第24話 女王の冠
Crown Coliseumの決勝アリーナは、「Crown of Eternity」と呼ばれる究極の浮遊決戦場に設定されていた。
Rei Phantomは、巨大な円形プラットフォームの中央に立っていた。
周囲は無限に広がる虚空で、無数の浮遊破片がゆっくりと回転している。強風が銀髪を激しく乱し、雨粒が針のように肌を刺す。仮想の地面がところどころで現実の自分の部屋の床と完全に重なり、壁が溶けるように崩れ、遠くの風景が突然薄暗い自室の光景に切り替わる。重力は極めて不安定で、体がふわりと浮き上がったり、急に引きずり込まれたりする感覚が、零の仮想の身体を激しく不安定にさせる。
左目に浮かぶ赤い十字が、狂ったように激しく明滅していた。
義眼の疼きは、今や激痛を超えた「異物感」に変わっていた。0.3秒の先読みは7秒近くまで伸び、視界が現実と仮想で激しく切り替わる。頭痛が脳を締め付け、思考が乱れ、息が浅くなり、指先が激しく震えていた。
零の胸に、激しい感情が渦巻いていた。
高揚。
恐怖。
孤独。
そして、強い——女王としての決意。
決勝の相手は、Eclipseだった。
黒い霧のようなアバター。姿はさらに揺らぎ、輪郭がぼやけ、得体の知れない粘つく気配を強く漂わせている。
アナウンスがアリーナ全体に響き渡る。
「Bullet Crown本戦 決勝戦!
Rei Phantom vs Eclipse!
開始!」
瞬間、Eclipseが動いた。
その動きは、零の義眼の先読みを大きく超えていた。
Eclipseの声が、零の脳に直接響く。
【Eclipse】「……ようやく、ここまで来たね。
あなたの義眼は、もう完全に境界を破壊し始めている……
私は、その穴から生まれた影……
もっと、もっと深く……私を見せてくれ……」
その声は、頭蓋骨の内側から直接響くような、低く、ねばつくような声だった。
冷たく、甘く、得体の知れない粘着質さがあった。
零の全身に、冷たい戦慄が走った。
——私の脳を……好きにはさせない。
零は即座にVoid Railgunを構え、反撃した。
ヴゥゥゥゥン……!
重く低いエネルギーうなり。反物質弾が虚空を貫き、Eclipseへ飛ぶ。
しかし、弾はEclipseの霧のような体の中で歪み、空間に吸い込まれるように消失した。
Eclipseの笑い声が、脳の中に直接響く。
【Eclipse】「無駄だよ。
私は境界の影。
あなたの義眼が開いた『穴』から生まれた存在……
もっと見せてくれ。
あなたの脳が、どこまで現実を飲み込めるのか……
私は、その穴の内側から、あなたの記憶をすべて味わっている……
事故の日の血の匂い……親友の叫び声……とても甘い……」
零の胸に、根源的な恐怖が広がった。
この声は、直接、零の脳に届いている。
まるで、Eclipseが零の頭蓋骨の中に指を突っ込み、脳を優しく、しかし執拗に撫で回し、記憶の一片一つを舐めているような感覚。
零は歯を食いしばり、叫んだ。
「私の記憶を……勝手に触るな!」
彼女は低くダッシュし、浮遊破片を蹴って距離を詰めた。
二挺のUSPを構え、至近距離で猛烈な連射を開始した。
パン! パン! パン! パン! パン! パン! パン! パン!
サイレンサー付きの小さな乾いた音が連続して響く。9mm弾がEclipseの霧のような体を貫こうとする。
しかし、弾はすべて霧の中で歪み、消える。
Eclipseの声が、再び脳に響く。今度はより深く、より甘く。
【Eclipse】「怖い?
自分の内側に、別の『何か』がいることが。
あなたの義眼は、もうゲームのものではない。
現実の脳と深く結びつき始めている……
私は、その境界で生まれている……
感じるよ……あなたの恐怖が、震えが……とても甘い……
もっと、もっと開いてくれ……」
零の全身が激しく震えた。
恐怖。
怒り。
孤独。
そして、強い決意。
——私は、誰かの玩具ではない。
零は最後の力を振り絞り、Void Railgunを構え直した。
ヴゥゥゥゥン……!
これまでで最も強いエネルギーうなり。反物質弾が虚空を切り裂き、Eclipseの中心へ飛ぶ。
Eclipseは初めて、大きく動きを止めた。
弾はEclipseの霧を貫き、空間に巨大な黒い穴を開けた。
Eclipseの声が、少しだけ面白がるように、しかしより深く響く。
【Eclipse】「いい……とてもいい。
あなたの覚醒が、境界を完全に破壊している……
私は、ずっとここにいるよ。
Rei Phantom……あなたの脳の奥底まで……
もっと、もっと深く……開いてくれ……
私は、あなたの記憶を、すべて味わいたい……」
戦いは長く続き、零のHPが徐々に削られていく。
零の心に、激しい感情が渦巻く。
恐怖。
怒り。
孤独。
そして、強い決意。
——私は、女王になる。
零は最後の力を振り絞り、Void Railgunを構え直した。
ヴゥゥゥゥン……!
反物質弾が、再びEclipseへ飛ぶ。
Eclipseの影が、ゆっくりと後退し、虚空に溶けていった。
【境界完全崩壊……次なる段階へ】
不気味なメッセージが、零の視界だけに表示される。
零は膝をつき、荒い息を繰り返した。
銀髪が無重力でゆっくりと舞い、左目に浮かぶ赤い十字が激しく明滅していた。
HPは残り5%。瀕死に近い。
零はゆっくりと立ち上がり、虚空を見つめた。
境界の完全崩壊は、零の能力が現実を侵食し終えた証拠だった。
零は小さく、しかし強く呟いた。
「……私は、女王だ」
仮想の銃姫は、崩壊する境界の中で、静かに王冠を戴いた。
義眼の赤い十字が、闇と光の狭間で強く輝き続けていた。
(第24話 終わり)




