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夫の愛人の隠し子を九年育てましたが、そろそろ自分のために生きます  作者: 渚月(なづき)
第3章

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第28話 王の間に立つ技師

三日。たった三日で、エーファの運命が決まる。


眠れなかった夜が明けた。目の下に隈ができている。鏡を見る余裕もなく、わたしは走った。文字通り、廊下を走った。正式技師の腕章がひらひらと揺れる。すれ違う人々が振り返るのも構わず、王妃の私室へ向かった。礼儀も体裁も後回しだ。


北棟への廊下は長い。息が切れる。でも足は止まらない。エーファのために、止まれない。


王妃様は書類に目を通していた。窓辺の銀の小箱が、いつものように静かに光っている。わたしの顔を見て、何かを察したのだろう。すぐに椅子を指し示した。


「座りなさい。息を整えてから話して」


王妃様の声は穏やかだった。でも目は鋭い。わたしの顔を見て、尋常ではないことが起きたと察している。


深呼吸をした。三回。指先の震えが止まるまで待った。それからエーファの養女手続きのことを伝えた。


王妃様の表情が曇った。


「ヴェンツェルが──子どもまで利用するの」


胸が締めつけられた。九歳の子どもを政治の道具にする。それを「手続き」と呼ぶこの世界の残酷さに、吐き気がした。


「止められますか」


「養女の手続きには王室の認可が必要よ。わたしが反対すれば遅らせることはできるけれど──ヴェンツェルが国王陛下に直接申し出れば、わたしだけでは止められない」


「国王陛下に──お目にかかることはできますか」


王妃様が目を見開いた。


「あなたが?」


驚きと──かすかな感嘆が混じった声だった。一介の正式技師が国王に直訴する──それがどれほど異例のことか。この方も、わたしの覚悟を測っている。


「はい。すべてをお伝えしたい。ヴェンツェル殿下の不正も、エーファのことも、第二工房のことも。技師として──いえ、一人の人間として」


大きなことを言っている自覚はあった。正式技師が国王陛下に直接報告する。前例があるのかさえわからない。でも──前例がないなら、作ればいい。


王妃様はしばらく黙っていた。窓の外を見つめ、それから小箱に目を落とした。指先であの花の紋様をなぞった。お母様の形見に触れるとき、王妃様は決断を下す。以前もそうだった。


王妃様が立ち上がり、窓辺に歩いた。外を見ている。庭園の噴水が光を受けて輝いている。何かを決断するときの、あの静かな間。


「国王陛下は──体を悪くしていて、面会は制限されているの。でも、技術の報告という名目であれば──ダリオの同行つきで、短い時間なら可能かもしれない」


「お願いいたします」


わたしは深く頭を下げた。額が膝に触れるほどに。エーファのために。そして──リュシエンヌ様の遺志のために。


「ただし、ノエルさん。陛下の前では事実だけを述べなさい。感情に訴えるのではなく、証拠を示して。陛下は──感情よりも事実を重んじる方よ」


「はい。それが、わたしのやり方ですから」



翌日、国王陛下への拝謁が許された。


ダリオが隣を歩いた。王の間へ続く長い廊下。天井には金の装飾が施され、壁には歴代の王の肖像画が並んでいる。足音が高い天井に反響して、心臓の音と重なった。わたしの人生で、最も長い廊下だった。歴代の王たちがわたしを見下ろしている。


一介の技師が国王の前に立つ。前例のないことだ。でも──わたしの人生はずっと、前例のないことの連続だった。伯爵夫人が離縁されて宮廷の技師になる。それだって前例はない。


ダリオが横を歩いている。いつもの革の前掛けではなく、正装に近い服装。珍しい。この人が服装を改めるのは、よほどの場面だけだ。


「緊張しているか」


「はい」


「初めて工房に来たときも、そう言っていた」


「あのときも、あなたが隣にいました」


ダリオが歩幅を少し落とした。わたしに合わせて。いつものように。言葉ではなく歩幅で寄り添う人だ。昨夜の「隣にお前がいればいい」という言葉を思い出す。隣にいてくれる。それだけで、王の前に立てる。


王の間は、想像していたよりも簡素だった。豪華な調度品はあるが、過剰ではない。大きな窓から光が差し込み、空間全体が明るい。


案内の侍従が扉を開けた。一歩踏み出す。足が重い。でも──隣にダリオがいる。


国王陛下は椅子に腰かけていた。白髪に深い皺。体は痩せているが、目だけが──鋭く、澄んでいた。病に蝕まれた体とは対照的な、曇りのない目。この方の前では嘘は通じない──直感的にそう思った。そして、嘘をつく必要がないことに安堵した。


