第26話 遊園地
騒動の翌日、停学になった俺は、学校に行くことができないので家でのんびりとすることにした。
とりあえず午前中全部寝ることにして……。
と予定を立てていたのだが、親に叩き起こされた。
学校で問題を起こしておきながら、怠惰な生活をすることは許してもらえないらしい。
「彩紗ちゃんのために戦ったことは認める。なら、英雄のように振る舞え。だらだら過ごすことが英雄のするべきことか?」
と父親に言われると、さて反論のしようもない。
しかたなくいつも通りの時間に朝食を取り、部屋で勉強をすることにした。
だが……期末テストはついこの間終わったばかりだ。モチベーションは低い。
問題集を広げたまま、ぼんやりと外を眺めていると、彩紗から連絡がきた。
彩紗:今203号室にいるんだけど。
理希:学校は?
彩紗:休んだ。理希くんと藤巻ちゃんに守ってもらったのに、私だけ行くのは申し訳ない。
気にせずに行ってくれていいんだが……しかし、今日の学校がどんな雰囲気かわからない。
逆恨みした小寺が、復讐してこないとも限らない。
少なくとも藤巻さんの停学が明けるまでは、休んだ方がいいだろう。
理希:で、彩紗も休んだからアパートにいるわけだ。
彩紗:うん。何も用事がないなら来てくれない?
学校からは、家にいろと命じられている。
しかし、別に家にいるかを確かめに来ることはないだろう。行きと帰りさえ見つからなければいいわけで……うちと学校は電車で三十分も離れている。見つかる可能性はまずない。
理希:行く。
と返事をして、両親と妹が出かけた後に、こっそりと家を出た。
★★★
アパートにはすでに彩紗がいた。
それはいいのだが、いつもよりずいぶんとめかし込んでいる。
ここにいる時は部屋着の時も多いのだが、今日はかなりしっかりとしたよそ行きの服。メイクもばっちり決めている。
「どっか出かけるの?」
「うん。せっかくだからデートしようと思って」
「……停学中なんだけど」
「私はサボりだからおあいこだよ」
「ただ二重でヤバいだけでは?」
たぶん俺が言っていることに理があると思うのだが、彩紗は出かける気満々だ。
「遊びに行こうよ。まだ昨日のことで落ち着いていられないから、気持ちをリセットするためにもどっか出かけたい」
「どこに行くつもりなんだ?」
「昨日ね、夜に藤巻ちゃんの家に行ったんだ。うちの両親と一緒に……お礼とお詫びを兼ねて」
「……それで?」
「私のせいで迷惑かけたのに、藤巻ちゃんの両親も笑顔で許してくれて。それだけでなく、これをもらったの」
彩紗はポーチからチケットを取り出した。
市内の外れにある遊園地のチケットだ。
「藤巻ちゃん的には、理希くんを誘ってみたら? って意味なんだと思う。『坂城はなかなか見込みあるぞ。お礼代わりに一回デートしてやってもいいんじゃないか?』って言ってたから」
なるほど、一緒に戦った俺に対する藤巻さんからのプレゼントってところか。
「ってことで、どうですか? 行きませんか?」
「行くのはいいが、停学中に行く必要もない気がするが…………でも、今日が一番混まないか」
その遊園地は、年内は営業するが、年明けから二月いっぱいが冬季休業になる。そして、まもなくクリスマスシーズン、そして冬休み。
混む条件が揃いすぎるので、 今日ほど向いている日はない。
「まぁバレなきゃ大丈夫か」
「うんうん。ってことで、さっそく行こう!」
★★★
それからバスに乗り、遊園地に向かった。
平日の午前中。さすがに乗っている人の数は少なく、行きのバスの段階ですでに貸切感が漂っていた。
これは今日一日、二人きりで遊園地デートを楽しめるぞ――と期待してみたが、到着してみると、思ったよりも人が多かった。
休日よりは少ないが、まばらとはいえそれなりに客はちゃんといる。
「大学生とかかな?」
客層は、若い世代の男女二人組が多かった。
クリスマスが近いとはいえ、大学生は平日の昼間からデートをしているのか?
