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9.この仕様では足りません

 運行チームと開発チームが共同でプロジェクトを進めるとは決まったものの、具体的な役割分担などはまだほとんど白紙状態と言って良かった。そこでまずは作るべきシステムの大まかなイメージの共有と大雑把な設計方針を決める為、浦田と如月と叶の三人だけで小会議室に集まっていた。

 “やっぱり、浦田さんも来たか”

 と、それを見て叶は思う。

 如月音一人だけでは心配なのだろう。だから、開発チームは浦田が彼女を手厚くサポートする体制になっているのだと叶は考えていたのだ。

 「と、取り敢えず、大まかな画面案を考えてきました。見てみてください」

 如月がノートパソコンをプロジェクターに繋ぎつつ、いかにも自信がなさそうな様子で、そう言った。プロジェクターが壁に映し出したパソコン画面のフォルダには“画面案”と書かれたファイルが置いてあり、それをクリックすると画面いっぱいに表計算ソフトで描かれた掲示板らしきものが現れた。

 「ログイン画面は作らないようにしようと考えています。社内共通システムの一部にリンクを追加し、そこからこのシステムを利用してもらおうかと」

 「異論はないわ」とそれに叶は返す。

 記事の検索画面と詳細画面のほぼ二画面(参照画面と登録・修正画面を別に数えても三画面)しかないようなシステムにログイン画面など仰々し過ぎるし、社内だけで使う前提なのだからそれで充分だ。仮に後に必要になったのなら、その時に追加すれば良い。

 叶の返答を聞くと、如月はホッと安心したような表情を見せたが、浦田の方はまったく表情を変えなかった。叶の返答は予想通りなのだろう。

 一覧画面には“タイトル”や“内容”といた検索条件項目の他にも『“素材”、“製品”、“販売”』などといった情報のカテゴリがチェックボックスで選べるようになっており、その下には検索する権限の範囲を特定する為のエリアがやはりチェックボックスで選択可能となっていた。

 「この権限のエリアは、ユーザがどんな権限を持っているかで変化する仕様にするつもりでいます。上位の権限は下位の権限を全て選択可にします」

 そこまでを語ると如月は、窺うように浦田を見た。浦田は表情を変えない。この説明で正しいのか確認しているように見えた。

 「上位の権限だけを指定した場合は、下位の記事も検索されるのじゃなくて、飽くまで上位の権限だけが検索されるのね?」

 それで叶はそう質問してみた。

 「はい」

 と、目を泳がせつつ如月は返す。そこで浦田が助け舟を出すように「ん」と言って口を開いた。

 「少し迷ったんだが、下手に検索件数を増やすより絞り易くした方が良いと判断したんだ。この一覧画面の検索機能は、記事を見つけ易くするのが目的だからな」

 それに叶は「はい。特に反対はありません。一応の確認をしただけです」と応えた。そしてその後で心の中で“如月さんが考えた仕様じゃないってことをね”と続ける。

 如月は説明を続けた。

 登録・修正画面でも同じ様に情報カテゴリや権限が選べるようになっていて、後はタイトルと記事内容を書き込むテキストエリア、更にファイルを添付するエリアを作る。選択したファイルをアップロードし、画面を開いてアイコンをクリックすると、閲覧者が自由にダウンロードできるようにする仕様を考えているらしい。文字だけでは伝えきれない内容もあるだろうから、これは当然の機能と言える。

 一通りの説明を聞き終えると、叶はおもむろに口を開いた。

 「大きな問題点はないと思います。ただし、この仕様では足りません」

 無事に説明をし終えて、安心していたのだろう如月は、その指摘を受けて怯えたような表情を浮かべた。そして助けを求めるように浦田に視線を向ける。

 「足りないと言うと?」

 その視線を受けて、という訳でもないのだろうが、浦田はそう叶に質問をした。すると彼女はスルスルとこう答える。

 「このシステムは“技術革命の為のインターフェース”なのですよね? これだけでは恐らくそれは実現できません。多少の利用者は現れるかもしれませんが、充分に活用される事はないと思います」

 「ふむ」とそれを聞いて浦田は腕組みをする。彼女が淀みなく答える様を見て、決して単なる思い付きではなく、前もって考えを練って来ているのだと判断したようだった。

 「では、どんな仕様を加えれば、充分に活用されるようになると君は考える?」

 その浦田の質問を受けて「はい」と応えると、叶瞳は語りだした。自分の考えを彼に披露できるのを喜んでいるように思える。そんな表情だった。

 「自分の記事と他の記事をリンクできるようにしましょう」

 「と言うと?」

 「例えば、新たな素材を開発したという情報を誰かが記事にしたとします。

 “これこれこういった素材を開発したが、何か用途はないか?”

