黒い思惑
本作は『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』の外伝ですが、単体でも読める作品にしています。
ただし、もし少しでも「灯とは?」「記録官とは?」
と気になる部分がありましたら、本編でより深く描いています。
興味を持っていただければ、ぜひこちらからどうぞ。
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「おらぁッ!!」
スカルの髑髏の牙が、弾けるように振り下ろされる。
「よっ……!」
フレアは一歩、半身にずらす。
刃が頬をかすめ、赤い髪がふわりと舞った。
ギィンッ!!
地面に叩きつけられた刃が砂を撒く。
「はっ……!」
その反動のまま、フレアは身体を横へ流す。
次の一撃が、すぐ背後を裂いた。
ガキィッ!!
振り抜きざま、スカルが刃を返す。
「……ほいっ!」
フレアはぐっと腰を落とす。
刃が頭上を通り過ぎ、首筋に冷たい風が走った。
「おい!!どうしたよォ!!
避けるだけか!?」
スカルの口元が歪む。
唇の端が吊り上がり、獲物を追い詰める獣のように笑う。二本の牙が、間を置かずフレアへ喰らいつく。
フレアは口元をわずかに引き締め、身体をしなやかに捻る。
上から――ギィンッ!
横から――ガキィッ!
下から――キィンッ!!
息を吐く暇もない。
「フレアーッ!押されてるぞ!」
「反撃しろーッ!」
周囲がざわめく。
だが、顎のような二本の刃が、軌道を変えながらフレアの逃げ道を“喰い潰す”。
キィンッ!!
下から跳ね上がる一撃。
フレアは反射的に跳ぶ。
砂が足元で弾けた。
だが、その着地に合わせて――
スカルの脚が滑り込む。
地面に手をついたまま、低く、振り抜かれる。
ブンッ!!
「っ……!」
フレアは咄嗟に空中で無理やり身体を捻り、
着地の位置をほんのわずかにずらした。
ザッ――!
靴の先端に仕込まれた刃が、ブーツの縁を裂いた。
着地と同時に、フレアの顔がわずかに歪む。
「あっぶ……!」
革が裂け、細く走る切り傷がぱくりと開く。
中の布が覗き、じわりと赤が滲む。
スカルは止まらない。
そのまま再度、脚を振り抜く。
ガキィンッ!!
フレアは流れるようにナイフを差し出す。
火花が目の前で弾けた。
「ちっ……!」
次の瞬間、髑髏の牙が迫る。
「しつこい……!」
フレアは一歩踏み込み、
二本の刃の隙間へ左手のピッケルをねじ込んだ。
ギィィンッ!!
刃が、噛み合う。
腕に、重みがのしかかる。
肘が沈み、肩が軋む。
フレアは歯を食いしばった。
「……なら――!」
差し込んだピッケルを、内側からこじ開けるように手首を返した。
筋が浮き上がり、指が白くなる。
「いける……この……!」
奥歯を噛み締め、さらに力を込める。
「折れろ……!!」
その瞬間、スカルの腕がわずかに締まる。
「俺の罪を終わらせる?
同じ村人のお前が、偉そうな口を吐くな!」
メキッ――!!
ピッケルの先端が、逆にひしゃげる。
「……っ!?」
フレアの目が、見開かれる。
次の瞬間、
バキィッ!!
完全に、へし折れた。
折れたピックが、弾かれるようにくるくると宙を舞う。
「え……マジで……!?」
フレアの手の中に残るのは、柄だけ。
息が、止まった。
スカルの口元が、さらに深く歪む。
「見たか?」
髑髏の牙が、金属の欠片を溢しながらゆっくりと持ち上がる。
「これが肉なら――」
スカルの目が、ぎらりと光る。
「どうなるか、分かるよなあ?」
フレアは喉の奥で、短く息を吐く。
「……は」
かすかな笑いが漏れる。
視線が、下からすくい上げるようにスカルを捉えた。
一歩下がり、わずかに腰を落とす。
後ろ手で折れたピッケルの柄を手放し、砂を掴むと静かに間合いを取り直した。
「……武器に自分の名前つけるなんて、
あんた、くっそださい」
右手のナイフを軽く返し、握りを深くする。
「当たらなきゃ、いいだけ」
視線はぶれない。
スカルの口角が、ゆっくりと吊り上がる。
「言うじゃあねぇか」
――ドンッ!!
砂が爆ぜる。
その瞬間。
フレアの右手が、迷いなく振り抜かれた。
シュッ――!!
ナイフが一直線に飛ぶ。
狙いは、スカルの頭。
「……!」
スカルの視線がわずかに上がる。
反射的に、髑髏の牙が閃く。
ガキィンッ!!