高校生が学校に行っている時間に? それとも、すでに冬休みに入っているのだろうか。
いいご身分だなぁ。俺たちもあと一年と少し……でなれるといいなぁ。浪人しないようにしないと。
いやいや、せっかく遊園地に遊びに来たのに、受験のことを考えちゃダメだな。
遊ぶのに集中しないと。
ここは考え方を転換して、ポジティブに捉えてみよう。
「大学生の集団がいるのはラッキーだったな」
「どうして?」
彩紗が首を傾げる。
「これなら学校をサボって遊びに来た高校生とは思われない。俺たちも大学生だと思われるはず」
「なるほど、たしかにそうかも! じゃあ今日は大学生気分で遊ぼう」
どうすれば大学生気分になるのかわからないが、とりあえず周囲のカップルに倣って腕を組んでみる。
これが大学生っぽいのかはともかく、普段は一緒に外を歩く機会も多くないので新鮮だ。
★★★
それから、片っ端からアトラクションに乗って行った。
大学生がそこそこいるとはいえ、基本的には空いているので待ち時間は短い。
俺も彩紗も遊園地に来るのは久しぶり。彩紗は中二の時に女友達と来て以来、俺はなんと小三以来――いつでも行ける距離なのだが、地元過ぎると意外と行かないものだ。
なので、なかなか新鮮味があり、平成十年代から新しいアトラクションが一切増えていないチープな遊園地でも楽しむことができた。
「古い遊園地だからって侮れないね」
と、彩紗もご満悦の様子。
「ジェットコースターはかなり怖かったよ。登ってる最中に、支柱がサビてるのに気付いた時は生きた心地がしなかった。お金をかけてる遊園地では味わえない恐怖だね」
「あれはなぁ……」
サビだけでなく、キィキィと金属が軋む音も聞こえていた。
ジェットコースターというのは本来、死の一歩手前の恐怖を安全に楽しむための遊具なはず。
その大前提を根底から覆しかねない運営が意図せぬ異音ほど恐ろしいものはない。
この遊園地で大きな事故が起きたという話は聞かないので、安全に問題はないのかもしれないが……いや、まだ起きていないだけで、確率の問題なのかもしれない。
「さて、あと残すは観覧車だけか」
たいして大きな遊園地ではない。待ち時間もないし、全部のアトラクションに片っ端から乗っていても何時間もかからない。
「それはもう少し時間が経ってからにしよう。夕日を見ながらの方がそれっぽいから」
「そうするか。さっさと全制覇してやることなくなってもなんだしな」
「夕日までは……あと一時間くらいかな? その辺でなんか食べようか」
近くにファストフードのスタンドがあった。
店に近いベンチとテーブルを大学生のグループが占拠し騒いでいたので、そこから少し離れたところの席を確保する。
それから店に買いに行ったが、中に店員がいなかった。トイレにでも行っているのだろうか?
しかたないので待ってみたが、五分過ぎて、十分過ぎても帰って来ない。
もうあきらめようかな……と思い始めたところで、大学生グループの一人が声をかけてきた。
「もしかして何か買いに来た?」
「ええ、そうですけど。店の人ってずっと戻って来てないんですか?」
「あ、いや……」
その大学生は何か後ろめたいことでもあるかのように視線を逸らしながら輪を離れ、スタンドの中に入って行った。
どうやら、仕事をサボって友人たちと遊んでいたらしい。
客が少ない平日ならでは、か。
「無料で大盛りにするから、本部にクレームとか入れないでくれると助かるんだけど……」
「ええ、わかりました」
クレームなんて面倒くさいだけなのでやりたくないのに、やらないと言えばサービスしてもらえるのだから、なんとありがたいことか。
そこそこ待たせられたとはいえ、どうせこの時間のすべてが待ち時間。なので得した気分だ。
そのスタンドでクレープを買い、これでもかと言わんばかりの生クリームを乗せ、ついでにチョコソースも好きなだけかけ、ナッツやらなにやらたっぷりトッピングしてもらった。
こんなにして怒られないだろうかと思うサービスっぷりだ。
「観覧車待ち?」
金を払っていると、そう訊かれた。
「そうです。わかりますか?」
「この時間はそういう人多いからね。夕日をキレイに見たいからって。ちょっとアドバイス。登って行く時や頂上で写真撮ろうとする人が多いけど、本当に映えるのは降りて行く途中。ちょうど十時くらいの角度かな。この時期の、今日みたいな天気の日にしか見られない最高の景色があるんだよ。ほんの一瞬だから気を抜かないで」
ほう、それはいい情報を聞いた。
さっきネットで調べたが、降りて行く時の方が景色がいいなんて話は見つからなかった。現地で働いている人ならではの情報はありがたい。
★★★