わたしが持っているのは、事実だけだから。


「ダリオか。久しぶりだな。報告があると聞いた」


陛下はダリオの名を知っていた。声に温かみがあった。シャルロッテ先生の弟子として、王立工房を守ってきた人だから当然か。


「はい、陛下。今日は王立工房の技師ノエル・カペルが、新技術と宮廷の現状について報告いたします」


わたしは一歩前に出た。膝が震えそうになる。でもダリオの靴音が背後にある。それだけで、立っていられた。


「ノエル・カペルと申します。陛下にご報告申し上げます」


深く一礼した。顔を上げる。陛下の目をまっすぐに見た。


まず、第二世代の暖房魔道具を示した。小さな箱をテーブルに置き、起動する。魔石なしで、温もりが広がっていく。陛下の前で自己復元構造の歯車が静かに回る。


「この装置は魔石を使用しません。空気中の魔力を歯車で収集し、熱に変換します。出力は従来型の三倍以上で、一般的な居室を暖めるのに十分な性能です」


部屋の温度がわずかに上がった。暖房魔道具が静かに働いている。歯車の回転音すら聞こえない。完璧な静粛性。


国王陛下が身を乗り出した。痩せた手で箱に触れ、温もりを確かめた。


「見事だ。魔石なしで──これほどの」


「はい。この技術により、魔石の供給に依存しない暖房が可能になります。つまり──魔石の流通を独占しても、暖房の供給を支配することはできなくなります」


陛下の目が鋭くなった。言葉の裏を読み取っている。


「続けなさい」


陛下の反応に手応えを感じた。技術で注目を集め、そこから事実へと話を進める。ダリオと練った手順だ。


わたしは書類を広げた。鉱山の産出記録と納品記録の乖離。ベルント商会の刻印のある遮蔽なし陶器。リュシエンヌ様の記録室から抜かれた三つの書類。第二工房の設立経緯。エーファの養女手続き。


すべてを、事実として、順序立てて述べた。声が震えないように腹に力を入れた。一つ一つの証拠を示し、出典を明示し、推測と事実を明確に分けた。感情を挟まず、推測には必ず「推測ですが」と付け加え、確認できていないことは「未確認です」と正直に言った。


証拠のあるものだけを「確認済みです」と明示した。リュシエンヌ様がそうしていたように──事実は事実として、嘘は嘘として。


国王陛下は最後まで口を挟まなかった。目を閉じず、一度も視線をそらさず、すべてを聞いた。


報告が終わると、長い沈黙があった。時間にすれば一分ほどだったかもしれない。でもその一分が、永遠に感じられた。陛下の表情は変わらなかった。怒りも悲しみも見せず、ただすべてを受け止めている。窓からの光が、陛下の白髪を銀に染めている。


「ノエル・カペル。お前は何を望んでいる」


答える前に、一呼吸置いた。この質問の重さを、受け止めてから答えたかった。


「公正な調査を望みます。わたしの報告が正しいかどうかを、陛下の目で確かめていただきたい」


「己の訴えが調査されることを望むのか。結果がお前に不利に出る可能性もあるが」


「構いません。事実は一つですから」


国王陛下が、ゆっくりとうなずいた。


「調査を命じよう。ヴェンツェルに──直接問う」


陛下の声は静かだったが、揺るぎがなかった。父として息子に問う──その重みが、声に込められていた。王妃様が母として苦しんでいたように、陛下もまた父として──息子の不正と向き合わなければならない。国を治める者の孤独を、わたしは垣間見た。


その一言の重さに、わたしの膝が震えた。でもこれは──恐怖ではなく、安堵の震えだった。


王の間を出たとき、ダリオがそっとわたしの腕に触れた。


「よくやった」


「ダリオさんがいなかったら、倒れていたかもしれません」


「倒れても支えていた」


不器用な言葉だ。でもこの人の不器用さは、いつもわたしの胸を温める。言葉は少ないが、その少ない言葉の一つ一つが、わたしの足元を固めてくれる。


短い言葉。でも──それだけでよかった。


廊下を歩く二人の影が、夕日に長く伸びていた。その影の先に、アルヴィン侯爵が立っていた。こちらを見ている。その目に──覚悟の色が浮かんでいた。あの廊下で「考えておく」と言った人が、答えを出そうとしている。


リュシエンヌ様の言葉が、今、実を結ぼうとしていた。


工房に戻ると、コンラートが駆け寄ってきた。


「どうでした?」


「──陛下が、調査を命じてくださった」


コンラートの目が大きく見開かれた。それから──笑った。太陽のような笑顔。この笑顔を守りたいと思った。この少年の未来が、暗い力に歪められないように。この工房を、この仲間を。そしてエーファを──何があっても、必ず。


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