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灯の断章 外伝 〜赤い髪のフレア〜  作者: ショパン


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火花の円舞

本作は『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』の外伝ですが、単体でも読める作品にしています。


ただし、もし少しでも「灯とは?」「記録官とは?」

と気になる部分がありましたら、本編でより深く描いています。


興味を持っていただければ、ぜひこちらからどうぞ。

→https://ncode.syosetu.com/n5378ky/

挿絵(By みてみん)



「んーー……」


フレアは腕を高く伸ばし、背筋を反らせた。肩甲骨が鳴り、しなやかな身体が弓のように張る。朝露を払う獣のように首を振ると、赤い髪がさらりと揺れた。


両手で頬を、ぱん、ぱんと軽く叩く。


先ほどの試合――

ガイウスとウルグニル。


あの凄まじい激突を見て、胸の奥にわずかに生まれた怯みを、外へ追い出すような仕草だった。


「今度は私の番だ。よおし、やるぞ!」


目が上がる。

赤い光が、そこに宿った。


「準決勝、第二試合を開始いたします。

 フレア! 前へ!」


ヘルモーズの声が広場に響く。


「いけるぞフレア! お前なら勝てる!」


「さっきナイフ野郎を倒した女だろ!? すげえ機転だった!」


「フレアー!! ぶちかませ!!」


志願者たちの声が、次々と飛ぶ。

荒っぽく、無責任で、だが熱のこもった声援だった。


その熱が波のように広がり、試合場の空気を押し上げていく。


「あは……見る目あるじゃない」


フレアは胸を張り、得意げに鼻を鳴らすと、そのまま弾むような足取りで、中央へ歩き出した。


壇上でグレイブが口元を緩める。


「ユリウス、お前の推しの登場だぞ。さて、今度はどんな戦いを見せてくれるかな?」


肘掛けへ腕を預け、愉快そうに見下ろしている。


ユリウスは帳面から静かに顔を上げ、視線は、風に揺れる赤い髪へ向く。


「……彼女は、よく戦っていますよ」


淡々とした声だった。


「これまでの戦いも、想定外の事態を、見事に収拾してきた」


そう言って、わずかに顔を傾け、隣に座るヴァルターの横顔を見る。


「相手方は――あの黒髪の少年でしたね」


グレイブが片眉を上げる。


ヴァルターは反応しない。

指先ひとつ動かさず、ただ試合場を見下ろしている。

白髪交じりの髪も、硬く結ばれた口元も揺れなかった。


ユリウスは目を細め、再び視線を戻す。


「さて、期待したいですね」


その声だけが、ほんの僅かに柔らかかった。


「対するは、シン!」


その名が呼ばれた瞬間、先ほどまでフレアへ向けられていた熱気が、わずかに揺らぐ。


人垣の向こうから、黒髪の少年が歩み出る。


足音は小さい。

粗末な黒い衣が擦れる音すら、広場のざわめきの中に埋もれてしまいそうなほどだった。


だが、不思議と目が離せない。


背筋はまっすぐ伸び、肩に力みはない。

派手さはないのに、近づくほど、周囲の空気だけがすっと澄んでいくようだった。


フレアはその姿を見つめる。


「……へぇ」


小さく息を漏らす。

軽口のつもりだった。

だが胸の奥が、かすかに波立った。


シンは試合場の中央近くで足を止めると、静かにフレアへ視線を向けた。


ほんの一瞬。


その黒い瞳が、まっすぐこちらを捉える。


だが次には、何事もなかったように視線を逸らしていた。


「ちょっと……なによ?」


フレアは眉を寄せ、口元だけで小さく笑う。

そのまま背中に掛けていた弓へ手を伸ばし、くるりと回すように前へ抜き取る。

赤い髪が肩先で跳ね、細い指が弓の握りを確かめるように撫でた。


「人の顔じろじろ見て。……感じ悪い」


シンの表情は変わらない。

まばたき一つせず、やがて低く返した。


「お前こそ……、初めからこちらを何度も見ていたな?」


その言葉に、フレアの肩がぴくりと跳ねた。


「――っ!!」


息が詰まる。


人の輪から外れ、塔を睨むように立っていたあの姿。

ネレクと向かい合った時の、空気ごと張り詰めさせた静けさ。

気づけば、自分は理由もなく、何度もこの黒髪を目で追っていた。


頬が、かっと熱くなる。


「ち、違……」


思わず言い返しかけて、そこで止まる。


フレアは唇をきゅっと結び、そっぽを向くように顔を逸らした。


「……あんたが、変な顔してたからでしょ」


ようやく絞り出した言い訳は、自分でも驚くほど子どもっぽかった。


その横顔を見て、シンはほんのわずかに目を細めた。


それが何かを見透かされたような気がして、フレアの頬はますます熱を帯びる。


「ふん……」


