8.そしてキックオフへ
「“運行”の方から、システム共同開発のお誘いが来てるんだけどね」
ある日立石は、開発1課の課長から、ちょいちょいと手招きされて呼び出されると、おもむろにそんなことを言われた。
のんびりとした口調で、まるで昼食に何を食べるのか相談されているくらいの雰囲気だったが、この課長は真面目な時もふざけている時もこんな具合なので、いまいち何を考えているのかは掴み切れない。
「これ、一応、“うちに気を遣って”って意味なのかな、多分」
そう言った課長は、“そんなの誰も気にしていないのにね”とでも続けそうだったが、それ以降は口をつぐんだ。
「それは例の“如月音”の件ですか?」
そう立石が尋ねると、「だねぇ」と立石の反応を窺いながら課長は返す。“やっぱり、こー来たか”とそれを聞いて立石は思う。
「請けるおつもりですか?」
「いや、どーしようかなぁ? 断っちゃうのも一つの手だと思うんだよね」
“断るのも一つの手”
その言葉を聞いて、立石は課長は自分と同じ事を考えているのだと直ぐに察した。開発1課の課長は立石と似たような発想をすることがよくある。恐らくは、だから彼女を呼び寄せて相談したのだろう。
「そのプロジェクト、あまりよろしくないのですか?」
それで彼女はそう尋ねた。
「そ」と、それに課長。
「不自然だね」
そして、そう言いながら、運行部署から届いたプロジェクト案が印刷されたプリントを机の上に広げる。
「技術革命の為のインターフェース?」
立石はそこに書かれた文字を読み上げて、そう言った。
頬杖をつきながら、課長はそれにこう返す。
「仰々しい大層な名前を付けているけど、要は技術者や研究者達向けの掲示板だよ。アクセス制御付きのね」
「それはまた微妙なプロジェクトですね」
失敗も成功も判断し辛い。費用対効果など、どう分析すれば良いのだろう? しかし、それは逆に言えば誤魔化しがきくという事でもある。
つまりは、噂通り、如月音の技術スキルは低いのだろう。だから、リスクが少なく、失敗成功の判断が曖昧なプロジェクトを選んできたのだ。
“城之内が考えそうな手ね”
そう心の中で呟いてから、立石はこう課長に提案してみた。
「叶に振りましょうよ、その仕事」
「叶君に? 何故?」
「確かにスルーするのも一つの手ではあると思います。勝手にやらせて自滅するのを高みの見物しても良い。
でも、それじゃ少々つまらないでしょう? 会社も損失を出してしまいますし。叶なら、きっと色々と面白くしてくれると思うんですよ」
叶瞳は性格的に、失敗前提でプロジェクト開発を進めたりはしない。無難な決着など認めず、きっと色々と引っ掻き回して、意地でも“使えるシステム”を開発しようとするはずだ。それに、或いはその過程で如月音の化けの皮が剝がれるかもしれない。
「でも、彼女、ここ最近忙しかったでしょ?やっと一段落したところで、またそんな仕事をぶっこんじゃって大丈夫かな? 流石に怒りそうだけど」
「それは安心してください。前もって言質を取ってありますから。彼女、やる気ありますよ。運行チームとの共同開発」
より正確に言うのなら、浦田一との共同開発だが。
実はその点も立石には多少、興味があった。色恋沙汰には無縁に思える仕事人間の叶瞳が、浦田一に対してどんな感情を抱いていて、どんな関係になりたいと思っているのか。もしかしたら、彼女自身にもよく分かっていないのかもしれないが。
“あいつにとっても、人生の選択肢は広い方が良いでしょう。経験して来なかった世界を見るってのもありだと思うのよね。
ま、私はあいつの男関係なんて別にどーだっていいけど……”
悪趣味だと思ったのか、その後で立石は心の中でそんな言い訳をした。
「なんじゃ、この微妙なプロジェクトは……」
叶瞳の元へ、課長から仕事の指示が来た。課長は彼女に運行チームとの共同プロジェクトの開発チーム側のリーダーをやって欲しいのだという。立石の予想通りになったと思いつつ、彼女は中身を読んでその内容に呆れていたのだった。
「これ、本当に開発するメリットがあるのでしょうね?」
特殊なアクセス制御付きの電子掲示板を作成し、技術革命の為のインターフェースを築くなどと謳っているが、本当にそんな事を起こそうと思ったのなら、相当の数の人間達にこの掲示板を活用してもらわなくてはいけないはずだ。
がしかし、その為には、場所だけ用意すれば良いという訳ではない。
某巨大電子掲示板が社会的に機能しているのは人が集まるからだが、それには、『“注目された事で人が集まり、人が集まった事で更に注目され、またそれが人を集める”という繰り返しの正のフィードバックが起こった』という幸運がある。
決して狙ってできるものではない。発想自体は面白いかもしれないが、それだけでプロジェクトが成功するとは限らないのだ。
叶瞳は腕組みをすると、考える。
もしも開発チームの方で、こんなプロジェクト案が浮かんできたなら、もう少し技術者や研究者達からヒアリングした上で、実行するかどうかを決めろと訴えるところだが、今回のメインは運行チームだ。しかも、その責任者はあの城之内。恐らくは、のらりくらりと躱されてしまうだろう。
さて、ならば、どうするべきなのか?