それからクレープを食べながらのんびりと時間が過ぎるのを待った。
時計を見ると、すでに授業が終わっている時間だ。
みんなが勉強している時間に遊ぶという贅沢感と背徳感が合わさった時間も終わりか。
ふとスマホを見る。今日は彩紗と遊ぶのが楽しすぎて、ほとんど見てなかったな……あっ。
「小野からものすごい数のメッセージがきてる」
「急ぎの話とか?」
「みたいだな。……いい連絡だ」
小野から来ていたのは、今日の学校の様子だった。
昨日の一件が相当効いているらしく、噂はかなり沈静化しているとのことだ。
まだ一部で話をしている人はいるらしいが、そうするとどこかから「そんな話をしていると、消火器で襲撃されるぞ」という声が聞こえてくるらしい。
どうやら俺が教室で消火器を噴射した瞬間を録画していたやつがいるらしく、それが恐怖と衝撃を全校生徒に与えたらしい。
あれが授業中だったら――トイレに行くと言って教室を抜け出し、廊下にある消火器を手にして、他の教室に入って噴射。
消火器を取れないように固定することも、教室に出入りできないようにカギをかけることも不可能だ。
つまり、この手の襲撃を防ぐ手段は存在しない。
やろうと思えば、誰でもいつでもできる。
だが、誰もやらない。
そういうことは“しない”という前提で学校という場所は成り立っている。
なのに、俺は実際にやってしまった。それで常識の通じない狂人のような扱いを受けているらしい。
で、怖いから、この件からはもう手を引こう……そういう雰囲気になっているそうだ。
期待していた以上にうまくいったようだ。もし話し合いで解決しようとしたら、もっと長い時間をかけて、これより小さな効果しか得られなかっただろう。
停学と知らないやつらから怖れられる、なんて程度の代償でその成果を手にできたのだから、完全勝利と言っていい。
恐怖ほど安く他人を支配できるものはないってことか。暴力さまさまだな。
「これでもう大丈夫だな」
「うん、ありがとう……理希くんの評判が思いっきり下がっちゃったことは、申し訳ないけど」
「それは別にいい。俺を避けるやつは出てくるだろうけど、小野は気にしてないっていうか、むしろ楽しんでるみたいだし、藤巻さんとも仲良くなれそうだから」
一緒に下級生のクラスを襲撃し、暴力で事態を打開したヤバい仲間として、俺は藤巻さんに親近感を抱いている。
俺の彩紗のことを、俺の次くらいに好きでいてくれてるって感じもするので、そういう意味でも親近感がある。
一軍二軍の違いはあれど、あの人とは友達になれる……そんな気はする。
「藤巻さんには俺たちのこと話した方がいいんじゃないか?」
「……そうかもしれないね。助けてもらったのに、秘密にしてるのはダメだね」
彩紗は無言になり、俺の顔をちらっと見た。
スマホを手に取り、文章を打ち込む。だが、それを消して、また書き直して、消して……うまくまとめられないようだ。
いつか必ずカミングアウトしなければいけないなら、このタイミングがベストなのは間違いない。
今を逃せば、ずっと言えなくなるかもしれない。
だが、入学してからずっと仲が良い藤巻さんに、どう伝えればいいか……わからないようだ。
彩紗が考えているうちに、冬の早い夕暮れが訪れた。
ここから沈んでしまうまではあっという間。
彩紗の考えがまとまらないうちに、俺たちは観覧車に移動した。
★★★
俺たちを乗せたゴンドラがゆっくりと登っていく。
一周十五分。なので、一分当たり二十四度。
六時の方向からスタートし、反時計回りに回転するゴンドラが十時の方向に来た時が、ベスト映えポイントらし。
ちょうど乗ってから十分が経過したタイミングになる。
遊園地自体が郊外の山間部寄りの場所にあり、さらに観覧車は園内の一番高い場所にある。近くに高い建物もなく、登るほどに遠くまで見えるようになる。
俺たちが住んでいる辺りも、さらに遠く。海まで見える。
夕日に照らされ光る海はあまりに鮮やかだった。情報がなければ、この光景を写真に撮りたいと思っていただろう。
もっと映えるポイントがあることを知っていても、それはガセなのではないか? と疑ってしまうほど美しい。
結局、その風景の写真を撮り、それから二人で並んでその景色を見た。
キラキラと反射する光はあまり目に優しくなく、途中で目を閉じてしまう時間も短くなかった。
美しいが、長くは見ていられない。ベストスポットではないと言うのはあながち間違いではないのかもしれない。
ゴンドラは頂点を超え、下降を始めた。
市街地、そして海側へと向いていた視線を、今度は山側へと移す。
遊園地の裏側はほとんど開発されておらず、大自然が広がっている。見どころと言えば湖くらいだが?
