表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯の断章 外伝 〜赤い髪のフレア〜  作者: ショパン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/27

雷刃と石の巨人

本作は『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』の外伝ですが、単体でも読める作品にしています。


ただし、もし少しでも「灯とは?」「記録官とは?」

と気になる部分がありましたら、本編でより深く描いています。


興味を持っていただければ、ぜひこちらからどうぞ。

→https://ncode.syosetu.com/n5378ky/

挿絵(By みてみん)



ガイウスは、静かに槍を構えた。


三又の穂先が空気を薄く裂く。足幅は変わらず、重心もぶれない。呼吸は浅く一定で、視線だけが、目の前の巨体をまっすぐに射抜いていた。


対するウルグニルは、わずかに肩を落とし、喉の奥で楽しげに笑った。


「ぐはははっ……!

 このまま殴るだけじゃ、届かねぇか」


古傷に覆われた太い右腕を、大きく一度回す。肩の関節が鈍く鳴り、肘が応じるように噛み合う。続けて左腕も同じように回し、関節をほどいていく。


そして最後に、両腕をガンッと、強く打ち鳴らすと、

そこにいた志願者たちは思わず頬を打たれたように目を細める。空気そのものが押し広げられたような感覚があった。


次の瞬間、ウルグニルは動き出す。


砂を蹴散らし、地面を踏み荒らしながら、巨体が一直線に間合いを潰す。まるで巨石がそのまま転がり込んでくるような圧だった。


「これならどうだァ!!」


振り上げられた拳が唸る。


ガイウスの瞳が、わずかに細くなる。槍が僅かに沈み、穂先が拳の軌道へ重なった。


ガンッ!!


柄で受け止める。


「……はぁっ!」


短く息を吐き、そのまま押し返す。


間髪入れず、ウルグニルの左腕が横薙ぎに走る。


「おらぁ!!」


ガイウスは半歩だけ身を引いてかわす。


さらにウルグニルの右腕が唸る。


ガイウスはそれを槍でいなし、体を捻り、ウルグニルの側面へ滑り込んだ。


「――かかったな!!」


その瞬間、振り抜いたはずの腕が鞭のようにしなり、軌道を変える。


ガッ!!


槍が弾かれ、ガイウスの眉がわずかに動いた。


「くっ……!」


ウルグニルの瞳孔が、獲物を捉えた獣のように開く。


「勝ったぁぁッッ!!」


間合いが消え、拳が届く。


――はずだった。


バチッ。


「……ッ!?」


一瞬、筋肉が硬直し、指先が痺れる。

力の流れが途切れた、その刹那――


「遅い、と言っている……!」


低く冷たい声が落ち、空気がぴたりと張り詰めた。


ガイウスの振りかぶった槍の刃先に、小さな光が絡みついた。


次の瞬間。


ガイウスの身体が、振り子のように回る。


招雷旋打槍しょうらいせんだそうッ!!」


ドォォンッ!!


