7.文明の発展とインターフェース
シリコンバレー。
IT業界にとって重要なアップル、インテル、Google、Facebook、Yahoo等々のソフトウェアやインターネット関連企業が生まれた地で、今でもIT企業の一大拠点となっている。
この地で何故ここまで重要なIT企業が多数生まれ、そして巨大に育っていったのか。その重要な要因の一つには、個々の企業同士の協力関係があったらしい。
企業に勤める技術者達は、頻繁に転職を繰り返し、そして情報や技術を共有し合った。結果として、その地域一帯の技術力はハイクオリティを誇るようになり、それがIT企業の発達に繋がっていったというのだ。
つまり、IT企業を発展させたのは技術者間のネットワークだったというわけだ(当にインターネットを担うに相応しい!)。
これは、シリコンバレーは多数の技術者達を結び付けるインターフェースとして機能していたとも表現できる。
実はこれと似たようなケースはまだまだたくさんある。
例えば、産業革命。
時折、エンターテインメント番組などで紹介される事があるが、遥か昔から高度な技術の片鱗はいくつもあった。2世紀には既に蒸気機関を活用した玩具があったし、驚くような天体観測の為の器具、金メッキ技術、ローマの水道など枚挙に暇がない。
しかし、人間の文明が高度かつ急速に発展するのには、18世紀の産業革命を待たなければならなかった。
では、この時期に一体、何が起こったのだろう?
意外に思われるかもしれないが、その起点となったのは、どうも“農業”であるのかもしれないらしい。
家畜の糞を利用する農業が発達した事によって、食糧生産能力が向上し、支えられる人口の数が膨大に増えた。すると、それによって“都市の大規模化”が可能になり、一部に人間が集まるようになった。人間が集まるようになれば、情報交換も活発になる。
素材、資源、技術、理論、知識。それらの情報が混ざり合い、協力し合うようになっていった事で、急速に文明社会は発展したのだ。
つまり、産業革命を起こしたのは人々のネットワークで、それを可能にしたのは都市がインターフェースの役割を果たしたからだという事になる。
現在社会において、このインターフェースの役割を最も期待されているのは、もちろんインターネットだ。
(インターネットまで情報規制してしまっている国があるが、だから、こういった面では不利を抱えることになるだろう)
そして、科学や技術の分野でも、インターネットが学者や技術者達を繋ぐインターフェースになってくれる事を期待されていて、実際に活用されてもいる。
その代表例は、オープンソースのソフトウェアだろう。ソースコード(プログラミングの内容)を無償で公開し、多数の技術者による精査を受ける事で、バグが潰されて安定し、更に改良され続けて行く。それが活かされれば、当然ながら、社会全体の利益になる。
ただし。
だからといって、全ての技術がこのように無償で公開されている訳ではない。
これも言うまでもないが、技術を独占する事にもメリットは存在するからだ。自社でコストをかけて開発した技術を何の対価もなくライバル企業に教える会社など考え難い。高いセキュリティで護り、公開するのは社内の人間だけに限るのが普通だ。
が、しかし、その“公開している範囲”が本当に適切かどうかという点については、少しばかり疑ってみる価値があるかもしれない。
つまり、情報は適度に公開し、適度にブロックするのが望ましいという訳だ。しかし、通常のインターネットでは、それは実現できそうにもない。
では、どうすれば良いだろう?
浦田や城之内が勤める会社は、素材メーカーとして出発したある企業グループのシステムを一手に引き受けていた。
その企業グループは、出発こそ素材メーカーに過ぎなかったが、今ではその素材を用いた商品の製造、更にその商品を用いたサービスの提供など、事業は多種多様で幅広い展開を見せていた。
しかしそれにはデメリットもある。
その一つが企業内の情報遮断だ。
企業グループの巨大化の過程で、各事業の研究チームの交流は減っていき、その繋がりが希薄になっていると言わざるを得ないのである。
だから、もしも各事業分野の研究者や技術者達を結び付け、その研究内容を共有できるようにしたのなら、更なる技術の発達が可能になるのかもしれないのだ。
シリコンバレー。都市。インターネット。
それらが果たしている役割と同種のもの。企業グループ内だけで活用できる、研究者や技術者達の為のインターフェースを築き上げる……
「……名付けて、技術革命の為のインターフェース。Interface for the technology revolution。
略して、IFTTRです!」
役員会議室。
課長と部長の二人に向けて、城之内はそう演説を終えた。
滔々とした口調で自信たっぷりに。
彼は今、如月音が中心となって進めるプロジェクト案のプレゼンを行っている最中なのだった。
城之内はこういった手腕には長けている。それは問題なく進んでいた。
