ、当然のように次の言葉を待っている。
「まずはここがどこの階層なのか確認しましょう」
崩れ落ちたままの女に視線を落とす。
「あなたは?何か情報はありますか」
女はすぐには答えなかった。
呼吸が荒く、焦点の合わない目でただ空間を睨みつけている。
「……私はギルド専属の魔道具ハンターよ。四十層までを中心に探索してるけど、こんな場所は見たことがないわ」
ようやくそれだけを絞り出して、力なく首を振った。
「少なくとも四十一層以降ということですね……」
周囲を見渡す。
精緻な彫刻を刻まれた石柱が整然と並ぶ空間。
天井は光が届かないほどに高い。
見覚えのない景色という以上の情報は得られない。
――いや。
視界の端に、違和感が残った。
リサが二人いる。
「これが写し身ですか」
僕は視線を往復させる。
「ならばここは五十一層から五十九層のどこかというわけですか」
「写し身?……え、嘘。そっくりよ。本当に見分けがつかないわ」
エレナが振り返り、目を丸くする。
視線の先では、二人のリサが佇んでいた。
動作、呼吸、瞬きのタイミングまで一致している。
リサ本人すら、わずかに戸惑いを見せる。
「え?」
二人のリサが同時に首をこてんと傾げた。
『鑑定』で流れ込む情報にも一切の差異はない。
「なるほど。精度は相当なものですね」
そう呟きながら、僕は杖を構えた。
「お、おい!」
ライルの焦った声に構わず、僕は右側のリサの喉に杖を突き入れた。
「……っ!」
鈍い衝撃とともに、喉を潰されたリサが膝をつく。
声にならない音を漏らしながら、必死に自分の喉を押さえ、呼吸を取り戻そうとするがそれは叶わない。
もう一人のリサはその光景を呆然と見つめていた。
理解が追いついていないのか、それとも自分が無事であることを認識できていないのか、表情が硬直している。
やがて、喉を押さえていたリサの動きが止まると、その身体は形を保てなくなり、肉体の輪郭が溶けるように崩壊してどろりと液状化していった。
後には魔石だけが残った。
「窒息しましたか。苦痛も感じる。写し身は身体の構造まで完全に再現しているようですね」
僕は魔石を拾い上げると本物のリサに手渡した。
「ちょっと……あんた、よく仲間を躊躇なく攻撃できるわね」
女が僕を信じられないものを見る目で見上げる。
その目には恐怖というより、理解不能という色が浮かんでいる。
「背負子の重心です」
「……え?」
「本物には魔石が入っています。その分、立ち方が違いましたから」
「……今の一瞬で、そんなことまで?」
「リサはわかりやすくて助かりました」
もっとも、判別できなかったとしても問題はない。
両方倒して、本物を蘇生すれば済む話だから。
「ともかく、階層はわかりました。このまま三十層の転移陣を目指しても間に合いません」
「……そうよ。もうおしまいよ」
女が力なく項垂れる。
だが僕は首を横に振った。
「なので、六十層のボスを倒して、転移陣で帰りましょう」
僕の提案に、仲間たちは顔を見合わせることもなくうなずいた。
「相手は写し身か。今日こそノアをボコボコにしてやる」
「ライルは帰ったらお説教ね」
「今日はノアも一緒に戦うんでしょ。なら勝てるよ」
「……絶対負けない」
まるで行き先を確認する程度の気軽さで口々に応じる仲間たちを見て、女は呆然と目を見開いた。
「……は?あんた達正気?前人未到のボスよ」
「他に帰る手段はありませんから」
僕は『魔力走査』で見つけた階段へ歩き出した。
「ちょっと、待ちなさいよ。本気なの?」
「ええ。僕らは六十層へ向かいます。あなたはご自由に」
歩みは止めずにそれだけ言った。
「ま、待って!」
女は数歩ためらったあと、声を上げた。
「私だって戦えるわ!三十層台を潜ってるんだから、足は引っ張らない!」
僕は足を止めて、彼女を『鑑定』した。
【名 前】ヴェラ
【位 階】Ⅲ
【魔 力】B
【スキル】闇魔法 短剣術 隠密 罠感知 開錠
【魔 法】ダークビジョン シャドウヴェール
戦闘力は低そうだ。この程度なら写し身が出てもどうとでもなる。
「同行するのは構いませんが、邪魔はしないで下さい」
それだけ言うと、ヴェラを含めた全員に『エンハンス』をかけた。
「時間を無駄にできません。走りますよ」
地面を蹴ると、すぐに皆が後を追ってくる。
「ちょっと、なにこれ……身体が軽すぎる。強化魔法?どうなってるのよ」
最後尾からヴェラの声が追いかけてきた。