 といったような。

 それを見た製品開発部は、それと元の素材の記事をリンクさせ、“それならばこんな製品が考えられるが、需要があるかどうかは分からない”といったような記事を営業部向けに書くのですね。

 それを見た営業部は実際に顧客に向けてアピールをし、需要があるかどうかを判断していく……

 もちろん、手応えがあると判断されれば製品化の検討が始まるといったような流れになります」

 「それはレスポンス機能では駄目なのかな? 通常の掲示板のようにそういった機能も付けるつもりでいるが」

 「複数の記事を結び付けるケースも多々あると考えられるので、それでは不十分だと思います」

 「しかし、そうなるとリンクで結びついた記事を辿る為、ツリー構造の検索機能も追加したくなるな。それに、画面案も一部練り直さないといけなくなるし、画面の追加も必要になって来るかもしれない。技術的なハードルも一気に上がる事になる」

 それに叶は淡々とこう返した。

 「問題ありません。その程度の工数くらいはうちで賄います」

 自信たっぷりの彼女の様子を見て、浦田は何故か嬉しそうにしているように見えた。情熱的でモチベーションが非常に高い。こういったポジティブな姿勢は見ていて気持ちが良いものだからかもしれない。

 「面白い」と、一言浦田はそれに返す。

 それから一呼吸の間の後で、こう続ける。

 「しかし、そこまでするとなると、利用者を一部の社員に限るのは惜しいな。一般の社員でも観られるようにするべきじゃないだろうか?」

 その言葉に叶は嬉しそうな表情を見せた。彼女は浦田ならば賛同してくれると思っていたらしい。

 「これは元よりそのつもりでの発案です。一般の社員も巻き込まないと、このシステムは真価を発揮しないと私は考えています」

 「ん」とそれに浦田。

 「なら、検索条件に投稿者の所属を選択できる機能も追加しておくか。研究者や技術者が専門的な記事を検索し易いように。一般の投稿も混ざるのじゃ、探すのが大変だ」

 「良いと思います」

 と応えた後で叶はこう続ける。

 「投稿者がどの所属に向けた記事なのか選択できるようにするというのはどうでしょう? そして、アナウンスしたい記事だった場合、それを検索画面などで所属の人達に向けて強調するのです」

 「なるほど。面白いね」

 どうやら叶瞳と浦田一は相性が良いらしい。話がどんどん進んでいく。或いは、それは互いに相手を引き立てようする意識があるからこそなのかもしれない。

 叶瞳は浦田に恩返しがしたいと思っていて、浦田一はプロジェクトに協力してくれている叶のキャリアアップに貢献したいと考えている。

 ただ、当初の自分の願いは“浦田の負担を軽減したい”というものだったことを叶はすっかり忘れているようでもあった。彼女は熱くなると視野狭窄に陥り、他が見えなくなって暴走しがちになるのだ。

 

 一方、そんな中、二人に置いてけぼりにされている如月音は、一人戸惑っていた。

 如月の方から画面案の叩き台を作ろうと浦田に申し出て、浦田の指導の下で彼女は画面案を作成したのだが、それは城之内の入れ知恵によるものだった。

 如月は城之内から、こんなアドバイスを受けていたのだ。

 「いいか?

 共同開発では初手が重要なんだ。画面案を作成していって、“うちがまずは仕事したんだぞ”という空気を作り出すんだな。

 それで精神的に優位に立ったなら、後は主導権を握って難しそうな仕事を開発チーム側に押し付けていく。君が今回のプロジェクトを凌ぐにはこれしかない」

 如月はそういった政治的な駆け引きのような事が苦手だ。それに、正直に言うのならそういった卑怯な手段もあまり好きではなかった。

 しかし、上司からのアドバイスでもあるし、スキル全般に自信がない彼女にとって、“開発チームが難しい仕事をやってくれる”という考えは非常に魅力的に思えた。それでつい甘えてしまったのだ。

 が、そんな彼女(や城之内)のくだらない思惑などまったく関係なく叶と浦田は意欲的に仕事の話を進めている。浦田には城之内の“策略”を伝えていなかったのだが、もし伝えていたとしても態度はそれほど変わらなかったかもしれない。

 

 「イメージができているのなら、記事と記事をリンクする部分については、開発チームで担当してもらった方が良さそうだな」

 浦田がそう言い終える。

 「はい。是非作りたいと思っていたのでその方がありがたいです」

 と、それに叶。

 「ん」と頷くと、浦田はこう返す。

 「では、こっちは主に権限関連を作っていこう。共通する部分については、競合にだけは気を付けて、手を空いた方が作っていくというのでどうかな?」

 「異存はありません」

 ほとんど二人きりで話を進めてしまっている。如月はなんとか割って入って、城之内の思惑通りの方向に話を進めたいと思っていたのだが、そんな意見が入り込む余地はまったくなさそうだった。

 そして、如月は

 “どうしよう? このままじゃ、権限関連の仕事を担当することになっちゃいそう。私、そんなのどうやったら作れるのかも分からないのに……”

 そんな風に不安になっていた。

 そのタイミングで、不安のあまり青くなっている如月に浦田は気が付いた。そして叶との話し合いに夢中になるあまり、自分が如月をほとんど無視してしまっていた点に思い至ったのだった。

 それから浦田は謝るような視線を彼女に送ると、「如月さんの方からは、何かないかな?」とそう尋ねる。

 しかし、まさかこの流れで「権限の方も開発チームでお願いします」などと言えるはずもない。言葉巧みにそんな方向に誘導するような器用な話術も彼女にはなかった。

 それで、

 「いえ、大丈夫です」

 とだけしか彼女には言う事ができなかった。そして、結局は運行チームで権限関連の部分を作る事に決まってしまったのだった。

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