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夫の愛人の隠し子を九年育てましたが、そろそろ自分のために生きます  作者: 渚月(なづき)
第2章

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第20話 真実は指先に宿る

予想通り、攻撃は翌日から始まった。


技術委員会に匿名の告発文が提出された。「主任技師ダリオは、かつて宮廷を追放されたシャルロッテの弟子であり、追放者の系譜にある人物が工房を率いるのは不適格である」。法律用語が混じった丁寧な文体は、ヴェンツェル殿下の側近の手によるものだろう。


ダリオは──少なくとも表面上は──動じなかった。工房に戻り、いつもの椅子に座っていつもの歯車に向かう。


「事実だからな。否定する必要はない」


声は平坦だったが、工具を握る指が白かった。あの繊細な手がこわばっている。


「否定する必要がないからこそ厄介です。事実を使った攻撃は、嘘よりも扱いが難しい」


わたしは考えた。「追放者の弟子であること」と「不適格であること」は別の問題だ。論理の飛躍がある。


「ダリオさん。シャルロッテ先生の追放の経緯を、正式な記録で確認できますか」


「リュシエンヌ様の記録室にあったはずだ。王妃様に預けた書類の中に──」


「確認させてください」


王妃に面会を申し込むと即日許可が下りた。


「必要なだけ使いなさい。リュシエンヌの遺志よ」


シャルロッテの名を含む書類を一枚ずつ確認していく。ページをめくるたびに、あの人の仕事の痕跡が重なる。一つとして曖昧な記載がない。


そして──驚くべき事実が記されていた。


シャルロッテは追放されたのではない。辞任したのだ。当時の権力者に技術を私物化されることを拒み、自ら職を辞した。追放という形にされたのは権力者が面子を保つために事実を歪めた結果だった。三十年前の文書にはっきりと「自主的辞任」と書かれている。


告発の前提そのものが間違っている。追放ではなく辞任。不名誉ではなく、抵抗。シャルロッテは負けたのではなく、折れなかったのだ。


「追放ではなく辞任。記録にはそう書かれています」


ダリオの手が止まった。目が見開かれている。


「……知らなかった。師匠は何も言わなかった」


「言えなかったのかもしれません。でもリュシエンヌ様は知っていた。いつかこの記録が必要になるときのために、残してくれていた」


三十年越しの伏線がここで繋がった。リュシエンヌの設計図──人の設計図が、機能し始めている。


「この記録を技術委員会に提出しましょう。そしてもう一つ──」


工房の奥から試作品を持ち出した。第二世代の暖房魔道具。


「これを公開します」


「まだ試作段階だろう」


「出力は実用水準に達していませんが、原理は証明できます。ダリオさんの工房が生み出した新技術として発表すれば、不適格どころか、工房の正統性を進歩で証明できます」


ダリオの目元がほんの少し緩んだ。


「師匠の弟子と呼ばれることを、恥じたことは一度もない。だが──弟子の弟子がここまでやるとは、師匠も驚くだろうな」


技術委員会の臨時審議は三日後に開催された。


アルヴィン侯爵が議長席に着き、傍聴席にはイルマの姿もあった。勝利を確信した笑みを浮かべている。


ダリオが前に立った。


「告発に対する回答を述べます」


まずシャルロッテの辞任記録を提出した。リュシエンヌの署名入りの正式文書。委員たちがざわめき、イルマの笑みが固まった。


次にダリオが自身の経歴を述べた。シャルロッテに師事した後、独力で宮廷技師の資格を取得し二十年間主任技師を務めてきたこと。その間の実績と功績。


そしてわたしの出番だった。


「技術委員の皆様。王立工房は、不適格どころか、魔道具の未来を切り開く場であることを証明いたします」


試作品をテーブルに置いた。何の変哲もない小さな箱。委員たちの視線がそこに集まる。わたしは指先を箱の側面にそっと当てた。歯車が静かに動き始める。


数秒の後──テーブルの上の空気がほんのりと温かみを帯びた。


「この装置は、魔石を一切使用していません。空気中の微弱な魔力を歯車機構で収集し、熱に変換しています」


委員たちが身を乗り出した。


「魔石なしで──?」


「はい。まだ試作段階ですが、原理は証明されています。この技術は、王立工房の主任技師ダリオの指導のもと、わたしが開発しました」


アルヴィン侯爵が試作品を手に取った。温かさを確かめた瞬間、表情が変わった。政治的なしがらみを技術者の目が一瞬だけ上回り、驚きと畏敬が浮かんだ。


「……これが実用化されれば」


「魔石の供給に依存しない暖房が可能になります」


イルマの顔から完全に笑みが消えた。


審議の結果──告発は棄却、ダリオの地位は維持。加えて、わたしの「見習い技師」から「正式技師」への昇格が即日承認された。


工房に戻ると、コンラートがもう泣いていた。


「ノエルさん、おめでとうございます……!」


「ありがとう、コンラート。あなたのおかげでもあるのよ」


コンラートが首を横に振り、涙を拭いてくしゃりと笑った。


ダリオが手を差し出した。握手。技師として対等の挨拶。大きくて温かい手だった。舞踏会のときはそっと触れただけだったが、今は正面から握っている。



夜、一人きりの工房で窓を開けた。春の風がまだ冷たいが、冬を越えた柔らかさがある。


指先に魔力を灯した。銀色の光。ハイリゲン家の屋敷で、壊れた柱時計をひとり直した夜と同じ光だ。あのときは何の役に立つのかわからなかった。今はわかる。


この光がわたしの人生を変えた。あの屋敷で止まっていた時間を動かし、王都に連れてきた。ダリオに出会い、コンラートに出会い、リュシエンヌに出会い──エーファを守る力にもなった。


でも、まだ終わっていない。ヴェンツェル殿下もイルマも退いていない。エーファはまだあの家にいる。


窓の外に星が見えた。小さいが、はっきりと光っている。


机の上にはダリオからもらった工具一式と、リュシエンヌの鍵。指先の光を消すと、唇が自然にほころんだ。


工房の片隅で、試作品の小さな暖房装置がまだ動いている。魔石のない温もりが、静かに部屋を満たしていた。


第2章完結となります!


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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