誤魔化すように鼻を鳴らし、フレアは乱暴に赤い髪をかき上げた。


「でもまあ、ちょうどいいわ。そんな余裕ぶった顔、すぐ崩してやるから」


言いながら、口元には笑みが戻ってくる。


シンは何も答えない。

ただ、静かに立っている。


その沈黙が、かえってフレアの闘志を煽った。


ヘルモーズが口元に手を添え、柔らかく笑う。


「お二方、宜しいでしょうか?」


フレアは弓を構え、足を開く。

シンは無言のまま腰の剣へ手を添えた。


広場のざわめきが、すっと遠のく。


「それでは準決勝、第二試合――」


ヘルモーズの声が、静まり返った空気を裂く。


「フレア対シン。始め!」


手が振り下ろされるのと、ほとんど同時だった。


フレアの指先が矢筒へ走る。

一本を抜き取り、流れるような手つきで弦へと番えた。


その動きは、瞬きに紛れるほど速い。

赤い髪が後ろへと流れ、身を低く沈めると、弦が鋭く鳴った。


放たれた矢が一直線にシンの懐へ走る。


キィン!


乾いた金属音が弾けた。


シンは構えたまま、一歩も踏み込まない。

ただ、腰の鞘から刃を抜くと、次の瞬間には、矢は軌道を逸らされ、くるくると回転しながら砂の上へ落ちた。


「な――」


フレアの瞳が見開かれる。

驚きに息を呑みながら、すぐさま次の矢へ手を伸ばし、半歩退きながら弓を引き絞る。

頬にかかった髪を振り払い、鋭く狙いを定めた。


キィン!


また弾かれる。


「っ……!」


さらにもう一射。


キィン!


三本目が逸れた、その刹那。


シンの姿だけが、音もなく間合いを詰めてくる。


「……!」


フレアの瞳が揺れる。


反射的に背を反らし、しなやかな身体が弓なりに逸れる。


ヒュン――


シンの剣閃が鼻先を掠めるように横へ滑る。

風圧が頬を打ち、赤い髪がばさりと散った。


フレアは着地と同時に片足を引き、砂を噛んで距離を取る。

口元には笑みを残したまま、喉の奥の呼吸だけがわずかに熱を帯びていた。


そのまま、シンの影が懐へ入り込む。


肩が触れそうな距離。


耳元へ、低い声が落ちた。


「……お前の弓は正直すぎる」


吐息がかすかに耳を撫でる。


「精密ゆえに、読みやすい」


「ひっ……!」


フレアの肩がびくりと跳ねた。

耳まで赤く染まりかけるのを、すぐに怒気で塗りつぶす。


「言ってくれるじゃない……!」


弓を肩にかけ、腰のナイフを瞬時に抜き放つ。


ギィィィン!


振り抜かれた刃を、シンの剣が受け止めた。

火花が二人の間で散る。


だが、フレアは止まらない。


「まだっ!」


左足を踏み込み、身体ごと距離を詰める。

返す刃が下から跳ね上がり、喉元を狙った。


キンッ!


シンは手首だけで軌道を外す。


「それっ……!」


続けざまに横薙ぎ。


キィン!


さらに逆手へ持ち替え、懐へ潜り込みながら突き上げる。


ガキッ!


一撃ごとに角度を変え、呼吸の隙間へ針のように刺しこんでいく。


だが――


シンは一歩、また一歩と後ろへ下がるだけだった。


最小の動きで受け、流し、逸らす。


刃をぶつけず、力を殺し、

まるで降りかかる雨粒を、袖先で払うように、フレアの猛攻を捌いていく。


「余裕ぶってるつもり!?」


フレアは挑発するように笑う。

だがその額には、うっすら汗が滲み始めている。


シンの表情は変わらない。

息も乱れない。


その静けさが、かえってフレアの闘志へ火を注いだ。


「……っ、この!」


踏み込みをさらに深くする。


肩を沈め、死角へ潜り込みながら斜めに裂く。


その時だった。


シンの視線が、わずかに横へ流れる。


同時にふっと、抵抗が消えた。


「……え?」


ナイフの先が空を切る。


流れが途切れた、その刹那。


すっ、と伸びたシンの左手が、

フレアの手首を掴んだ。


「あ、ちょっ……!」


引かれる。


強引さはない。

けれど、逆らえば逆らうほど深く絡め取られるような角度だった。


身体の軸が崩れ、足元の砂が遠のき、景色が傾く。


くるり、と世界が裏返る。


赤い髪が花弁のように広がり、宙へ舞う。


だが、フレアの瞳は消えない。


「何すんのっ!」


回された勢い、そのすべてを奪い返すように、身体をしならせる。


掴まれた腕を軸に、もう片方の肩を振り抜き、

全身ごとナイフを薙いだ。


ヒュッ――!!


同時に、シンの身体も静かに回る。


黒衣が翻り、抜き身の剣が月弧を描く。


ギィィィィンッ!!


交差した刃が、二人の中心で火花を咲かせた。


衝撃が散る。

互いの顔が、一瞬、目の前まで近づく。


フレアの瞳は熱を帯び、

シンの瞳は、湖面のように静かだった。


シンが軸足を滑らせる。


フレアもまた踵を支点に、反対へ回る。


赤い髪が弧を描き、

黒衣の裾が風を裂く。


キィン! キィン! キィィィンッ!


