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2.中途採用で入った女性社員

 突然、技術主任の城之内が「これからは“システム開発の強化”を方針にするべきだ」と提唱し始めた。彼の部署はシステム運行担当だから、本来ならば開発はしない。ただし、その主張にはそれなりの理由があった。

 まず、運行担当の部署でありながら、これまでにも小規模なシステム開発や改修は行ってきており、それなりにノウハウがある点。また、開発部署が開発したシステムを運行部署で受け入れる訳だが、その際の引継ぎにはコストがかかり、しかも問題なく引き継げるというケースは稀だ。仕様の伝え漏れや、そもそも運行体制が整っていないなどの問題が多々発生する場合が多く、受け入れたばかりの頃はトラブルが続くのが普通なのだ。

 だが、もしシステム運行部署で開発が行えるのなら、そのトラブルが発生し難くなる。引継ぎのコストもかからない。更に作った人間が改修やバグ対応を行う方が効率が良いのは言うまでもない。

 だから、皆は概ねその主張に反対してはいなかった。

 が、しかし、彼ら運行部署で開発を行う上で一つだけ致命的な問題があったのだった。

 運行部署なのだから当たり前だが、それぞれシステムを抱えていて、その運行を担当している。もし開発を行うのであれば、開発と運行を兼務するという事になる。開発の仕事は納期は決まっていてハードだが、納期が過ぎれば仕事は楽になり、休暇なども取り易い。それに対し運行の仕事は、仕事自体はそれほどハードではないが、トラブル対応の為の体制を維持し続けなければならず、その為休暇も取り難い。

 この二つを兼務するというのは、その二つのデメリットを抱え込むという事でもある。その上、運行の仕事はいつ何時トラブルが発生するか分からない。その為開発の仕事をスケジュール通りに終わらせる事も難しくなってしまう。

 早い話が、“人手不足”なのだ。開発の仕事を請け負ったとしても、それに回せるだけの人員がシステム運行部にはいないのである。

 だから、城之内のその提案は企画倒れになるだろうと皆は思っていた。ただし、城之内もそれくらいの事は承知していた。彼はその問題を解決する為の策を既に打っていたのだ。ただし、穴だらけの策を……

 

 中途採用で入って来た如月音きさらぎおとという女性を課の社員達が初めて見た時、誰もが“仕事ができそう”とそう思った。

 スレンダーな体型にスーツをパリッと着こなし、確りと整えられた髪型にインテリジェントを感じさせるセンスの良い眼鏡。

 そんな彼女の姿は、これまで大手のシステム会社で開発の仕事を行って来たのだというその経歴に説得力を持たせていた。ただし、彼女のその態度は非常に謙虚で、一歩引いたようにその場に立っていた。“新顔”としての振る舞いをよく分かっているのかもしれない。いきなり大きな顔をしていては、反感を持たれてしまう。

 彼女を紹介する為に隣に立っている城之内はそれに反して態度がでかかった。自信満々、得意満面の笑みを浮かべている。

 「彼女が我が課のこれからのシステム開発の中心となってくれる如月音君だ! 皆、よろしく頼むぞ!」

 そして相変わらずの演説口調で、そんな事を言ってのけた。

 人手不足だというのであれば、人手を連れてくれば良い。

 要するに、城之内はそのように考えたのだ。新人に任せるのは流石に無理だから、中途採用の“使える”人材が欲しいと人事部に要求していたのだろう。

 それから、やはり謙虚にやや怯えているようにすら見える言い方で、如月音は皆に「如月です。よろしくお願いいたします」とそう挨拶をすると、城之内と共に他の部署への挨拶回りに行ってしまった。

 それからまずは麻倉が口を開いた。

 「うちで“開発”をやるって本当の話だったのね。でも、彼女一人来ただけで何とかなるものなのかしら?」

 それに村上が返す。

 「さぁ? そもそもあの如月さんって人のスキルって確かなんですかね?」

 それに木戸が頷く。

 「今までも散々、失敗例は見て来たからねぇ……」

 稀なケースではあるが、開発で人手が足りない時、外注社員に頼る事がこれまで何度かあった。ところが、その外注社員のスキルはピンキリで、しかも予想ができない。若くてとてもスキルがあるようには思えない人がとても優秀だったり、経歴上は申し分がないのにまったく仕事ができなかったり。人材の評価はとても難しく、だから役に立たない外注社員を雇ってしまったという失敗例がたくさんあるのだ。

 「流石に中途採用の場合は、そこまで酷い事例は聞いた事がないけど……。経歴詐称じゃない限りは大丈夫じゃない?」

 そう麻倉が言い終えると、霧島が口を開いた。

 「浦田さんはどう思うんです?」

 その質問の理由をその場にいる全員は、大体察していた。もし、中途採用で入って来た先の如月音という女性のスキルが低かったなら、その一番の被害を受けるのはほぼ確実に浦田だろうからだ。

 視線が彼に集まる。

 浦田はそんな皆の視線の意味に気付いているのかいないのか「ん」と言うと、

 「まぁ、城之内もそこまで馬鹿じゃない。軽い仕事をやらせてみた上で次の仕事を振るだろうから、どうであるにせよそれほど心配はいらないのじゃないか?」

 などとまるで他人事のように返した。

 その楽観的な返答に一同は“本当にそうかなぁ?”と首を傾げる。

 城之内は確かに馬鹿ではないけれど、保身と自分の出世の為なら、平気で他人を犠牲にしてしまうようなところがある。無理を浦田に押し付ける可能性は充分にあると、皆はそんな不安を抱いていたのだ。

