そしてはじまるフードファイト
シオン様は興味深そうに、露店で売っているお土産物の聖都ミレニアムタペストリーを眺めたり、神龍キーホルダーを眺めたりした。
見たことがないものを見るたびに「とても勉強になる」と言って嬉しそうにするシオン様は、年上なのにとても可愛らしかった。
常日頃、嫌味ばかりのスケイスと、武器と鍛錬にしか興味のないカークスと一緒に居るので、シオン様と一緒に歩くのはとても新鮮味がある。
いうなれば、まるで――そう、病弱で部屋から一歩も外にでたことのないお姉様を外に連れ出して、世界を見せているような気持ちだ。
私には兄妹はアベルお兄様しかいないけれど、新しい姉妹ができたみたいで嬉しい。
もちろんシオン様が、男性であり婚約者であることは理解しているのだけれど。
見た目が綺麗だからかしら、それとも所作が美しいからかしら。身長は私よりも高いけれど、スケイスやカークスより細身だからかしら。
それとも、話し方が穏やかで、ゆったりとしているから?
ともかく、好奇心旺盛なシオン様は大変愛らしい様子で、シオン様の質問に答えながら、私は微笑ましくその様子を見守っていた。
中心街を抜けて屋台街に辿り着くころには、すっかり昼になっていた。
「お昼ご飯にはちょうど良い時間ですね、シオン様。大丈夫ですか、疲れていませんか? もしよければ、私が背負いましょうか……?」
「大丈夫だよ、アーチェ。こう見えて、体力は結構ある方だと思う」
「シオン様……ペンより重い物を持ったことがないのではないかと……」
「一応、剣術や馬術の練習もしているのだけれど。アーチェを抱き上げることぐらいは簡単にできると思うから、安心して」
「だ、駄目です! シオン様を片手に担いで悪者と戦うのは、大きくなった私なのですよ! あと数年で三倍ぐらいになる予定なので、期待して待っていてくださいね!」
「巨人になるつもりですか、若隠居」
「残念ですが、アーチェ様の身長はそれ以上は伸びないと思いますよ」
「この一年、アーチェの身長は少しものびていませんから、もう成長がとまったものと断定して良いのでは」
私の決意に、背後からスケイスとカークス、メリサンドが口を挟んでくる。
私は聞こえなかったことにした。
確かにメリサンドの言う通り、私の身長は低め安定で経過している。
けれどこれはちょっと体が身長を伸ばすのを休憩しているだけで、来年あたりで一メートルぐらいぐんぐん伸びるはずなのよ。だってたくさん食べているし。
「それにしても、にぎやかですね、屋台街。なにかお祭りでもしているのでしょうか?」
「人だかりができているね」
視線を巡らせて、私は言った。
シオン様も私と同じ方向を見ながら頷いた。
屋台街という名前に相応しく、広場にはたくさんの屋台が並んでいる。
屋台といっても骨組みがしっかりしている屋根はあるけれど吹きさらしの大きな建物の中に、色々なお店がひしめき合っているという感じだ。
屋台の前には食事をするテーブルとベンチがいくつもある。
香ばしい香りや、甘い香りが鼻腔を擽る。
人々は思い思いの場所で、お食事をしたりお酒を飲んだりしているようだった。
私たちの視線の先には、一際大きな人だかりができている。
屋台街の中央にある開けた場所には、舞台のようなものがつくられていた。
舞台の上には、筋肉質の大柄な男性がいる。
髪のない頭はつるりとしていて、頭髪の代わりに牡丹の模様の入れ墨が入っていた。
「誰か他に挑戦者はいないのか! 無尽蔵の胃の異名を持つ、この悪食ザムザに勝てるやつは!」
「無尽蔵の胃……」
すごいわね。あんまり格好良くない異名だわ。
私が呟くと、何故かスケイスやカークスが一斉に私の方を見るので、睨み返しておいた。
「誰も挑戦者がいなければ、約束通りこの屋台街の商売権は俺の物だ! 良いか、商売人ども。今日から俺に、売り上げの五割を場所代としてよこすんだ、分かったな!」
「どういうことだろう。暴力で、土地の権利を奪おうとしているということだろうか」
シオン様が腕を組んで首を捻った。
「それは、悪ですね、シオン様……!」
「確かに、心穏やかで優しい人間のようには見えませんが、でも、異名で無尽蔵の胃とは。胃と戦闘に、どんな関連が? まさか人間を食べるとか……」
「カクさん、怖いこと言わないでくださいよ」
メリサンドを抱っこして、いたって真剣な表情でカークスが唐突に怖い話をはじめるので、私はぞくぞくした両腕をさすった。
「どうやら、あの男は……大食い、だそうですよ」
人だかりの中から抜け出してきた女性となにやら話していたスケイスが、戻ってきて教えてくれる。
「元々ここ、屋台街は、場所代のかからない自由市場の位置づけにあるようですね。土地の権利者は、王都ミレニアムの一画に住居を構えている、ロラン・ファスベンダー伯爵」
「ロランか」
「知っていますか、シオン様」
「それはね。ファスベンダー伯爵の娘、スリーピアは、国王の四番目の側妃。顔を合わせたことは何度かあるよ」
「そのファスベンダー伯爵が、あの男と約束したらしいんですよね。ファスベンダー伯爵というのは、変わった特技を持った人間を集めるのが趣味なようで、あの男は無尽蔵に物を食べることができるのだとか」
「無尽蔵に……」
「どうしてそこで私を見るんです、カークス」
じい、と、カークスが生真面目な表情で私を見てくるので、私は頬を膨らませた。
「それで、食客として家に置いてみたは良い物の、それがまぁ、よく食べる。面白がった伯爵は男の望みを聞いた。それが、この屋台街での無銭飲食だったらしいのですが、それでは面白味がないからと、この場所の権利を与える代わりに大食い勝負をしてこい、ということになったらしくて」
「……暴力ではなくて?」
「大食い勝負です」
「迷惑な話だね、どちらにしても。屋台街の売り上げの半分を持っていかれたら、生活が立ちいかなくなってしまうだろう」
シオン様が悩まし気に言った。
それから「ファスベンダー伯爵というのは、どうにも良く分からない人だから、話し合いに応じてくれるかどうか」と言って溜息をついた。
「つまり、悪ということですよね?」
悪なのかしら。良く分からないわね。
でも、あの男がみんなからお金を奪うのだとしたら、困る人がたくさんいるわけで。
沢山の人を生活ができなくなるぐらいに困らせるのだとしたら、やっぱり悪なのかもしれない。
「やくそくしたのは伯爵ですからね、あの男は約束通りに大食い勝負をして勝った、というだけです。一日に十人以上と戦って、これで一週間目。最後の日だそうですが、屋台街の店の連中は、皆戦意喪失してしまっているようですね」
呆れたようにスケイスが言った。
どうしよう、私は困っている人を助けたいのだけれど、困っている人は確かにいるのに、無意味な暴力を振るわれているとか、そういう分かりやすい悪ではないのよね。
私は助けを求めるようにシオン様を見上げた。
「悪かどうかなんて、立場によって変わってしまうものだとは思うけれど、あの男が勝ってしまえば多くの人々がまともに生活できなくなってしまう。だから、良いことではないよね」
「じゃ、じゃあ、戦いますか?」
「アーチェ様、暴力で歯向かってきていない相手に、こちらから先に手を出すことはできません」
「それじゃあ……」
「沢山食べるのは得意ですよね、若隠居」
カークスに諭されて肩を落とす私に、スケイスがにんまりと笑いながら言った。
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