第24話 自力救済
月曜日、噂は沈静化するどころか悪化の一途をたどっていた。
ただ広まるだけなら、まだマシだった。
現実は、まるで大喜利会場にでもなったかのように、今まで聞いたことがないバージョンの噂が飛び交っていた。
「複数の男を引き連れて逆ハーデートしている」
なんてのは、問題にならないレベル。
「昔の彼氏から聞いたんだけだ、かなりのヤリマンで……」
みたいなのも、定番の悪口だけにマシな範囲。
本当にヤバいのは、現代技術を最大限に悪用したタイプの嫌がらせだ。
俺がそれに触れたのは、昼休みのことだった。
「あの野郎! もう許せない!」
昼休みの途中、藤巻さんが怒鳴りだし、教室を飛び出した。
何があったのか? スマホで何かを見ていたようだったが?
ヒントになるのは、さっきまで藤巻さんがいた席の隣で、顔面蒼白になり、この世の終わりみたいな顔をしている彩紗。
何があったかなんとなくわかった。
彩紗に関する最悪の噂が、藤巻さんのスマホに流れてきたのだろう。
それが藤巻さんの我慢の限界を超え、おそらくポニーテールたちのところに怒鳴り込みに行ったのだ。
一体どんな噂が?
「坂城殿、気になるか?」
そう言ったのは小野。
「ああ、気になる」
「ついさっき、我のところに変な動画が回ってきた。もしかしたらこれかもしれぬぞ」
小野がスマホを取り出す。
小野が再生した動画は、本来なら教室で再生するのが憚られるようなものだった。
エロ動画……彩紗に似た顔の女のハメ撮りだった。
「中学校時代の井納嬢らしい。昔の彼氏がリベンジポルノとして流出させたって噂になっているそうだ」
「………………」
これがフェイク動画であることは疑いようがない。
彩紗の初めての男は俺だ。俺たちが付き合い始めたのは、高校受験が終わった後。
だから、それ以前のハメ撮り動画など存在するはずがない。
しかし厄介なことに、現代技術はこの手のものを誰でも簡単に作れる。
なのに、見破るのは簡単ではない。わかる人ならばAIが作ったフェイク動画かどうかすぐに看破できるのだろうが、知識がなければ見破るのは簡単ではない。
いや、盛り上がる材料にしたいだけの野次馬にとっては、本物か偽物かはどうでもいいのだろう。
フェイク動画でも面白ければオッケー……それくらいに考えているに違いない。
こんなゴミよりも価値のない動画が広がっていて、彩紗を苦しめている。
許せない。
許すわけにはいかない。
ポニーテールの女とその仲間たちには、相応の報いを与えてやらなければいけない。
この俺の手で。
「小野、情報ありがとう。ちょっと急用ができたから出かけてくる」
「坂城殿……何をするつもりなのだ?」
「それを知ったら、俺を止めないといけなくなるぞ。でも、俺は絶対に今からやることをやる。たとえお前を殺してでも、ここで指を咥えてみているわけにはいかない。だから何も訊くな」
「……そうか。そこまでの強い想いなら、何も言うまい。たとえ坂代殿がこれからすることが善でなくても、それほどまでに熱くなれるならば、きっと素晴らしいことだ」
「ありがとう」
スマホを小野に返し、一年の教室に向かった。
★★★
ポニーテールたちが一年生だということはわかるが、どこの教室なのか?