ナイフは、二本の牙に噛まれ、火花を散らして弾き飛ばされた。
その衝撃のまま、スカルは手首を返し、振り抜く。
だが――
視線を戻した時にはもう、フレアは背を向けていた。
砂を蹴り、一直線に駆け出す。
「……あ?」
眉がひそまり、すぐに歪む。
「おい、逃げんのかよ!!」
スカルの頬がぴくりと引きつる。
踏み出しかけた足がわずかに止まり、
その目が、フレアの背中を舐めるように追った。
揺れる赤い髪。
その下で、背にかけた弓が小さく揺れる。
「……っ」
息を噛む。
「まずい……」
喉の奥で、低く声が漏れる。
「あいつ――弓を使う気か……!」
目が細まり、次の瞬間、脳裏に走る。
――最初のあの一射。
反応するより先に、刃を弾き飛ばされた記憶。
視界の端で、火花が散る。
「ちっ……!」
スカルは髑髏の牙を腰へ押し込み、そのまま納めていたナイフを乱暴に引き抜く。
刃を一度、指で弾き、軌道を測るように、肩がわずかに沈む。
「やらせるかァッ!!」
踏み込みと同時に、腕が振り抜かれる。
シュッ――!!
一直線。
フレアの頭へ。
その瞬間。
キィィンッ!!
空中で金属が激突し、火花が弾ける。
「な――!?」
スカルの目が見開かれる。
ザッ!
弾き飛んだ刃が、目の前の砂に突き刺さる。
見覚えのある自分のナイフ。
砂に突き刺さっていたはずの、最初の一本。
目が、わずかに揺れる。
次の瞬間。
ビュンッ!!
乾いた音が、空気を裂いた。
「……っ!?」
ザシュッ!!
矢が、スカルの右足の裾を撃ち抜く。
布を貫き、地面へと深く突き刺さる。
「ぐっ……!」
踏み出しかけた足が、一瞬止まる。
引き抜こうとするが、動かない。
矢は杭を打つように、スカルを地面に固定した。
ザシュッ!!
今度は反対の足。
「なっ……!」
両足が地面に固定され、スカルの体勢が崩れる。
ドサッ――!
膝が、砂に叩きつけられた。
「くそっ……!!」
ギッ、と力を込める。
ビリッ――!
布が裂ける。それでもすぐには抜けない。
視線が、跳ね上がる。
その先でフレアは、すでに次を構えていた。
弓は引き絞られたまま、微動だにしない。
弦を張る指間には、まだ三本の矢。
赤い髪がふわりと揺れ、
その瞳は、ただまっすぐにスカルを射抜いていた。
「――これで終わり」
低く、静かな声。
「やらせねぇ!!」
スカルの顔が歪む。
血走った目で、フレアを睨みつける。
「俺たちを……踏み躙りやがって……!」
腰から髑髏の牙を引き抜き、震える手で、頭の前に叩き込むように構えた。
「お前も……!!」
息が乱れる。
「……全部……。全部だ……!」
目が、ぎらりと見開かれる。
「許さねぇ!!!」
フレアの背の矢筒は、空だった。
ここを凌いで――
「何もかも――」
喉が鳴る。
「ぶっ殺してやるよォォォォォォ!!!」
ビュンッ!!
ビュビュンッ!!
ビュンッ――!!
矢が、それぞれわずかに軌道をずらしながら迫る。
「うおおおおおおッ!!」
スカルが叫ぶ。
髑髏の牙が、唸りを上げて振り抜かれる。
ガキィンッ!!
一本。
刃に弾かれ、火花を散らして軌道を逸れる。
「――はっ!!」
息を吐く。
ザシュッ!!
二本目は腕に突き刺さる。
筋肉を裂き、骨に届く手前で止まる。
「ぐっ……!」
ザシュッ!!
三本目は反対の腕。
貫かれた衝撃に、肘が跳ね上がる。
「がっ……!」
血が、散る。
スカルの身体が、わずかにのけぞる。
だが――
身体をねじ戻し、歯を剥き出しにして笑った。
「は……はは……!」
肩で息をしながら顔を上げ、フレアを睨む。
「終わりだ。
もうお前に武器はねぇ……」
腕から血が滴る。
それでも、髑髏の牙を握り直す。
「俺の――」
足の矢を、無理やり引き抜こうとする。
ビリッ――!
「勝ちだァァァァ……!!!」
血まみれの腕に力を込めた、その時。
ヒュン――
音が、落ちてくる。
「……?」
スカルの目が、わずかに上を向く。
ヒュンヒュンヒュン――
落ちてくる影。
くるり、と回る刃。
ガンッ!!
柄が当たる衝撃に、スカルの頭が揺れる。
視界が、ぶれる。
「な……に……」
遅れて、理解が追いつく。
――自分の、手放したナイフ。
フレアは最後の矢で、
転がっていたそれを弾き上げていた。
膝が崩れ、そのまま、仰向けに倒れ込む。
ドサッ――!