“少々、強引な手だけど、一般の社員も巻き込んでしまえば、何とかならない事もないかもしれないわね……”
それから彼女は、このプロジェクトを成功させる為の策を密かに考え始めたのだった。
――小会議室。
そこに運行部署と開発部署の何名かの社員が集められていた。
それは、これから始めようとしている“技術革命の為のインターフェース”プロジェクトのキックオフミーティングで、同時にメンバー同士の顔合わせの為の場でもあった。
運行チーム側は、城之内、浦田、如月、村上、霧島の計五人。開発チーム側は叶、舞野、金井の計三人。舞野も金井も若手で二人とも女性社員だ。つまり、開発チーム側は全て女性社員ということになる。これは如月を“男女平等の象徴”として推した上層部へのあてつけなのだが、城之内達はあまり気にしていなかった。
城之内が口を開く。
「本日は集まってくれてありがとう。もう皆知っているとは思うが、このメンバーで“技術革命の為のインターフェース”の為の社内向け掲示板を作成していく事になる。それぞれ、軽く挨拶をしていこう」
そう言いながら、城之内は“上手い具合に開発チームが話に乗ってくれたな”と喜んでいた。これで計画通りに事を進められそうだぞ、と。
そこでチラリと叶瞳を見やる。
ところが、そんな城之内の心中を察したのか、叶はややきつく彼を見返したのだった。それに彼はたじろぐ。
“まぁ、叶瞳が出て来たのは、少々、厄介かもしれないがな”
そして、そう心の中で呟いた。
城之内が彼女に辛く当たった事があった所為か、どうも叶瞳は彼を快くは思っていないようなのだった。それで特に彼女が高い実力を身に付けてからは、少しばかりやり難いと彼は感じていたのだった。
「まずはオレから挨拶をしよう。
一応、オレは今回のプロジェクトの責任者という立場だ。ただ、実質的な仕事はあまりしない。もっとも、それでも何か困った事があったなら遠慮しないで言ってくれ。喜んで相談に乗るつもりでいる」
それを聞いて“あんたが責任者だって事が、差し当たって最も困っている点よ”などと叶瞳は思う。
彼女は城之内の評価が低いのだ。それから次に如月が口を開いた。叶はそれに注目をする。もちろん、如月の真贋を見極める為だ。
「如月です。私は今回のプロジェクトで、運行チーム側のリーダーを務めることになっています。
ただ、リーダーではありますが、運行チームの中での経験は一番浅いと思います。色々と教えていただく事も多いかと思いますので、その時はどうかよろしくお願いします」
如月は非常に謙虚かつ丁寧な言葉遣いで、そう言い終えた。
“少なくとも態度はでかくない”と、それを聞いて叶は思う。城之内よりもその点はマシだ。
そこで城之内が開発チームのメンバーに向けて言った。
「運行チーム側は人数は多いが、このプロジェクトの専任は如月さん一人だけだ。後は別のプロジェクトを兼務している。話を通すのは彼女中心でよろしく頼む」
それを聞いて少し叶は残念に思った。浦田はどうやら兼務らしい。一緒に仕事をする機会はあまりないかもしれない。
次に浦田が挨拶をした。
「どうも。運行チームの浦田です。主に技術面で関わる事になっています。運行業務との兼務ですが、手は抜かないつもりでいるので、何かあったら言ってください。できる限り優先させるつもりでいます」
浦田は今回の件は開発チームに対する“貸し”だと思っていた。だから、下手に出て、謙虚に誠実に対応するべきだとも考えていた。が、しかし、叶はそれとはまったく正反対のことを考えていて、このプロジェクトで普段の恩を、浦田に返す気になっていた。開発チームの若手の二人にもそれは言ってあったから、些細な点ではあるが彼らの間で認識の齟齬が生じている事になる。
それから次に村上と霧島がそれぞれ無難な挨拶をすると、今度は開発チームが挨拶をした。
「開発チームの叶です。リーダーを務めさせてもらっています。
運行チームの皆さんは、兼務の方が多いという事なので、できる限りこのプロジェクトはこちらで引っ張っていきたいと思っています。よろしくお願いします」
叶の性格を多少なりとも知っている浦田は、“情熱家の彼女らしい素晴らしい意気込みだな”などとそれを聞いて感心していた。彼女の真の目的が自分への恩返しであるなどとは夢にも思わず。そして、“彼女のキャリアアップの為に協力しよう。こんなに一生懸命になってくれているのだから”と、そう考えたのだった。
それから開発チームの若手の二人が挨拶をし終えると、その勘違いは是正されることなく、そのままキックオフミーティングは終わってしまったのだった。