衝撃が逆流し、ウルグニルの視界が弾ける。


「ぐはぁぁぁッ!!」


光が散り、巨体が再び宙へ舞った。


――


壇上で、グレイブが身を乗り出し、試合場を指差しながら、愉快そうに喉を鳴らす。


「はっは。お前の息子、いいフルスイングだ。

 あのデカブツ、また吹っ飛んだぞ!」


「……」


その隣で、ユリウスは帳面に目を落としたまま、わずかに目を細めた。


「しかし何だ?」


グレイブは顎をしゃくり、視線をウルグニルに向ける。


「あのデカブツも、今のは一発入れるチャンスだったろ。図体だけで動きが鈍いな」


ユリウスの筆が、ほんの一瞬だけ止まった。


「鈍いのではありません。動かせなかったのですよ」


静かな声。顔は上げない。


「は?」


グレイブの眉が、ぴくりと動く。

笑みが、わずかに消える。


「生体電位の乱調です。筋肉へ送られる命令が、一瞬狂ったのでしょう」


ユリウスは短く、断じるように言う。


「生体電位……?なんだそれは……」


グレイブは眉間に皺を寄せた。聞き慣れない言葉に訝しげな目を向けるが、ユリウスは視線を返さない。


ただ、静かに瞼を閉じた。


「……ある日のことです」


低く、抑揚の薄い声だった。


「私と妻は、まだ幼かったガイウスを連れて、町外れの林へ出ていました」


その口調はいつも通り淡々としている。

呼吸がわずかに深くなる。


グレイブは笑みを消し、背筋を少しだけ正して、無言で耳を傾ける。


「ですが、ほんの目を離した隙……。

 気づけば、ガイウスの姿が見えなくなっていた」


グレイブの目がわずかに泳ぐ。


ユリウスはなおも目を閉じたまま、記憶の底をなぞるように続ける。


「探しているうちに、雨が降り始めました。はじめは細い雨でしたが、やがて一気に強まり……

 その激しい雨音の中で、かすかに、子どもの泣き声が聞こえたのです」


帳面が静かに伏せられる。


「大きな木の下で……ガイウスは、雨を避けるように体を丸めて泣いていました」


空気が、沈む。


「その時です」


グレイブの喉が、かすかに鳴った。


「雷鳴が……唸るように鳴り響きました」


ユリウスの眉が、ほんの僅かに寄る。


「このままでは木に、落ちる」


ユリウスの指先が、帳面の縁を静かに押さえた。


「そう理解した私は、すぐに名を呼び……

 駆け寄ろうとした」


わずかに、肩が揺れる。


「ガイウスも顔を上げ、こちらに気づいた。

 ……父上、と私を呼び、震える足で、一歩踏み出しました」


間が落ちる。


「だが、遅かった」


言い切る。


「木は、避雷針となり――雷は、そこへ落ちた」


グレイブの目が、わずかに見開かれる。

息を飲む音が、小さく漏れた。


「それで……まさか……死んだのか!?」


声が低くなる。


だが、ユリウスはそこでゆっくりと目を開いた。無表情のまま、真正面からグレイブの顔を見た。


「生きていました」


一拍置き、続ける。


「瀕死の重体でしたが、灯と、妻の看病のおかげで、ガイウスは一命を取り留めた」


その言葉に、グレイブの肩からわずかに力が抜ける。


「ああ……なるほどな」


小さく息を吐く。


「ただ――」


その一言で、グレイブの顔が再び上がる。

眉が寄り、視線が鋭く戻る。


ユリウスの指先が、わずかに強張る。


「目を覚ましたガイウスは、微力な雷を宿した身体になってしまった。その影響で、彼が触れたものには痺れが走るのです」


グレイブはしばし沈黙する。それから、ほんの少しだけ口角を上げた。


「……雷刃の槍使い、か」


低く呟く。


「そして、それ以来――

 息子は二度と泣かなくなった。

 哀を……失くしてしまったのです」


そう言い終えると、ユリウスは何事もなかったかのように視線を帳面へ戻した。まるで今の話など最初から存在しなかったかのように、整った手つきで紙面を開く。


グレイブはしばらく黙り、試合場へ目を向けた。


そこにいる少年を――

その奥にある何かを、見抜こうとするような重い目で。


――


ズンッ。


ウルグニルが起き上がる。

指が地面に食い込み、腕が遅れて震える。


「ぬぅ……」


視線を落とし、掌を見る。指先に、ビリビリと細かな痺れが走る。


「……ッ。雷、か」


口の端を歪める。


「面白ぇ。今のはビビったが……

 この程度の子供騙し――」


大きく息を吸い、吐く。

胸郭が膨らみ、全身の筋肉がピクピクと跳ねた。

拳を胸の前に突き出し、指を握り込む。


「耐えりゃいい!」


その目に確信が宿る。


ドンッ!!


