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夫の愛人の隠し子を九年育てましたが、そろそろ自分のために生きます  作者: 渚月(なづき)
第2章

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第18話 静かな反撃の糸

暖房魔道具の第二世代の設計に、三日間没頭した。


工房に籠もり、食事も忘れて設計図に向かう。コンラートが黙ってパンと水を置いてくれた。ダリオは何も言わず隣の作業台で自分の仕事をしている。邪魔をしない。でも、いる。


第一世代との違いは、魔石そのものを使わないこと。空気中に漂う微弱な魔力を歯車機構で収集し、熱に変換する。魔石に依存しない設計が完成すれば、ベルント商会が供給を握っていても関係がなくなる。


「魔石を使わない暖房? そんなことが可能なんですか?」


コンラートが設計図を覗き込み、目を丸くした。


「理論上は可能よ。空気中の魔力は微弱だけど、ゼロではない。風が弱くても、風車を精密に作れば回せる。それと同じ。問題は、魔力を効率よく集めて変換する機構を作れるかどうか」


「それをどうやって」


「歯車の回転で魔力を集める。五層構造の歯車機構。それぞれの層が異なる周波数の魔力を捕捉して、中心部で合流させる。ただし歯車の精度が桁違いに必要になる。一つでも軸がずれたら、魔力が干渉し合って散逸してしまう」


工房に来て間もない頃、壊れた天球儀の内部機構を修理したことがある。あのとき身につけた五層目の軸を三度ずらす技法を応用して、集魔歯車の干渉を最小限に抑える。あの修理を終えた夜、ダリオが「お前の指は覚えている」と言った。覚えている。この指が、新しいものを作る。


材料は止められた発注の代わりに、工房の廃材を使った。壊れた魔道具から部品を回収して磨き直す。ないものは一から削り出す。コンラートが黙々と手伝ってくれた。この少年の手つきは日に日に確かになっている。


三日目の夜、試作品の組み上げが終わった。手のひらに乗る小さな箱型の装置。中に五層の歯車が収まっている。


起動する。指先に魔力を灯し、最初の歯車に触れた。二層目、三層目、四層目、五層目。すべてが連動して回転する。


じわり、と温かさが広がった。


部屋全体を暖めるには到底足りない。手をかざしてようやく感じられる程度だ。だが──魔石なしで、空気中の魔力だけで、熱を生み出した。


「動きました……!」


コンラートの目が輝いている。


「まだ足りない。出力が弱すぎる。実用には程遠いわ」


「でも原理は証明できました! あとは効率を上げていけば──」


「そう。ここからは改良の積み重ね。地道な作業よ」


コンラートがにっと笑った。地道な作業が好きな少年だ。


翌日、ダリオに試作品を見せた。温かさを手で確かめた後、黙って中を開き、歯車機構をじっと見つめている。長い沈黙。


「……本気か、これは」


「まだ試作段階ですが」


「いや、そうじゃない。この設計思想──魔石からの脱却。これが完成すれば、魔道具の在り方そのものが変わる」


ダリオが試作品を閉じた。わたしを見る目が、工房に初めて足を踏み入れた日とは全く違うものになっていた。あの頃のダリオはわたしの中にかすかな素養を見出しただけだった。今は対等な目だ。


「もう見習いではないな、お前は」


「まだ正式な技師にもなっていません」


「書類上の話だ。実力は──わたしが認める」


その言葉の重さに、背筋が伸びた。


「この試作品の存在を、今は秘密にしてください。完成するまでは誰にも知られたくない」


「わかった。コンラートにも口止めを」


「すでにしました」


ダリオが小さく笑い、「抜け目ない」と呟いた。



秘密裏に開発を進める一方で、もう一つの糸を手繰り始めた。


イルマの侍女に接触する必要がある。だが直接会えばイルマに気づかれる。あの日渡した手ぬぐいに小さく歯車の模様を刺繍して、宮廷の共用洗濯場に置いた。侍女が自分の手ぬぐいを見つければ、接触を求めていることに気づくはずだ。


二日後、工房の扉の下に小さな包みが差し込まれていた。手ぬぐいと、メモが一枚。


『三日後の夕刻、東棟の庭園に。──エルザ』


エルザ。それが彼女の名前だ。


三日後の夕刻。東棟の庭園の噴水のそばで、エルザが背筋を伸ばして座っていた。肩に力が入っている。


「来てくださったのですね」


エルザの声は前に廊下で会ったときよりも落ち着いていたが、目は赤い。


「あなたが手紙をくれたのね」


「はい。あなたにしか頼める人がいなかったんです」


「なぜ?」


「イルマ様のそばにいて──見てしまったんです。色々なことを。でも誰にも言えない。イルマ様に逆らえば、わたしの家族に害が及びます。田舎の両親と弟が──」


家族を人質にされている。かつてハイリゲン家で、わたしの信頼を裏切った使用人のヨハンも同じだった。彼もまた家族を盾にされて動かされていた。


「何を見たの」


エルザが唇を震わせた。


「イルマ様は──グスタフ様を裏切っています。ヴェンツェル殿下と密かに連絡を取り合い、殿下の命令でグスタフ様を動かしている。グスタフ様は何も知らない。自分がイルマに操られていることすら気づいていない」


予想の範囲内ではあった。でも当事者の口から聞くと重みが違う。


「エルザ。あなたの証言は、いずれ必要になるかもしれない。でも今は──」


「今は証言できません。家族が」


「わかっている。無理は頼まないわ。ただ、見たことを忘れないでいて。何か新しい動きがあったら、同じ方法で知らせて」


エルザがうなずいた。


「ノエルさん。あなたは……どうしてこんなに強いんですか」


「強くないわ。ただ──泣く時間がなかっただけよ」


庭園を離れた。エルザという糸。細いが、切れなければやがて大きな力になる。


工房に戻ると、テーブルの上に革の巻き包みが置かれていた。中には精巧な工具一式──やすり、精密ドライバー、ピンセット、拡大鏡。すべて上質なものだ。


「これは?」


「お前用の工具だ。今まで借り物で仕事をしていただろう。自分の工具を持て。技師として」


「ダリオさん……これは高価なものでは」


「礼はいい。使い倒せ」


背を向けて去っていくダリオの耳が赤い。


工具を手に取った。軽く、手に馴染む。指先にそっと魔力を灯すと、銀色の光が新しい金属に反射して小さな星のように光った。


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