第28話 ただいま
学校の近くまで来ると、ちらほらと知っている顔に遭遇する。
友達というほどでもなく、話しかけられることまではないが、俺たちの顔と握っている手をちらちらと交互に眺めて不思議そうな表情を浮かべる。
昇降口まで来ると、さすがにその程度の顔見知りでは済まない。クラスメイトがいて、ガッツリと俺たちを見てくる。
「………………っ、えっと」
いつ話しかけられてもいいように身構えていたが、意外と何も言われない。
一軍と二軍の断裂が激しいことが、ここでも影響しているのかもしれない。
二軍の俺に話しかければ、同時に一軍の彩紗にも話しかけたことになり、その逆も然り。案外どちらからも話しかけにくいようだ。
ここまで来たら、いっそ話しかけてくれて、説明できた方が楽なのに――。
そう思いながら、教室に向かって廊下を歩く。
その時の注目度たるや……。
学校内にカップルは少なくないだろうが、手を繋いで廊下を歩くやつらというのはそうそういない。
おまけに、フェイク動画で話題になった彩紗と、一年の女子をムリヤリ退学させようとして話題になった俺の組み合わせ……まるっきり見世物状態だ。
もういっそ手を離したいとも思ったが、ここまで来たら教室まで行ったれ! と開き直り、衆人環視の中、教室までの道を踏破した。
教室に入ると、それまでで一番の視線がこちらに集まる。
うわぁ……覚悟はしていたけど、それでもキツイな。
「おはよう、坂城ど……うおっ⁉ 一体何があったのだ⁉」
いつものようにあいさつをしてきた小野が、キレイな二度見からのお手本のようなリアクションをしてくれた。
そう、それっ!
今俺が一番してほしかったものだよ、それ。
もし小野がリアクションできなかったら、誰も話しかけられず、じろじろ見られる時間がまだ続いたかもしれない。
誰かがその空気を変えてくれないといけない場面で、あっさりとやってくれた。
本当にいいやつだなぁ、お前は。
「いや、坂城殿、なぜ微笑ましそうな顔で我を見る? これ以上疑問を増やすな! 説明を、説明を求む!」
「ああ、そうだな……まぁ見ての通りだ。俺たちは付き合ってるわけだ」
「なんだと……いつからだ? 最近の一件で坂城殿の株がストップ高になり、それで急接近したわけか?」
「それよりずっと前からだ。高校に入る前から……」
「なん……だと……。では、我と会った時にはすでに彼女持ちのリア充だったというのか? それは別にいいが、なぜ教えてくれなかった?」
「この学校って全体的に派閥が強くて、別のところに組み込まれると交流しづらくなるからさ。空気を読んで、学校ではあまり話さないようにしてた」
何がありがたいって、小野が大きな声量で、クラス中に聞こえるようにみんなが疑問に思ってるだろうことを次々質問してくれることだ。
これで同じ説明を繰り返す必要はなくなるだろう。
「じゃあ理希くん、私はそろそろ自分の席に行くから」
「うん」
しばらくぶりに手を離す。お互いに緊張していたのか、手のひらには汗がびっしょりとついていて湯気が立っている。
ちょっと恥ずかしいので、すぐにポケットに手を突っ込んだ。
「しかし、坂城殿。ずいぶんと一気にオープンにしたものだな。我に伝えるだけならともかく、見せつけるように手繋ぎ登校とは」
「隠さないなら全部公開した方がいいだろ?」
「ふむ。まぁこれで、まだ残る噂もほとんど消えるだろうな。だからって、ここまでできる行動力には関心するが。……これが彼女持ちのリア充と我との違いか」
「何が違いかはわからないが、行動するかどうかがすべてだと思うぞ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるというが、一発も撃たなきゃ絶対に当たらないからな。気になる相手がいるなら、とにかく行動してみたらどうだ? 俺的には、小野はかなりいいやつだと思うから、どこかに隠れファンがいると思うぞ」
