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灯の断章 外伝 〜赤い髪のフレア〜  作者: ショパン


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金色の息子

本作は『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』の外伝ですが、単体でも読める作品にしています。


ただし、もし少しでも「灯とは?」「記録官とは?」

と気になる部分がありましたら、本編でより深く描いています。


興味を持っていただければ、ぜひこちらからどうぞ。

→https://ncode.syosetu.com/n5378ky/


挿絵(By みてみん)



地面に、乾いた音が響いていた。


しゃ、しゃ……。


記録官たちが無言で箒を動かしている。

一人が掃けば、別の者がならす。


踏み荒れた地面は均一に均され、乱れた砂が、まるで最初から存在しなかったかのように消されていく。


二つに分かれていた円は、ひとつに重なり、四方には敗れた志願者たちが整然と立ち並ぶ。


試合場が淡々と整えられていく。


わずかに離れた場所で、

ジェミルは一人、立っていた。


その目が、箒の動きを追う。


「……綺麗にするねぇ」


風はない。

だが、空気だけが張り詰めていた。


第一班から第四班まで。

勝ち残った代表者四名が、円の中央に並んだ。


「誰が優勝すると思う?」


「ウルグニルだろ」


「シンは読めない」


「フレアもなかなか……」


志願者たちの小さな囁きが、足元でくぐもる。


「どうせ優勝はガイウス様に決まってる。

 北の宿舎町一の名家だぞ……」


フォルドは俯いたまま、唇の端だけを動かした。


「……」


ネレクは答えない。

ただ、瞬きもせず前を見据えている。


「シンか、あの女か……。

 どちらが勝ち上がっても、所詮村の出が、ガイウス様に勝てるわけがねぇよ……」


言葉は、最後まで形にならなかった。


ネレクの視線は動かない。


中央の四人――その並びだけを、捉えている。


第一班代表。

金色の上級記録官ユリウス・バルナークの息子。


ガイウス・バルナーク。


風もないのに、その髪だけがわずかに揺れる。

胸を張り、視線はただ一人――壇上で座る父、ユリウス・バルナークへ向けられていた。


周囲に立つ者たちのことなど、最初から視界に入っていない。


第二班代表。

石の心臓を持つ巨漢。


ウルグニル。


その場に立っているだけで、地面がわずかに軋む。


にやりと歯を剥き出し、拳を固め、肘を引き絞る。

その瞬間、全身の筋肉が、膨れ上がる。


皮膚の下で、力が蠢いていた。


第三班代表。

黒髪の少年剣士。


シン。


これまでの戦いを、乱すことなく勝ち進んできた。


誰とも視線を合わせず、瞳は閉じられ、

呼吸だけが、静かに整っている。


第四班代表。

ティノ村出身、赤い髪の狩人。


フレア。


片足に体重を預け、軽く首を回す。


張り詰めた空気の中で、

胸の奥が、じわりと熱を帯びていく。


――記録官に、あと少しで届く。


その実感だけが、確かにあった。


四者四様。


その時、壇上で金色の上級記録官ユリウス・バルナークが立ち上がった。


外套が静かに揺れ、金の装飾が光を拾う。


隣に座していたヴァルターは、

視線だけを横へ流し、その動きを捉える。


グレイブは頬杖をついたまま、その視線だけは鋭く、ユリウスの背を、逃さず追っていた。


その場にいる全員の視線がユリウスに集まる。

空気が一段、引き締まる。


ユリウスは一歩前に出ると、静かに顎を引き四人を見下ろした。


「ここに揃ったのは、各班で勝ち残った選りすぐりの志願者たちです」


言葉がそのまま場に沈み、