まずは聞き込みだが、昨日ポニーテールにしていた以外の情報がない。今日違う髪型ならアウトだ。
これは少し時間がかかりそうだぞ……。
そう思っていると、ある教室から怒鳴り声が聞こえてきた。
「てめぇがやったんだろ! どうやってこれを収めるつもりだ、ああ⁉」
藤巻さんの声だ。
彼女は俺より先に教室を飛び出していたから、すでにポニーテールにたどり着いていたのだろう。
俺も彼女に続いて参戦しなければ……その前に、ちょっと凶器を仕入れておこう。
廊下に設置されている消火器を手に取り、声のした教室に入る。
すると、藤巻さんがポニーテールの胸倉を掴んでいた。
金曜日は強気な態度だったポニーテールだが、直接的な暴力にさらされて、今は逆に怯えている。
……妙だな。
フェイクとはいえ、ポルノ動画を作って拡散すれば、殺し合いに発展するのは誰でもわかることだ。
自分か相手か。
どちらかが命を落とすか、無条件降伏するまで戦わなければいけなくなる――そんなこともわからない人間がいるとは信じ難い。
まして、胸倉を掴まれる覚悟すらなかったなど、太陽が西から昇るよりもありえない。
同情を誘うための演技と考えるのが自然だ。
この期に及んでなんて卑怯なやつらだ。一片の同情もしちゃいけない。
「い、いえ、違います。この動画はあたしたちが作ったんじゃなくて、どっかの誰かが作ったんです。全然知らないです、本当です」
ポニーテールは怯えながらそう言う。
後ろにいる仲間たちも同じ表情だ。
「証拠はあるのか? お前たちが作ってないって証拠は⁉」
「な、ないです。そんなのあるわけ……」
「他に真犯人がいるっていうなら、今すぐ連れてこい。五秒以内で!」
「そんなのムリです……だって、誰がやったのかもわからないのに」
「そんな甘ったれた言い訳が通じると思ってんのか!」
藤巻さんの言っていることはめちゃくちゃなようだが、俺も同じ気持ちだ。
というわけで、ポニーテールを暫定的に犯人として、真犯人が見つかるまでの間代わりに罰を与えさせてもらう。
「藤巻さん、ちょっといいかな?」
俺は藤巻さんの隣に行き、彼女にそう話しかけた。
「あ? なんだ坂城、てめぇ何しに来た? 止めるならてめぇも殺すぞ」
「止めない。俺も助太刀させてもらおうと思って」
「なんで? お前、この件と関係ないだろ」
「あるんだよ。彩紗の苦しみは俺の苦しみだから」
「あ?」
「そのうちゆっくり話す。その前に、この件を終わらせないと。出回ってる動画を削除させて、すべての責任をこいつらに取らせる」
「どうやって?」
「試してみたい方法がある。うまくいくかはわからないけど、賭けてみる価値はある」
そして俺は、藤巻さんに胸倉を掴まれているポニーテールを右の頬を三回拳で殴った。
また同情を誘う演技だろう。悲鳴をあげて泣き出した。
そのウソくさい甲高い泣き声がムカついたから、左の頬も殴った。
「おい、やめろ!」
と、正義漢のフリをした一年生の男子が邪魔をしにきた。
しかし、悪の味方をする者もまた悪だ。
こいつも許すわけにはいかない。
そいつに向かって消火器を噴射した。
泡がかかると、そいつは態度も態勢も百八十度変え、全速力で逃げ出した。
どうやら、俺を殺してでもポニーテールを助けるほどの覚悟はなかったらしい。
そんな半端者が、今の俺の邪魔をできるはずがない。
さて……俺は視線をポニーテールに向けなおす。
特に意味はないが、もう一回拳で頬を殴った。
ポニーテールの顔がこれ以上ないほど恐怖ひきつる。泣くことさえできないようだ。
さすがにこの表情は演技ではないだろう。
念のためにもう一発殴ってみたが、表情にたいした変化はなかった。
悲鳴も出てこない。
もう観念したのかもしれない。
戦争で言うなら野戦軍を壊滅させて首都を占領したような状態、かな?
理性的な交渉を始める下地は整った。
「君、名前は?」
俺はなるべく優しい声でそう訊いた。
「…………」
「答えろ!」
頬ではなく、鼻に肘を叩き込んだ。
すると、ポニーテールは大量の鼻血を出しながら、ようやく答えた。
「こ、小寺……美穂です」
「そう、小寺さんね」
名前を知ったところで、俺は彼女に穏便な要求を叩きつけた。
「今すぐ退学して」