再び踏み込む。


「石の心臓を持つ男!!

 このウルグニル様に、そんなものは関係ねぇ!!」


ガキィンッ!!


槍とガントレットが正面から噛み合い、青白い火花が散った。


バチッ!


ウルグニルの顔が一瞬だけ歪むが、すぐに歯を剥き、口角が吊り上がった。


「がはは……!

 効かねぇっつってんだろォ!!」


さらに腕へ力を込める。

ガントレットが、ギリ、と軋む。


ガイウスの足元で、砂がじりじりと押し潰されていく。


それでもガイウスの表情は変わらない。槍の角度をわずかに外し、短く息を吐いた。


「はぁぁっ!」


今度はウルグニルの足元で、砂が押し返される。


「ぐうぅ……」


頬が引き攣る。だが、笑みは消えない。


「やるじゃねえかッ!!」


押し込む右腕の筋肉がさらに膨れ上がり、太い血管が、皮膚を押し上げ脈打った。


――その瞬間。


ガンッ!!


力任せに槍を弾く。勢いのまま、左腕を横殴りに唸る。


「こいつはどうだッ!!」


ガイウスは顎を上げ、上体を紙一重で外す。

ウルグニルの左腕が鼻先を掠め、風圧が金髪を揺らした。


「まだだァ!!」


返しの右腕が来る。


ガイウスは軸足を入れ替え、槍の石突を地に滑らせるように引いた。


ガッ!!


拳が柄に当たる。


バチィッ!!


痺れが右腕を走る。


「ッ……!」


ウルグニルの右肩が不自然に跳ねる。

それでも、止まらない。


「おらァァァ!!」


ガイウスは柄を返し、無理やり押し込まれる力を、そのまま斜めへ逃がす。まるで暴れ馬の首を、最小の手綱でいなすように。


「……甘い」


ウルグニルの重心が、わずかに前へ流れた、その脇を

ガイウスが抜けた。


「なっ――」


次の瞬間。


ドンッ!!


槍の柄が、肋の下へ叩き込まれる。


「ぐぅッ!!」


巨体が横へ滑る。

足が地面を抉り、砂が大きく跳ね上がった。


だが、効かない。


半身を沈めたまま、ウルグニルはぎり、と顔を上げる。歯の隙間から荒い息を漏らし、口元だけが歪む。


「……くく……!」


ゴキ、ゴキ、と肩を鳴らす。


「最高じゃねえか……!」


――


遅れて、試合場の周囲に風が吹き抜けた。


「うっ……!また風圧が……!」


衝突の余波に、志願者たちは思わず顔を庇う。砂が頬を打ち、衣服の裾を鳴らした。


フレアは目を細め、腕で顔を守りながら、信じられないものを見るように二人を見つめた。


「……あの二人、すごい威圧感。

 ほとんど互角の戦い……?」


視線を戦場へ固定する。


その時――人垣の向こうに、一瞬だけシンの姿が見えた。紛れるように立ち、ただ一点、ウルグニルの右腕だけを追っている。


「……?」


胸に引っかかる違和感。

フレアも同じ箇所へ視線をなぞる。


衝突。


バチッ、と空気が弾ける。


その直後――


ウルグニルの右腕が、わずかに跳ねた。

拳の軌道が、ほんの僅かに逸れる。踏み込みと打撃が噛み合っていない。


「……あ」


フレアの瞳が開く。


「……違う……!

 ウルグニルの方が、削られている……!?」


――


「まだまだァ!!」


ガンッ!!


槍とガントレットが噛み合う。


バチィィ!!


衝突のたび、青白い閃きが弾ける。


拳が走る。


ブンッ!!


槍が受ける。


ガンッ!!


流す。


逸らす。


バチバチッ!!