誰一人として動かない。


ユリウスは、一度目を閉じ、細く見開いた。

それが、応答の代わりだった。


「ですがまだ、記録官になることが確定した訳ではありません」


視線が、順に四人をなぞる。


ガイウスの前で、ほんの刹那だけ止まる。

そのまま流れるように視線を戻す。


「各々最後まで全力を尽くし、己が価値を証明してみせなさい」


空気が、張り詰める。


ガイウスは静かに拳を握り締めた。

ほんの一瞬、奥歯を噛み、視線は壇上の父を外さない。


その端で、フレアの眉がわずかに寄る。


軽く流すように、ユリウスの指先がわずかに動いた。


「なお、優勝した志願者は――」


そこで初めて、

ほんのわずかに口元が緩む。


「今年の主席として記録され、

 一つだけ要望を聞く場を設けましょう」


その言葉に、ほんのわずかに空気が揺れた。


ウルグニルは、鼻息を荒く鳴らす。

胸が上下し、その巨体がわずかに軋む。


シンは変わらない。

ただ、呼吸が一度だけ深く沈む。


「……」


そして、フレアの中に、声がよぎった。


――いいか、フレア。


ティノ村の、父ガロンの声。


――記録官になれば、

 お前も、ティノ村も、

 冬ごとに灯に怯える暮らしとは無縁になる。


胸の奥が、わずかに熱を帯びる。


続けて――


――灯が足りなくて……夜、眠れない子もいて……。


フィオナの震える声。


――だから……記録官になれたら、

 灯を……少しでも……回してもらえるんじゃないかって……。


その言葉が、

胸の奥に、重く沈む。


そして――


――灯が減ればどうなると思う。


スカルの低い声が、割り込む。


――強い奴が灯を持っていく。

 弱い奴から干からびる。


――まるで餌に群がるクソ虫だ。


一拍。


――力がなきゃあ、生き残れねぇんだよ。


その言葉が、鋭く突き刺さる。


フレアの呼吸が、わずかに乱れた。


目の前の光景と、

頭の中の声が、重なる。


「……っ」


次の瞬間。


フレアは、強く唇を噛み締めた。


「以上です」


ユリウスはそう告げると、何事もなかったかのように背を向け、静かに席へと戻った。


入れ替わるように、

四人の背後からヘルモーズが前へと出る。


右手が、ゆっくりと上がる。


「それではこれより、準決勝第一試合を行います」


その一言で、張り詰めていた空気が一気に波打った。


シンは無言のまま、歩き出す。


一歩ごとに、周囲のざわめきが大きくなる。


フレアも遅れず動く。

赤い髪がふわりと揺れ、彼女は距離を取るように位置を変えた。


すれ違いざま、フレアは一瞬だけ、シンの横顔を盗み見る。


閉じた瞳。

揺れない呼吸。


「……次、私の相手はあいつか……」


フレアの胸の奥に、言葉にならない何かが引っかかる。


「……なんか」


小さく息を吐き、

視線を逸らす。


「変なやつ」


残る二人の間に、わずかな空白が生まれる。


その空白を切り裂くように――


「――ガイウス・バルナーク!」


呼ばれた瞬間、

ガイウスの足先が静かに向きを変える。


父へ向いていた視線が、

すっと中央へ落ちる。


三又の槍をくるりと持ち替えると、胸が一度だけ、深く上下した。


「ウルグニル!」


ドン、と地面が、軋む。


ウルグニルの口元が歪み、

喉の奥から低い笑いが漏れた。


「ぐはははっ……待ちわびたぜ!」


周囲の志願者の何人かが、思わず一歩下がる。


その圧に、空気が濁る。


ウルグニルは、腰に下げていたガントレットを引き上げると、革紐を噛み、乱暴に引き締めた。


ぎちり、と金具が鳴る。


指を開く。

握る。


また開き、握る。


ばき、ばき、と関節が鳴るたび、

近くの志願者たちは顔をしかめる。


フレアは志願者の輪の中で、

口の端をわずかに曲げた。


「……そういやさ、