 そして皆のその予想通りの流れと言うべきか、如月音は浦田一の隣の席に据えられたのだった。城之内いわく、「まだ初めでうち独自のフレームワークの仕様についても知らないだろうから、がっつり教えてやってほしい」とそういう事であるらしかった。

 「分かったよ」と、答えた浦田の表情はまるで諦めているかのようだったが。

 

 “なんか変だな”

 そう浦田が思ったのは、如月音との初めての仕事の時だった。

 浦田の考え通り、城之内はまずは彼女に軽い仕事を振ったのだ。もっともそれは如月の仕事と言うよりは、浦田の仕事を手伝うといった感じだったが。

 「――これをCSVファイルでダウンロードする仕様にしようと思うのです」

 それを聞いた瞬間、浦田は目を丸くした。CSVファイルというのは、カンマ区切り形式のファイルで、表計算ソフトで開けるので勘違いする人もいるが、複雑なレイアウトは実現できない。

 ところが、その時彼女が提案して来たそれは、セルの結合があったり、横にも縦にもタイトルがあったりと、非常に複雑なものだったのだ。

 「いや、これ、CSVファイルじゃできませんよ、如月さん」

 だからそう浦田は言った。すると彼女は顔を青くし、「え? あ、そうなんですか? なら、表計算ソフトのファイル形式で……」などと言って来た。

 「表計算ソフト形式のファイルも作れないことはないですけどね、それだと大幅に工数が膨らみます。難しいんで」

 それはユーザから聞いた要件を基に新たな画面機能を追加する案件の仕事で、浦田はまずは設計の腕を見ようと、彼女に設計書のたたき台の作成を依頼したのだった。

 結局、ユーザ側からそもそもダウンロードの機能はいらないと言われたのでその件は有耶無耶になったのだが、それでも浦田は非常に悪い予感を覚えた。

 “もしかして、如月さんってスキルがないどころか、そもそも開発経験がほとんどないのじゃないか?”

 前の会社でどんな仕事をしていたのか、どんな経緯で辞めたのか、こちらにはまるで情報がない。だから、或いはそれも有り得るかもしれないと考えたのだ。もっとも、それを尋ねるような失礼な真似は彼にはできなかった。ただし、その代わり城之内に対して「如月さんにいきなりプロジェクト開発の仕事を振るのはもう少し待った方が良いぞ」と忠告をした。城之内はそれをほとんど気にしなかったが。

 「お前の意見は分かるが、そうもいかなくてな」

 いかにも気楽そうで、危機感があるようには思えない。

 「って事は、何か新規プロジェクトの開発案件が入ったのか?」

 「ああ。だが、安心しろ。プロジェクト開発と言っても小規模だ。彼女の腕を見るのには良いのじゃないかと思う」

 その言葉に浦田は不安を滲ませる。仮に彼女にスキルがあったとしても早過ぎるのじゃないかと考えたからだ。彼は感情がそのまま表情に出るタイプなのだ。その表情を見て何を思ったのか城之内はこう言う。

 「心配しなくても、要件定義から基本設計までの仕事はお前には手間を取らせないよ。こっちでなんとかするから仕事が増えるなんて事もないはずだ」

 ――そんな事を心配している訳ではないのだが。

 “これはまったく伝わっていないな”と、それを聞いて浦田は憮然となった。

 

 如月音の勤務態度はいたって真面目だった。朝は早く出社するし、休憩も滅多に取らず、浦田は定時に退社するので分からなかったが、どうやら遅くまで残業してもいるようだった。しかし彼はそんな彼女の態度に何かしら余裕のなさを感じていた。

 入った当初と変わらず、外見はいかにも仕事ができそうな姿を彼女は保っていたが、彼女に違和感を覚えている今となっては、それも擬態なのではないかと彼は疑っていた。実際、ファッション以外の部分では彼女はまるで垢抜けていない。

 仕事の進め方がぎこちない。

 ユーザの受けは良いようだったが、要望を断らなければユーザーの印象が良くなるのは普通なので、それは単に安請け合いしているだけの可能性がある。城之内と一緒にユーザと会っているらしいが、城之内もユーザに対して良い顔をしたがる点は変わらない。

 そして、彼にはまだ気になる事があった。何故か、彼女は質問をあまりして来ないのだ。

 それは彼に対してだけではなく、誰に対しても同じであるようだった。入ったばかりの職場で質問するのは当然であるはずで、誰もそれを咎めたりはしない。少なくともこの職場にはそんな空気が流れている。

 彼女から感じられる余裕のなさも合わせて、それが自分のスキルのなさを隠す為ではないかと彼には思えてしょうがなかった。

 

 “どうにも、あまりよろしくないな”

 

 もしかしたら、彼女は入社に際して、何か好ましくない手段を使ったのかもしれない。例えば、経歴を詐称したりとか自分のスキルを誇張したりとか。

 しかし仮にそうであったとしても一緒に働く以上、自分に何ができるのか正直に告白してサポートを求めてもらわなくては、状況は悪化し続けるだけだ。一時しのぎの誤魔化しでなんとかなる程甘い世界ではない。

 実を言うのなら、浦田はその件について彼女に説教をしようかと何度か悩んだ。しかし、そう思って話しかける度に彼女の怯えたような目を見て、それを止めてしまう。

 まるで自分が彼女をいじめているように錯覚してしまったからだ。彼女は自分が思っている以上にデリケートなのかもしれない。

 そして、これではいけないと思いながらもつい何も言えずに時だけが流れ続けてしまったのだった。

 それを彼が後悔したのは、彼女のプロジェクトの要件定義が終わり、詳細設計に入る段階で協力を求められた時の事だった。

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