「いればいいのだがな……まぁ、どうしてもほしいわけではないが」
「この会話の流れでその答えかよ。なんだったんだ、今のやり取り」
「坂城殿を少し試したのだ。彼女持ちであることを公表し、非モテの我を見下す態度を取りはせんか、我との友情を捨てて一軍に行くつもりではないかと」
「そういうことは全然考えてない。そもそも俺は、一軍に行けなかったからしかたなくお前と友達やってるわけじゃないぞ。お前とオタク話をするのが楽しいから友達やってんだ」
「三次元の彼女がいるのにか?」
「二次元は三次元の代用品じゃない。『ケーキはパンがないから食べる物じゃない』のと同じように」
「おお、それは今朝放送されたばかりの『マリー・アントワネットだけど、転生したら未来のゲームの悪役令嬢になってた。モデルがどう考えても私なんですけど⁉』のセリフ。すでにチェックしていたとは……うむ、坂城殿はリア充であっても、我と同じ側の人間のようだな。よかろう、これからも我と行動を共にすることを許す」
「はっ、ありがたき幸せ」
途中からよくわからないノリになったが、小野にちゃんとわかってもらえたようでよかった。
彩紗のことは隠してはいたが、積極的にウソをついていたわけではないので納得してもらえると思っていたが、それなりに心配していたのだ。
友情が崩れなくて本当によかった。
★★★
「理希くん、ご飯一緒に食べよ」
昼休みになり、彩紗は弁当の包みを持って俺と小野のところに来た。
「いいけど、いつものグループの方はいいのか? 付き合ってることを公表したからって、友達と過ごす時間を減らさなくてもいいんだぞ」
「それはわかってるよ。まぁ今日くらいはね。ってことで、ここにお邪魔させてもらっていいかな?」
「ここに加わるのか?」
どうやら彩紗は、俺と小野のところに混ざるつもりのようだった。
「理希くんの友達から理希くんを奪うのも悪いし。それに、話は聞いてるけど、小野くんがどんな人なのか詳しく知らないから、せっかくだから話してみようかな、と」
「ってことなんだけど、いいかな?」
小野に訊くと、「異論はない」と言われた。
まぁ「ダメ」とは言えないわな。
それはいいとして、弁当を持った彩紗の横には、藤巻さんが寄り添うように立っているのだが。
「藤巻さんも?」
「まぁね。彩紗と坂城が付き合っているのは理解した。あんたがそれなりにちゃんとしたやつだってのは、あの時の一件で知ってるつもりだけど、さすがに緊急時だけで判断するのもね。だから、日常のあんたをチェックしてあげるよ」
「どんな立場? まぁ別にいいけど」
小野の了承も得られたので、今日は四人で昼食を食べる。
オタクグループに一軍の女子二人が混ざるというなかなかカオスな光景が誕生した。
周囲から注目され、会話に聞き耳を立てられているような気がするのは、たぶん気のせいではないだろう。
だからと言って、別に気取った会話などできるはずがない。
「そういやさ、あんたらっていっつもアニメの話してるけど、同じようなことばっかり話してて飽きないの?」
藤巻さんが俺たちに問いかける。
「知らない人には同じような話に思えるかもしれないけど、全然違うんだよ。アニメってものすごい数があるから。毎日三時間見ても新作全部は追いきれないくらいあるから」
「は? そんな多いの?」
「他に漫画やラノベもあるから、同じ話を繰り返す余裕なんてない」
「意外と忙しいんだな。それは別にあんたらの勝手だけど、彩紗は彼氏が趣味に時間使いまくってるのは気にならんの?」
すると、彩紗は苦笑した。
「私も同じ趣味持ってるから別に。それに、二人でいる時にオタク趣味のことばかりしてるわけでもないし」
「え、彩紗もアニメとかよく観るの?」
「まぁ……引きこもりだったしね」
「引きこもり?」
おっと、その辺の話も開示していくつもりか?