 初めて見た時、うるさい奴いるなって思ったけど」


視線がウルグニルから、槍を持つ金髪の少年に向く。


「……あいつが、あの髭親父の子どもか」


ガイウスの髪がかすかに逆立つ。

空気が、わずかに張りついた。


――その間を裂くように、

ウルグニルは、にやりと歯を剥き、口を開く。


「上級記録官ユリウス・バルナークの息子、ガイウス・バルナーク」


舌で歯をなぞる。


「相手にとって不足はねぇ。

 まさか、こんな上玉をボッコボコにぶっ壊せるとはなぁ……」


一歩、踏み込む。

地面が、ミシっと軋む。


ガイウスは動かない。

視線だけが、真っ直ぐに相手を捉えている。


瞬きすら、ほとんどない。


「ぐはははっ。

 その細い槍で、俺様のこれを受ける気か?」


ウルグニルは拳を軽く打ち合わせる。


ガンッ。


鈍い金属音。


「砕けるのはどっちか、試してやるよ!」


ガイウスは、静かに槍を構えた。


三又の穂先。

その刃が、わずかに空気を震わせる。


ビリッ、と。


ほんの微かな違和感が、周囲の空気に混じった。


「始め!」


ヘルモーズの声が落ちる。


ダァンッ!!


ウルグニルが踏み込む。

顔を歪め、歯を剥き出しにしたまま――


「潰れろォ!!」


振り下ろされる拳。

風を裂き、空気が唸る。


だが――


スッ。


ガイウスの体が、紙一枚分だけ外れる。


足運びに無駄はない。

視線も、揺れない。


ブンッ!!


ウルグニルの拳は空を切り、次の瞬間。


ガンッ!!


鈍い衝撃が、遅れて叩き込まれる。


ガイウスの槍の柄が、

すれ違いざま、ウルグニルの胴を背後から打ち抜いていた。


「――ッ!?」


ウルグニルの目が見開かれる。


巨体がわずかに浮き、そのまま前方へ――

頭から弾き飛ばされる。


「ぐわぁぁぁッッ!!」


ズドォォォォンッ!!


地面に叩きつけられ、砂煙が一気に巻き上がった。


下半身だけがぴくりと持ち上がり、

ウルグニルの身体が不格好に折れ曲がる。


一瞬の静寂。


誰も、すぐには声を出せなかった。


壇上。


「――はっ」


短い、吐き出すような笑い。


グレイブは片腕をぶん、と軽く振り、

口元を大きく歪ませる。


「いいじゃないか。

 あのデカブツが、ああも軽く吹っ飛ぶとはな!」


肩を揺らし、喉の奥で笑う。


「今のは“当てた”んじゃない――」


わずかに顎をしゃくり、人差し指を立てて隣へ声を投げる。


「“置いた”な」


隣でユリウスは顔を上げない。


「……ああ。そうですね」


短くそれだけ返し、手元の帳面へさらさらと筆を走らせる。


だが、ページを繰るその指先が止まるほんの一瞬。

視線だけを、場の中央へ向けた。


ガイウスは振り返ると、ふっと息を吐き、

手首の返しだけで槍をくるりと回した。


金色の髪が揺れ、視線は倒れたウルグニルへ。


「――遅い」


わずかに顎を引き、槍の柄を肩に軽く乗せる。


「その程度で、

 このガイウス・バルナークに、届くと思うな!」


――ぎしっ。


ウルグニルの指が、地面を掴んだ。


「……ぐ、ぅ……」


低く、潰れた声が漏れる。


顔を押し付けたまま、

指先が土に食い込み、砂がわずかに軋む。


腕で地面を押し、上体を引き剥がすように持ち上げ、

そのまま、ゆっくりと立ち上がった。


砂が、ぼろぼろと崩れ落ちる。


ゴキ、ゴキ、と首を鳴らす。


ウルグニルは振り返ると、口元から血を拭い、にやりと歯を剥いた。


「……効かないねぇ……」


その目は、さっきよりも明確にガイウスを捉えていた。


――噛みつく場所を探る、獣のように。

『灯の断章 外伝 〜赤い髪のフレア〜』を読んでいただき、ありがとうございます。


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