第34話 喪失の後に残るもの
グスタフの葬儀は、小さなものだった。
ハイリゲン家の領地にある墓所。参列者は数名。宮廷からはアルヴィン侯爵だけが弔問に訪れた。あの鷹のような目で墓石を見つめ、一礼して去った。何も言わなかったが──来てくれた。それだけで十分だった。かつて伯爵家の葬儀であれば、宮廷から多くの弔問客が訪れたはずだ。しかし今のハイリゲン家に、義理で頭を下げる者はほとんどいない。
エーファがわたしの手を握っている。小さな手が、黒い手袋の中で震えていた。
「おかあさま。おとうさまは、おそらにいるの?」
「ええ。きっとね」
「おそらから、エーファのこと、みてるかな」
「見てるわ」
嘘かもしれない。グスタフがどこにいるのか、わたしにはわからない。でも──九歳の子に今必要なのは、事実ではなく温もりだ。
墓石に花を供えた。エーファが摘んできた野花。不揃いで小さいが、一本一本丁寧に選んでいた。花の名前はわからないが、黄色と白の小さな花だ。風が吹いて、花弁が一枚飛んだ。エーファがそれを追いかけようとして、わたしの手を握り直した。離さない。この子は──もう離さない。
葬儀の後、アンナが屋敷の今後について相談してきた。
「グスタフ様がお亡くなりになって──この屋敷はどうなるのでしょう。使用人はわたし一人です。イルマ様は行方がわかりません」
「アンナ。あなたは──これからどうしたい?」
アンナが目を伏せた。それから、顔を上げた。
アンナが涙を拭いた。この人は九年間、わたしとエーファのそばにいてくれた。グスタフの無関心にも、イルマの横暴にも耐えて、静かに台所を守り続けた。
「できれば──ノエルさんのそばで、エーファちゃんの面倒を見続けたいです。この九年間、ずっとそうしてきましたから」
「もちろん。王都に来て。わたしの家で一緒に暮らしましょう」
アンナの丸い顔がくしゃりと崩れた。泣き笑いだ。
「ありがとうございます。ありがとう──」
ハイリゲン家の屋敷は、当面は封印される。宮廷の管理下に置かれ、爵位の処分が決まるまで維持される。イルマの行方が気になるが、今はエーファを安全な場所に連れていくことが先だ。わたしにはもう関係のない場所だ。
馬車に乗る前、屋敷を振り返った。あの北向きの窓が見える。九年間、あの窓から外を見ていた。世界は狭かった。窓枠の中に収まる景色がすべてだった。
今、わたしの目の前には広い空がある。エーファの手を握っている。アンナが荷物を抱えて隣にいて、ダリオが馬車の前で待っている。
エーファの手をしっかり握った。アンナが荷物を抱えて馬車に乗り込む。ダリオが手を差し伸べて、アンナの荷物を受け取る。いつの間にか、この人は当たり前のようにわたしの家族の中にいる。
もう振り返らない。この場所に残していくものは、何もない。持っていくものだけがある。エーファの手。アンナの温もり。そして──九年間で学んだこと。耐えることの意味。守ることの重さ。自分の足で立つことの尊さ。
◇
王都に戻ると、エルザが工房の前で待っていた。顔が青い。
「ノエルさん。大変です」
「何があったの」
「王太子殿下が──技術委員会の臨時会議を招集しました。議題は、王立工房の管理体制の見直しです」
管理体制の見直し。その四文字に、血の気が引いた。王太子が動き出した。グスタフの葬儀の間に──いや、おそらくそれ以前から準備していたのだ。あの穏やかな笑みの奥で、計画を進めていたのだ。ヴェンツェル殿下が失脚した隙に、技術の利権を自分の手に移す。
「具体的には」
「王立工房を王太子直轄にする案が出ています。技術委員会の権限を縮小し、工房の人事と予算を王太子府が管理すると」
アルヴィン侯爵が命を懸けて守った技術委員会の独立性を、王太子が奪おうとしている。殿下とは手法が違う。殿下は力で押した。王太子は制度を使う。合法的に、穏やかに、誰にも文句を言わせない形で。殿下が剣で城を壊すなら、王太子は鍵で城を開ける。どちらが厄介かは明白だ。
「ダリオさんには」
エルザの声が早い。動揺している。この人がここまで動揺するのは──事態が深刻だということだ。
「先生はすでに技術委員会に向かいました。侯爵と話をすると」
わたしはエーファをアンナに預け、工房に荷物を置いてすぐに技術委員会の建物に向かった。途中、コンラートが追いかけてきた。
「ノエルさん! ぼくも行きます!」
「コンラート──」
「工房はエルザさんが守ってくれます。ぼくは──ノエルさんの助手です。助手はそばにいるものです」
十五歳の少年の目に、揺るぎない決意があった。引き抜きの話を断ってから、この子はますます頼もしくなっている。うなずいた。
「ありがとう、コンラート」
技術委員会の廊下で、ダリオとアルヴィン侯爵が立ち話をしていた。侯爵の顔色が悪い。白い髭の下の唇が引き結ばれている。殿下の件で真実を選んだばかりなのに、また新たな戦いが始まろうとしている。この人の苦労は終わらない。
「ノエル。──王太子が来る。覚悟しておけ」
ダリオの声が低い。政治の話をするときの声だ。
「侯爵は──どうされるおつもりですか」
侯爵がわたしを見た。あの鷹のような目。でも──もう迷いはなかった。殿下の件で真実を選んだあの日から、この人は変わっている。
「わたしは──公正を選んだ。もう後には引かん」
委員会室の扉が開いた。王太子クリストフが、穏やかな笑みを浮かべて入ってきた。
あの笑顔の裏側を、わたしは知っている。封書の日に見た、あの一瞬の硬直。穏やかさの奥にある計算を。
今度は──見逃さない。殿下のときと同じだ。いや、それ以上の敵だ。でもわたしも──あの頃より強くなっている。殿下を相手にしたときと同じだ。観察し、仮説を立て、検証し、証拠を示す。それがわたしのやり方だ。リュシエンヌ様から受け継いだやり方だ。
エーファがアンナの膝で眠っている。この子の寝顔を見ると、すべての疲れが溶けていく。守るべきものがはっきりしているとき、人は強くなれる。わたしがそうだったように。
窓の外に、春の星が一つ光っていた。小さいが、はっきりと。リュシエンヌ様が好きだった言葉を思い出す。──記録は嘘をつかない。事実は、いつか必ず光の下に出る。




