第41話 王座の前の真実
国王陛下への二度目の拝謁。
前回は技術の報告と殿下の不正を伝えた。あのときは緊張で膝が震えた。ダリオの歩幅に必死で合わせていた。
今日は──震えない。わたしの歩幅が、ダリオと自然に揃っている。積み上げたものの厚みが違う。
今回は──王太子の関与を告発する。国王にとって、二人の息子の不正を突きつけられることになる。
ダリオが隣を歩く。いつものように歩幅を合わせてくれている。歴代の王の肖像画が並ぶ長い回廊。
前回と同じ道──でもわたしの足取りは前回より確かだった。胸元にリュシエンヌ様の手帳がある。あの方の三十年分の知恵が、わたしの胸の上で温かい。
手の中には三つの証拠。背後にはアルヴィン侯爵の覚悟。
王の間は前回と同じ簡素な部屋だった。国王陛下は──前回より痩せていた。病が進んでいる。
しかし目は変わらない。曇りのない、鋭い目。
「ノエル・カペル。また来たか」
「はい、陛下。重大な報告がございます」
「聞こう」
陛下の一言が、部屋の空気を引き締めた。わたしは深呼吸をした。エーファに教えた深呼吸。
緊張したときは、息を吐いてから吸う。手元のノートを開いた。表紙が少し擦れている。
何度も開き、何度も書き足したノート。わたしの一年間がここに詰まっている。自分の目で確認し、自分の手で記録した証拠。
伝聞ではない。推測でもない。リュシエンヌ様から学んだ、事実の積み重ね方。
わたしは書類を広げた。
一つ目。フランツの証言記録。
王太子がフランツに殿下を裏切るよう指示したこと。殿下を失脚させた後、利権を引き継ぐ計画があったこと。
二つ目。リュシエンヌ様の管理簿に残されたマティアスの閲覧記録。王太子府の側近が、殿下の不正に関わる書類を三年前から閲覧していたこと。
三つ目。アルヴィン侯爵が保管していた、王太子府からの非公式な鉱山データの照会記録。侯爵自身の署名入り。
「三つの証拠が示す結論は一つです。王太子クリストフ殿下は、ヴェンツェル殿下の不正を最初から知っていました。知りながら放置し、殿下が十分に罪を重ねた時点でフランツに裏切らせ、殿下を失脚させた。目的は──殿下が握っていた利権を自分のものにすることです」
長い沈黙。
陛下の目が閉じられた。窓からの光が、白髪を銀に染めている。
十秒──二十秒。時間の感覚が消えた。
陛下が目を開けた。
「クリストフを呼べ」
王太子が王の間に現れたとき、穏やかな笑みは健在だった。しかしわたしの存在を見た瞬間、目の奥にかすかな動揺が走った。
「父上。お呼びでしょうか」
「クリストフ。ノエル・カペルの報告を聞いた。弁明の機会を与える」
わたしが証拠を一つずつ読み上げた。淡々と、事実だけを。声が広間に響いた。
自分でも驚くほど落ち着いた声だった。もう怖くない。技術委員会で殿下の前に立ったとき、国王陛下に最初の報告をしたとき──毎回怖かった。
でも回を重ねるごとに、事実に裏打ちされた言葉は強くなる。感情を挟まず、推測には「推測ですが」と付け加え、確認済みのものだけを「確認済みです」と明示した。リュシエンヌ様がそうしていたように。
王太子は最初、余裕の笑みを浮かべていた。わたしの告発を予想していなかったのだろう。あの穏やかな笑みが──少しずつ崩れていくのを、わたしは見逃さなかった。
一つ目の証拠で、笑みがわずかに硬くなった。
二つ目で、顎が引き締まった。
三つ目──侯爵の書簡を示したとき、王太子の手が震えた。
「これは──状況証拠にすぎません。わたしは宮廷の安定のために──」
「安定のために弟を利用したのか」
陛下の声が低く響いた。怒りではない。深い悲しみだ。
「マティアスの閲覧記録は三年前のものだ。三年間──お前はヴェンツェルの不正を知りながら、止めるどころか泳がせ、利用した。そうだな」
部屋の空気が凍りついた。王太子の仮面が──完全に剥がれた。穏やかさの下にあったのは、殿下と同じ権力への渇望だった。
兄弟は似ていた。手法は違えど、本質は同じだった。殿下が力で城を建て、王太子が策で城を建てた。
どちらも嘘の上に建てた城だ。嘘の城は──事実の前に崩れる。どれほど巧みに建てても、土台が嘘なら、一つの事実で全体が崩壊する。
リュシエンヌ様が三十年かけて積み上げた事実の前に。手法が違うだけで、本質は同じだった。
「父上──わたしは──」
「クリストフ。お前もまた──真実より利権を選んだ」
王太子が膝をついた。あの穏やかな笑みはもうどこにもなかった。
「ヴェンツェルの蟄居を解かず、お前も同様に謹慎を命じる。王位継承については──改めて判断する」
陛下の声は静かだったが、揺るぎがなかった。父として──息子を裁く重みが、その声に込められていた。
二人の王子が同時に謹慎。宮廷の権力構造が根底から揺らぐ判決だった。でも──揺らがなければ、正すこともできない。
壊れた魔道具を直すとき、一度分解しなければ修理できないのと同じだ。宮廷という巨大な魔道具を、わたしたちは──分解し、正しい位置に組み直した。リュシエンヌ様が守った記録が、三十年の時を超えて、宮廷を正した。
王の間を出たとき、ダリオがわたしの手を取った。一瞬ではなく──しばらくの間。温かい手だった。
いつもと同じ、いつもわたしを支えてきた手。その手が──今日は少しだけ強く握られていた。
この人も、緊張していたのだ。わたしのために。
「終わったな」
「ええ。──終わりました」
廊下の窓から光が差し込んでいた。歴代の王の肖像画が、同じ場所で同じように見下ろしている。でもわたしの目には──その絵の向こうに、新しい宮廷の姿が見えた。
嘘のない場所。技術が正しく評価される場所。
リュシエンヌ様の手帳を胸元から出した。最後のページの言葉を指でなぞった。
『あなたは、もうそれができる人です』
できました、リュシエンヌ様。──あなたの記録が、最後まで導いてくれました。
ダリオと並んで工房に戻る。隣を歩く。
歩幅が揃っている。あの日から──ずっと。