紅と影の軌跡が、二つの輪となり、幾度も離れては交わる。澄んだ刃音は重なっては弾け、火花を散らしながら、妖美な円環の紋様を地に描いていく。


その異様な攻防に、広場の空気がざわめいた。


「な、なんだあれ……!」


「戦ってるのか……踊ってるのか……!」


志願者たちの驚嘆の声が広がる。


フォルドは口を半開きにしたまま固まっていた。


「……おかしい……だろ!?」


その隣で、ネレクは無言で目を閉じる。


少し離れた人垣の外では、ジェミルが肩を震わせ吹き出した。


壇上では、グレイブが呆れたように肩をすくめる。


「まるで演舞だな……」


ユリウスは何も言わない。

ただ口元だけが、ほんのわずかに緩んでいた。


「足元だ」


フレアの耳元へ、低い囁きが落ちる。


次の瞬間、踵を払われた。


「きゃっ――!」


倒れる寸前、腰へ腕が回され、引き寄せられるように支えられた。


フレアの鼓動が跳ねる。


「わわ……!」


すぐに手を離される。


フレアは砂を蹴って飛び退き、頬を赤くしたまま睨み上げた。


「……ふざけてるの!?」


怒りか、羞恥か、自分でもわからない熱が声に混じる。


「戦っている」


シンは眉ひとつ動かさず答えた。


そのまま身体を返し、追撃の刃を振るう。


キィィン!


フレアも反射的に回り込み、ナイフで弾く。


「……殺す!」


ナイフを構え直し、唇を尖らせる。


シンは一歩も引かず、静かに言った。


「そういう軽口はいい」


「はぁ!?」


シンの眼差しが、わずかに細くなる。


次の瞬間――


ブォンッ!!


剣が大きく宙で薙がれた。


巻き起こった風圧が、砂を跳ね上げ、フレアの赤い髪を激しく揺らす。


「……っ!」


思わずフレアが目を細め、腕で顔を庇った、その刹那。


シンの姿が消えた。


「上だ」


「――上!?」


反射的に顔を上げる。


黒い影が、空中で身体を捻りながら、真下へ剣を振り下ろしてくる。


ヒュオッ――!!


「あっぶ!」


フレアは横へ転がるように飛び退いた。

肩から砂を浴びながら、しなやかに受け身を取る。


ドォン!!


剣が地を打ち、砂煙が爆ぜる。


「休む暇はない」


着地したシンが、そのまま追う。


低く滑るような踏み込み。

返す刃が横へ走る。


「右」


「はっ!?」


ブン!


フレアは腰を落とし、髪先だけを掠めさせてかわす。


次いで逆袈裟。


「下から」


「ほっ……!」


半歩だけずれ、足首の返しで逃れる。


さらに突き。


「前」


「分かってるってば!」


首を傾け、紙一重で外す。


「ちょ、っと……!」


息を弾ませながらも、口元にはほのかに笑みが浮かんでいた。


「退けてみせろ」


シンの声は低く、淡々としていた。


剣閃が次々と空気を裂く。


赤い髪が翻り、足先が砂を散らす。

フレアは跳び、沈み、捻り、舞うようにその猛攻をかわしていく。


「あったま来た……!」


迫る刃の下を潜り抜ける。


「その澄ました顔――何も感じてないふり、上手いわね!」


一瞬。


シンの振り抜きに、わずかな空白が生まれた。


フレアの瞳が光る。


「もらっ――」


ナイフを振り上げた、その瞬間。

ぐい、と腕が引かれた。


「……え?」


視界が反転する。


地面と空が入れ替わり、身体が前へ崩れる。

だが落ちた感触はない。


気づいた時には――


フレアはシンの腹の上に跨っていた。


「……は?」


下には仰向けに倒れたシン。

その喉元へ、フレアのナイフがぴたりと添えられている。


数拍遅れて、広場が静まり返る。


「……え?」


「い、今どうなった?」


志願者たちのざわめきが爆ぜる。


フレアは目を丸くしたまま、瞬きすら忘れていた。


シンは地面に横たわったまま、わずかに眉をひそめ、フレアと目が合う直前、静かに目を閉じた。


何かを胸の奥へ、そっと仕舞い込むように。


ヘルモーズが一拍置き、喉を鳴らす。


「――そこまで!」


手が振り上がる。


「勝者――フレア!!」


どっと歓声が上がった。


「うおおおおっ!!」


「やったぞフレア!! 決勝進出だ!!」


歓声の中、フレアはなお固まったまま、シンを見下ろしている。


「……ちょっと」


頬を赤くし、眉を寄せた。


「これ……私に花持たせたつもり??」


「……」


シンは答えない。


その顔を見て、フレアの胸がまた妙に騒いだ。


「……なに、それ。あんた一体何者?」


フレアはまた口を尖らせながら、ナイフを収め立ち上がる。


シンも静かに身を起こし、砂を払った。


その横顔は最初からずっと淡々としていたが、フレアにはそれが少しだけ悔しかった。

『灯の断章 外伝 〜赤い髪のフレア〜』を読んでいただき、ありがとうございます。


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