「ああ?」


ウルグニルの目が揺れる。右手が勝手に開き、胸の奥でひびが入るような音がした。だが気にもせず、すぐに吠える。


「何でもねぇ!!」


無理やり握り込む。筋肉を、力でねじ伏せるように。


ガイウスは、静かに構えを戻した。その視線は相変わらず冷たい。だが、先ほどよりも心なしか深い。


広げた間合いの中で、ウルグニルを見据えながら、低く呟く。


「……こんな頑丈なやつは、初めてだ」


ほんの小さな笑みが、その口元にだけ浮かんだ。


それを見てもなお、ウルグニルの興奮は増すばかりだった。


「俺は石の心臓を持つ男、ウルグニル!!

 お前の様な強え奴と、やり合う為に来たァ!!」


ドンッ!!


だが、決着はそのすぐに訪れた。


ウルグニルは右腕を、渾身で振りかぶる。

左脚が地面を掴み、腰が回り、肩が前に出、上腕が引かれ、前腕が走る。


……バチッ。


瞬間、その内側で――弾けた。


バチバチバチバチィッ!!


小さな痺れではない。針をばら撒かれたような痛みが、一斉に右腕を駆け上がる。


「……あが!?」


ドクン、ドクン。


石の心臓が、異様な速さで脈打つ。押し出された血とともに、得体の知れない異常が右腕へ流れ込んでいく。


「お、おい……!」


指が大きく開き、手首が逆に折れ、

肘が不自然に内側へ引かれる。


「待て待て待て待て!!」


初めて、ウルグニルの顔から笑みが消えた。


筋肉が、人の制御を外れて暴れ始める。


ゴキ……。


ゴキゴキゴキッ!


「や、やめろ……!」


骨の軋む音が連なり、次の瞬間、肘があり得ない方向へ折れ曲がった。


ゴギンッ!!!


「――ぐわああああああああッ!!」


絶叫が場を裂いた。


「腕が!! 俺の腕がァァァ!!」


右腕がだらりと垂れ下がる。ガントレットが空しく鳴り、指は意思と無関係に痙攣し続ける。


志願者たちは息を呑み、悲鳴すら飲み込んだ。


「ひっ……!」


「な、何が起きているんだ……!?」


フレアも思わず、口元を押さえる。


壇上でグレイブが呟く。


「何だ?自爆か?」


ユリウスは、短く答えた。


「……右腕に蓄積した雷が、彼の意思とは無関係に、筋肉を誤作動させています」


一拍。


「耐え続けた、その結果です」


言葉が落ちきるより早く、ガイウスが踏み込んだ。


「終わりだ」


顎が締まり、槍が静かに振りかぶられる。

刃先に小さな稲妻が絡みつく。


「……来るな……やめろ……!」


その腹に、苦痛で歪んだウルグニルの顔が映った。


招雷断打槍しょうらいだんだそうッ!!」


ドォォンッ!!


衝撃が、叩き込まれる。


「がはぁぁッ!!」


巨体が、またしても宙へ舞った。

今度はもう、受け身も取れない。


ズドォォォォンッ!!


地面に叩きつけられ、そのまま動かない。


静寂。


砂煙がゆっくりと落ちていく中、ガイウスは何も変わらぬ顔で立っていた。槍を下ろし、呼吸一つ乱れていない。


遅れて、ヘルモーズの声が響く。


「勝者――ガイウス・バルナーク!!」


ようやく場が沸き返る。


フレアは乾いた喉を鳴らし、目を細めたまま呟いた。


「うるさいだけじゃ、ないってことか……」


シンは無言で、ガイウスを見る。


倒れたウルグニルの前に立ち尽くす金髪の少年。


その視線が、ほんのわずかに落ちる。

だが、それ以上は何もなかった。

『灯の断章 外伝 〜赤い髪のフレア〜』を読んでいただき、ありがとうございます。


もし面白いと思っていただけたら、ブックマーク、評価をよろしくお願いします。あなたのリアクションが作品を書く原動力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