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聖都案内パンフレット


 可愛い、はわかる。

 メリサンドは古から生きている神龍だ。私たち人間のことは、幼子のようでみんな可愛いのだろう。

 面白い、はよくわからない。

 そもそも褒められているかさえあやしい。


『アーチェは善良です。そして、生命力にあふれている。だから私は、アーチェを選びました。アーチェとならば、きっと楽しい。そして今は、私は楽しい』


 私はメリサンドを両手で持ち上げた。

 子猫の姿をしたメリサンドは、何にも持っていないぐらいに軽くて、ふわふわしている。


「楽しいなら良かったです。私もメリサンドのおかげで世直しの旅ができるのです、ありがとうございます! これからもメリサンドのために、たくさんごはんを食べますね」


 晴れ渡った青空を背景にしたメリサンドは、「なう」と鳴いた。それから、私の手の中から身をよじって抜け出すと、カークスの両手の中に移動した。

 メリサンドはスケイスよりもカークスの方が好きらしい。どうやらスケイスは、アロマ臭いのだそうだ。

 首からいつもアロマパイプを下げているからだろう。


「アーチェは、メリサンドに選ばれた。けれどやっぱり、メリサンドはアーチェに何か使命を与えているわけではないようだね」


 シオン様が納得したように頷いた。


「たくさんご飯を食べることと、人助けは、アーチェ様が勝手に言っているだけですからね」


 ひとしきり笑っていたスケイスが、少しだけ真剣な表情になって続ける。


「アーチェ様は公爵家にいるときは、本を読むのが趣味な大人しいご令嬢だったのですが、私たちが知らないところで着々と人助けの野望を膨らませていたらしく……公爵家から外に出てハリス公爵やアベル様から離れたことで自由を謳歌するようになってしまって」


「人聞きが悪いですね、スケさん。私だってわきまえているのですよ、あまり幼い年齢で世直しをするのは人様に迷惑がかかるじゃないですか。スケさんとカクさんを連れて、旅は道連れ世は情けができる年齢をぐっとこらえて待っていたのです」


「また良くわかないことを言って……大丈夫ですか、シオン様。こんなお嬢様が婚約者で、幻滅されたのでは?」


「幻滅なんてしないよ。むしろ、アーチェを知ることができて、私も参加させてもらって、嬉しい」


「はい! よろしくお願いします、うっかりシオン様」


「ん。よろしくね、アーチェ」


 私はシオン様を見上げて微笑んだ。

 なんて優しい言葉をかけてくださるのかしら、シオン様。

 私はシオン様の言葉に感銘を受けた。そして、シオン様の御身は私が守らなければという気持ちを新たにした。


「お嬢様の方が余程うっかりなのでは」


「そうですよ若隠居。シオン様の方がご隠居様の立ち位置なのでは?」


「カークス、スケイス、聞こえていますよ。私はうっかりしていません、しっかりしています」


「それを自分で言うところがなんというか……」


 やれやれと溜息をつくスケイスの言葉を、聞こえなかったことにした。

 私にはスケイスに構っている暇なんてないのだ。

 いつもお忙しそうにしているシオン様に、お忍びの休日を恙なく楽しんでいただくという使命があるのだから。


「シオン様、次はどこに行きましょうか? 先程、私、お店のお姉さんからカークスの個人情報を教える代わりに、街のおすすめスポットが乗っているパンフレットを頂いてきまして」


 私は肩から下げた鞄から、いそいそと一枚の紙をとりだした。

 聖都ミレニアムの中心街のお店では、旅行者むけのパンフレットを配る習慣があるらしい。

 店員のお姉さんがパンフレットを私にくださったのだけれど、無料で貰うのは申し訳ないので、カークスのちょっとした情報を教えたというわけである。


「お嬢様……先程の女性がやけに俺に詳しいと思ったら……。何故初対面で年齢や誕生日や夜寝るときは上半身裸だと知っているのかと疑問だったんですが、お嬢様のせいだったんですね」


 カークスが低い声で言った。怒っているわね。たいしたことは教えていないのだけれど。


「ええ。顔の良い男性の情報というのは、時として有益な交渉につかえるものなのです。年齢と誕生日と寝るときの衣服についてぐらい、減るものじゃないので良いじゃないですか」


「それで、カークス。さっきのお嬢さんとはうまくいきそうなのか?」


「お前と一緒にするな。俺は今、仕事中だ。女と話している時間などない」


「つまらない男だな、どうしてこんなのが女性に人気があるのか……剣と花束の区別もつかないような男なのに……」


「剣と花束の違いぐらいは俺にもわかる。両方とも武器になるが、強度が違う」


 言い合っているスケイスとカークスをほっておいて、私はシオン様にパンフレットを見せた。


「聖都ミレニアムには、色々な施設があるそうですよ。劇場とか、闘技場とか、遊技場とか、カジノとか。それと、中心街から少し外れると屋台街もあって、珍しい食べ物がいっぱいあるそうです」


「そうだね、アーチェはどこにいきたい?」


「そうですね、闘技場は却下ですね、私は強いので優勝間違いないですし。遊技場やカジノは、スケさんは好きそうですけど……残るは劇場と、屋台街ですね。屋台街には珍しい食べ物がいっぱいあるそうです」


 大切な事なのでもう一度言うと、シオン様は目を細めた。

 たぶん、微笑んで下さったのだと思う。


「屋台街に行こうか。中心街からは、少し歩いた場所にあるようだから、少し散歩をしながら、昼食を食べようか、アーチェ」


「はい!」


 私は元気よくこたえた。

 観劇は嫌いじゃないけれど、せっかく街にきたのだから、お散歩などしたいと思っていたので嬉しい。

 それに、ご隠居様とは街を散歩している最中に悪人に出くわすものなのである。

 私もお散歩している最中に悪人に出くわして、困っている人を助けることができるかもしれない。

 シオン様と私はパンフレットを見ながら道を確かめて、屋台街に向かった。

 私たちから少し離れた場所を、尾行みたいにスケイスと、メリサンドを抱っこしたカークスがついてくる。

 一緒に歩けば良いのに。

 つかず離れずの位置にいられると、かえって気になるのよね。会話もできないし。

 そんなことを考えながら、私はシオン様と一緒に街の風景を眺めながら歩いた。

 すれ違う人たちは楽しそうで、今のところ悪の気配はしなかった。


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