「なにが見えるんだろうね?」
「さぁ? でも、いつでも写真が撮れるようにしておこう」
店員さんが言うには、短い時間しか見られないらしいので、気を抜くことはできない。
ゴンドラは十一時を過ぎ、十時に近づいてきた。
そして、その瞬間が訪れた。
「わぁ……」
目の前に突然現れた光景に、彩紗が感動の声を漏らした。
声は出なかったが俺も同じく感動していた。
湖の水がピンクに染まっていたのだ。
冬の夕方の浅い太陽の角度だとか、いろんな気象条件とかが合わさった結果だろう。
それまで深い青色だった湖が、目の前で一瞬にして色を変えたのだ。
「しゃ、写真、早く!」
「あ、ああ、わかった」
二人で湖をバックにして並んで座り、写真を撮った。
ピンク色の湖が見えるように、間に少し空間を開けてパシャリ。
撮り終わったら、この美しい光景をもっと見るため、すぐに窓に張り付く。
もっと見ていたかったが、その時間はあっという間に終わった。
たぶん、三十秒もない。そのわずかな時間で、湖は青色からピンクに変わり、また青色に戻ってしまった。
「…………すごかったね」
「…………ああ」
普通に戻ってしまった湖を、俺たちは呆然と見続けた。
俺たちがピンクの湖を見ている間、別に本当に色が変わったわけではないだろう。俺たちがいた位置からそう見えていただけで、湖はずっと同じ色だったのだ。
……なんと不思議な話だ。まるで魔法のよう。
観覧車を降りた俺たちは、そのまま遊園地を出た。
最高の景色を見てしまった以上、これ以上長居してもしかたない。
あれ以上のものはここにはなくて、だからすぐに帰るのが一番いい。
帰りのバスの中で、さっきの写真を彩紗に送るためスマホを開いた。
「あっ……」
「どうしたの? まさか撮れてなかった?」
「いや、撮れてる。けど、思ったよりすごい」
彩紗にその写真を送ると、彩紗も驚きで言葉を失った。
湖の色を写すために開けた俺たちの間のスペース。
そこにハートマークがあったのだ。
ピンク色の湖の中に、青色のハートマークが浮かび上がっていた。
これは何だろう?
撮影したその瞬間、湖周辺の木か、奥の山が影になって映り込んだのだろうか?
あまりに一瞬のことで、その時は気付かなかった。もしかしたら、まばたきしたら見逃してしまうくらいの一瞬だったのかもしれない。
その瞬間を写真に収められたのは、まさに奇跡としか言いようがない。
季節、気候だけでなく、一瞬を捉える運も必要……このことが地元でもあまり知られていないのは、撮影の難易度があまりに高すぎるから、なのだろうか。
「……よし、決めた」
彩紗は、自分のスマホに送られて来たその写真をしばらく見た後、晴れ晴れとした声でそう言った。
「これを藤巻ちゃんに送る」
そして、藤巻さんにその写真を送った。
文章は加えず、ただ二人で並んで撮った写真だけ。
それでもきっと、意味は伝わるだろう。