如月音が開発を担当するプロジェクトはどんなものが適切なのか、彼はこのように考えた。
人間の手で作っていた資料を自動作成するようなタイプのシステムは、複雑で技術的なハードルが高い場合が多い。金を勘定するタイプのシステムは、トラブルが発生した場合の責任が重くなる。
だから、どちらも如月音には任せられない。
しかし、利用者達がただただ情報交換を行うようなタイプのシステムは、アクセス制御にだけ気を付ければ、他はそこまで神経質にならずに済む。技術的にも、言うなれば掲示板の延長のようなものだから、それほど難しいとも思えない。
もちろん、企業秘密を扱うのだから、外に漏れればそれなりに重大な事件となるだろうが、そこは利用者達に向けて“アクセス制御されているとはいえ、ネット上に情報を公開する事になるので、充分に気を付けてください”とでも書いて注意喚起を促せば、責任は回避できるだろう。
飽くまで、“何ができるのか”などといった概略だけを記述し、具体的な内容の情報共有は個別にメール等で行ってもらう方針にするのだ。
それに、そもそも今から開発しようとしている“技術者や研究者達だけの特殊掲示板”を研究者や技術者達が活用するようになるとは限らない。
もちろん、その場合はプロジェクトは失敗したという事になる訳だが、その辺りを誤魔化す自信ならば城之内にはあった。成果はどう見せるのかが肝要。元データを資料にまとめる際に、データを都合よく加工し、小さな失敗程度に演出することだって可能なのだ。その際に、少しくらいは改ざんするかもしれないが。
それに、上手くいけば、開発部署にその責任を半分背負わせる事だってできるだろうとも彼は考えていた。
「なかなか、面白そうだな」
城之内の説明を聞き終えて、うんうんと頷きながら部長が言った。
にやりと城之内は笑う。
部長が乗り気になれば、課長は滅多にそれに逆らわない。
「そうでしょう」
と、城之内はやはり自信たっぷりに言う。
ところが、そこで部長は意外にも鋭い指摘をして来たのだった。
「しかし、その研究者達だけの特殊掲示板には、本当に要望があるのかね?」
“まずい”と城之内は思う。
実はこのプロジェクト案は、システム部門への要望書などから探して来た訳ではない。偶然彼が読んでいた企業向けの科学読本で、“もしあったら面白いかもしれないシステム”として挙げられていたものから、アイデアを一つ拝借したのだった。
「部長」と、そこで城之内は一言。
表情を崩してはいけない。“実”はなくても印象を操作すれば、提案は通る。それが彼が今までの経験で培って来たやり方だった。
「これは研究者達本人ですら気付いていないからこそ価値があるのです。
研究者達が気付いている有用なアイデアなど、既に実現していて、他社でも用いられていることでしょう。それでは、他社との差別化は図れません」
「なるほどな」
そう部長は返した。
なんとか納得してくれたようだ。しかし、部長はまだなにかしら考え込んでいる。別の不満があるらしい。
「ただ、この計画だと、規模が少しばかり小さくないかね。前回、如月さんが担当したプロジェクトよりは大きいが」
そして、そう言った。
“だから、いいんじゃねーか”
と、それを聞いて城之内は心の中で文句を言う。
コストもそれほどかからない。損失だって少なくて済む(つまり、彼は損失が出る前提でこのプロジェクトを考えているという事だが)。
それから、どう説得しようか彼は悩んだのだが、そこで意外にも課長が手助けをしてくれた。
「部長。まずはステップアップですよ。新人に大き過ぎるプロジェクトを担当させると社内の風当たりも強くなりますし。それに、プロジェクトの規模の大小で実行するしないを決めるのも変な話です」
“おお!”と、城之内は思う。
或いは課長もリスクを避ける嗅覚は鋭いのかもしれない。
「ふむ。それもそうか」
と、それに部長は答える。
“よし、いける”とそれを聞いて城之内は判断すると、そのタイミングでこう言った。
「今回のこのプロジェクトですが、開発部署にも手伝ってもらおうと考えています」
「開発部署に? 何故?」
「どうも開発部署内で、運行部署である我々が開発の仕事をする事に反感を抱いてい者達がいるようなのです。それを躱す為に、業績を分け合おうと思いまして」
その言葉にも部長は頷いた。
「それは盲点だった。
確かに我々がいきなり開発の仕事をする事を快く思わない開発部署の人間もいるかもしれないな。
あっちには有能な女性社員が何人かいるし。“なんで男女平等を進めるのに、私達を使わないんだ?”と怒り出すかもしれない」
部長はどうやら立石と叶の二人を知っているらしい。その独り言のような言葉を終えると、部長は城之内にこう告げた。
「よし。分かった。その方向で話を進めてくれ」
“やっぱり、部長はノープランだったか”
と、それを聞いて城之内は思う。
部長も課長も具体的な計画なしで、如月音を男女平等の象徴として推していたのだ。呆れる。
もっとも、そのお陰で、今回彼は助かったわけだが。




