第104話 漁夫の報い
――満月前夜。
「よいしょっと」
リサが背負子を下ろし、魔石の詰まった木箱を金庫室の隅へ積み上げる。
木箱同士がぶつかり、乾いた音が石室に反響した。
「ずいぶん集まったね」
「ええ。ウィスカーさんたちが集めてくれた分もありますから」
僕は金庫室に積み上がる木箱を見渡した。
これだけあれば、今月の挑戦権はまず間違いないだろう。
「納品は明日ですね。攻略を終えたら、そのままギルドへ運びましょう」
「うん。ボス戦、楽しみだね」
リサの声には、緊張よりも高揚が混じっていた。
僕たちは一度金庫室を出ると、礼拝堂に鍵を掛けて食堂へ向かった。
食堂には、すでにウィスカーたちが集まっていた。
木のテーブルにはクランの連中を労うための豪華な食事が並んでいる。
焼きたての肉に、香草の香るスープ。色とりどりの付け合わせの野菜が、湯気の向こうで艶やかに光っていた。
「今月もご苦労さん。今日はちょいと豪華にしたよ」
厨房からマロンが顔を出し、エプロンで手を拭きながら、さらに皿を抱えて運んでくる。
「今日もおいしそう!」
リサが声を上げてテーブルへ駆け寄る。
「よう、ノア。ローデントから最終報告が届いたぜ」
ウィスカーが右手をひらりと上げた。
「俺たちの集めた魔石を合わせりゃ、もう十分だ。明日は休んでも挑戦権は逃げねぇぞ」
「いえ、明日も潜ります」
僕は首を横に振った。
「挑戦権は確保できても、位階は上げておきたいので」
「そんなに急がなくても、ダンジョンは逃げないぞ」
ウィスカーが苦笑する。
「無理はしてねぇよ。俺たちはまだ若いからな」
ライルが横から軽口を差し込む。
「おいおい、年寄扱いは勘弁してくれよ」
苦笑いするウィスカーに、食堂が笑いに包まれる。
「急いでるってよりも、楽しくてつい潜っちゃうのよね」
エレナがくすりと笑い、カイも無言でうなずいた。
「まあ、何が起こるかわからないのがダンジョンだ。気ぃ抜くなよ」
ウィスカーの表情が少しだけ引き締まる。
――翌日、三十九層。
黒い狼の群れが、低く唸りながら四方から襲いかかる。
カイが鋭く踏み込み、大盾を豪快に振り抜いた。
衝撃波のような一撃が前方を薙ぎ払い、先頭の数体がまとめて吹き飛ぶ。
空中で魔力が霧散し、黒い粒子となって消えた。
「リサ、右の岩陰に二体!」
「まかせて!」
僕の声に応じて、リサが投げ斧を放つ。
回転する刃が空間を裂くように弧を描き、死角へと吸い込まれていく。
直後、岩陰から飛び出した影が血を流しながら姿を現した。
「逃がさない」
待ち構えていたエレナの氷弾が一直線に貫いた。
白い霜が瞬く間に全身を覆い、狼は氷像のように砕け散る。
別の一体がライルへ躍りかかる。
「っと……!」
ライルは軽やかに身を引き、牙を紙一重でかわす。
その瞬間、狼の姿が空中で揺らぎ、さらにもう一体へと分裂した。
新たに生まれた分身が、宙にいるライルへ牙を剥く。
「そのパターンは見たぜ」
ライルは冷静に空を蹴った。
空中で軌道を変え、分身の牙をかわしざま、本体ごと一閃。
次々に生まれる分身を切り伏せ、打ち砕き、打ち倒しながら、本体を追い詰めていく。
「これで最後ですね」
苦し紛れに分身を生み出しながら飛びかかってきた最後の一体。
その突進を誘い込み、僕は踏み込みと同時に一突きで貫いた。
本体が崩れ落ちると、遅れて分身たちも霧散していく。
周囲に転がる狼の群れを見渡し、討ち漏らしがないか『魔力走査』で確認する。
端に微かな反応が引っかかった。
視線を向けると、柱の陰――そこへと滑り込むように影が動く。
さらにその先、瓦礫の隙間から装飾の施された宝箱の一部が覗いていた。
「あっ!」
僕の視線の先を読んだライルが、弾かれたように駆け出す。
「俺たちに戦わせといて、魔道具だけかっさらう気かよ!そうはいくか!」
影が向かった先へ、ライルが一直線に突っ込む。
そのまま宝箱へと一番乗りし、勢いのまま蓋に手をかけた。
「待って!ダメ――」
先ほどの影――駆け寄ってきた見知らぬ女が叫ぶが、一歩遅かった。
宝箱が開き、溢れた光が一気に周囲を飲み込んだ。
視界が白に塗りつぶされる。
――そして、光が引く。
景色は一変していた。
瓦礫の山は消え、代わりに精緻な彫刻を刻まれた石柱が整然と並ぶ、神殿のような空間が広がっていた。
「……どこだ、ここ」
ライルの声が、暗い天井へ吸い込まれていく。
「……嘘。よりによって、転移の罠なんて。……今夜は満月なのに」
宝箱をかすめ取ろうとした女は、その場に膝をついたまま動かない。
指先だけが微かに震えていた。