握っていた髑髏の牙が、
指の隙間から地面に転がった。
砂が舞う。
フレアは弓を下ろし、静かに息を吐く。
視線だけが、倒れたスカルを見ている。
「……それ、返しとく」
ヘルモーズがそそくさと前へ出る。
変わらぬ笑みのまま、倒れたスカルの顔を覗き込む。
「おい……!」
スカルが、口の端から血を滲ませながら顔を歪める。
だが、ヘルモーズは目を細めるだけだった。
転がる髑髏の牙を、無造作に蹴り飛ばすと、低く呟いた。
「だから、言いましたでしょう?」
スカルの目が、ぎらりと見開かれる。
「……まだ……だ……!」
血を吐くように叫ぶ。
「俺はまだ戦える……!!」
その声が、場に響く。
それでも遮るように――
ヘルモーズは顔色一つ変えず告げた。
「――勝負あり!」
声はよく通る。
冷たく、均一に。
スカルの叫びなど、初めから存在しなかったかのように。
「相手の死角を突いたことにより、
勝者――フレア!」
一拍遅れて、地鳴りのような歓声が上がる。
「うおおおおおお!!」
「やったぞ赤髪!!」
「フレア!!」
志願者たちが、足を踏み鳴らす。
フォルドは呆然と口を開けたまま、何も言えない。
ネレクは黙したまま、ただフレアを見据える。
シンは腕を組み、わずかに息を吐く。
ジェミルは楽しげに目を細め、にこりと笑った。
ヘルモーズは、その歓声を背に受けながら、静かに壇上を振り向く。
壇上では、ユリウスが顎髭を撫でていた。
指先がゆっくりと動き、視線は赤い髪の少女へ。
口元に、わずかな笑み。
グレイブは腕を組み、鼻を鳴らす。
その肩は、ほんの僅かに緩んでいた。
その隣で、ヴァルターは、ヘルモーズの合図に小さく頷くと、椅子から音もなく立ち上がった。
黒いマントが、ばさりと大きく翻る。
揺れが収まるより早く、杖の先はスカルを指した。
「その者を捕えよ!
連続記録官失踪事件の容疑者として、
地下の監獄に連行する!!」
歓声が、すっと引く。
その場の全員の視線が、一斉に壇上へ集まった。
ユリウスの手が、顎髭の上で止まった。
「……ヴァルター君。まさか――」
グレイブの眉が寄る。
「お前……最初からか?」
ヴァルターは振り向かない。
ただ、下を見ている。
「ある村の近辺で、記録官が立て続けに失踪する事件を追っていた……」
低い声。
感情は、ない。
「私は、その村出身の男が志願者に紛れ込んでいるのを発見し、面接試験でふるいにかけ、星を付けたのだ」
ユリウスの目が、細まる。
ヴァルターは、淡々と続ける。
「だが、確証がなければ捕縛はできん。
“藪蚊”は、叩かねば出てこない」
その言葉と同時に、視線がほんのわずかに動く。
フレアへ。
「あの娘は――実に有効な駒だった」
グレイブの喉が、小さく鳴る。
ユリウスは、顎髭から手を離す。
ごくり、と。
誰ともなく、唾を飲み込んだ。
ヴァルターの声が落ちた直後。
間を置かず、記録官たちが試合場へ踏み出す。
足音が、乾いた砂を踏む。
「来るな……!」
スカルが顔を上げる。
「来るんじゃねぇ……!」
腕を動かそうとする。
だが、刺さった矢が微かに震えるだけで、持ち上がらない。
足も、地面に縫い付けられたままだ。
「触んじゃねぇ!!」
押さえつけられ、地面に顔が叩きつけられる。
ドンッ。
砂が跳ね、頬が擦れる。
「やめろ……! 離せ……!!」
冷たい手つきで、縄がかけられる。
腕を後ろへ引き上げられ、きつく縛られる。
「やめろォォォォ!!」
喉を裂くような叫び。
その前に――
フレアが、歩み出る。
わずかに息を整え、まっすぐに見下ろす。
「……ごめん」
唇が、ほんのわずかに強ばる。
「でも、私が記録官になって――
あんたの村も、必ず助けるから」
視線は逸らさない。
「約束する」
スカルの動きが、止まる。
その目が、フレアを捉える。
――一瞬。
血走った瞳の奥で、何かが揺れる。
怒りでも、憎しみでもない。
もっと、別の何か。
「……は」
乾いた笑いが、喉の奥で漏れる。
次の瞬間――
「うるせぇぇぇぇぇぇッ!!!
テメェは、何も知らねぇくせに……!!!」
吐き出すように叫ぶ。
その目が、フレアを射抜く。
記録官に腕を掴まれ、
スカルはそのまま強引に引きずられていった。
フレアは静かに、その姿を見つめる。
遠ざかっていく背中。
砂に残る、引きずられた跡。
やがて、声は途切れる。
――それでも。
「……」
何処か寂しげで
まるで、何かを訴えるような。
スカルのあの目だけが――
フレアの胸の奥に、焼き付いて離れなかった。
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