さすがに少し飛ばし過ぎじゃないかな。
「ま、まぁアニメを観るとは言っても、誰でも知ってるメジャーな作品を観る程度であろう? その程度でオタクとは認められぬな」
小野がなぜかよくわからんマウントを取り始めた。
いつもの賑やかさがウソのように、さっきまで黙っていたくせに。
「え~、私も超オタクだよ」
「むっ」
お、彩紗がネットミーム使ったら小野が「やるな、こやつ」みたいな顔をしたぞ。
「いも☆メイとか読んだし」
「な、なんだと、あの超マイナーラノベを? 我でさえ今年になってようやく手に入れたというのに、一体どうやって……」
いや、彩紗が読んだのはお前が買った古本だよ。俺がお前から借りたのを彩紗も読んだんだよ。
「では訊くが、どのシーンが印象に残った?」
「ヒロインがドラゴンと人間のハーフで、体に鱗が生えてるから裸になっても裸じゃないって理屈でのお風呂シーンかな。そのシーンの挿絵が死ぬほどヘタで、ヒロインの顔が小さすぎて十五頭身の化け物みたいになってるところも含めて、一周回っておもしろい」
「……なるほど、“わかっている側”の意見だ。うむ、オタクと認めよう」
「恐悦至極に存じます」
と、彩紗が頭を下げる。
それを見て、小野が感極まった表情になる。
「女子とオタクトークができるとは。なんと幸せなことか。まずいな、好きになってしまいそうだ」
「おい、それはやめてくれ。俺の彼女だ」
「わかっている、わかっているが……」
ちら、と小野は彩紗に視線を向ける。
彩紗は小野ににこりと微笑み、
「私は理希くん一筋だから、そういう感情向けるのはやめてね。友達としてなら、オタクトーク大歓迎だけど」
バシッと断る。
小野は一瞬ショックを受けたようだったが、すぐに立ち直り、別の作品についても話を振った。
彩紗はだいたいの話にはついてくることができ、俺の友達とだいぶ仲良くなれたようだった。
★★★
授業が終わり、帰路に着く。
いつもはバラバラに帰り、203号室で合流するわけだが、今日は一緒に下校する。
一緒にいるところを見られないように距離を開け、しかし、少しでも早く203号室に行きたいと思い、急ぐべきかゆっくり行くべきか迷いながらの移動も今日からは必要ない。
ここのことを知られても、もう困らないのだ。
「とはいえ、さすがにどちらの家でもないアパートの部屋に入るところは目撃されたくないな」
「そうだね。藤巻ちゃんに知られたら招かなきゃいけないだろうけど……準備が面倒」
それほど汚れているわけではないが、俺たち以外に誰も入って来ない前提で使っているため、あまり見られたくない物もあちこちにある。
狭い部屋のどこにそれを隠すか……という問題を考えると、まぁあまり呼びたくはない。
「あ、そうだ。明日は私の一軍のグループに理希くんが来てよ」
「えぇ……ヤダなぁ」
「拒否権はありません。理希くんのこと紹介したいし」
「連中は俺に興味ないだろ」
「あるかないかじゃないの。やらなくちゃいけないことなの。一軍と二軍が分断されてて、跨いで行動しにくい状況を少しでも変えた方が、これから生活しやすいでしょ?」
「……そうかもしれないが」
「それに、有賀くんにビシッと言ってもらわないと」
「有賀、あの騒動の発端の野郎か……」
「もうあんなことが起きないように、わからせてやらないと」
あいつにあんまり関わりたくないんだが。。
まぁ、それも彼氏の仕事か。他の誰にも任せられない、俺だけの役割。
なら、やるしかないか。
「しかし、今日はやったことないことばかりで疲れたなぁ……」
「私も。まぁすぐに慣れるよ。すぐに私たちが一緒にいることをみんな当たり前に思うようになって、気にされなくなる」
「だといいな」
「目新しいことには最初はみんな注目するけど、いつかは全部日常になっていくんだよ。大半のものは、それでつまらなくなって消えていく。でも、たまには心地よいものになって日常に溶け込んでいくものもある」
「……どういうことだ?」
「さて、なんだろうね?」
話しているうちに、アパートに着いた。
カギを開けて中に入り、「ただいま」と二人で言って靴を脱ぐ。
学校での今日は、今までにない珍しい一日にだった。
だが、ここに来れば、いつも通りの何気ない日常になる。
代わり映えせず、穏やかな時間が続く普通の時間が、この部屋には流れている。




