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聖女の基準



 喫茶店で小腹を満たした私たちは、とりあえずお散歩をしながら次のお店を探そうかと店を出た。

 トリプルアイスクリームパルフェとミルクココア、美味しかった。

 私はお店の外で伸びをする。お腹は二割ほど満たされている。本当はもっと食べられるけれど、スケイスに嫌味を言われるのでまた今度にしよう。


「今日は良い天気ですね、シオン様。絶好の世直し日和ですよ」


 私はシオン様を振り向いて言った。

 喫茶店の入り口にあるカウンターで、スケイスとカークスとシオン様はどちらが料金を支払うかの押し問答をしていたようだけれど、シオン様が先に喫茶店から出てきたので、話し合いはまとまったのかもしれない。

 私はそもそもお金を持っていないので、先にお店を出てきてしまった。

 私の足元で、メリサンドも大きく伸びをしている。

 それからぴょんぴょんと、私の服をよじ登って、私の肩に乗った。


「そうだね、アーチェ。絶好の世直し日和というのは、今日のような天気の日なんだね」


 シオン様が私の隣に並んで言った。

 眩しそうに細められる瞳を、私は見上げる。

 シオン様は細身だけれど、私よりも背が高い。私が小柄、というせいもあるのだろうけれど。

 そのうちもう少し身長が伸びるのかしら。

 できることならシオン様よりも大きく育って、有事の際にはシオン様を抱き上げて戦うぐらいの強い私になりたいものだ。今でも私はかなり強いけれど、もっと大きくなればもっと強くなる気がするのよね。

 私は、シオン様を両手に抱いて「シオン様、私がいるから大丈夫です!」と、悪者からシオン様を守るところを想像した。うん。良い。とても良い。私、格好良い。


「私の助けを今か今かと待っている、困っている人たちの気配をひしひしと感じますね」


「そうなんだね。アーチェが言うからにはきっとそうなんだろうね」


「ええ。私はなんせメリサンドの聖女ですから。聖女というものの役割が私にはよく分からないのですが、きっと人助けをすることだと思うのですよ。聖フランチェスコ様のように、困っている人々を圧倒的な力で救済する。それが私の使命だと思っています」


 これは、本当だ。

 私は産まれたときに、メリサンドの祝福を受けた。

 赤ちゃんだった私には当然記憶はないけれど、お父様やお母様が言うには、産まれたばかりの私をお母様が腕に抱いて、お父様がそのそばに寄り添っていると、突然光り輝く神龍が目の前に現れたのだという。

 驚く二人に神龍メリサンドは言った。『御子に、祝福を与えましょう』と。

 それからメリサンドと私は一心同体なのである。

 私には断る権利がなかったし、お父様とお母様にしてもそう。メリサンドの祝福とは、強制に与えられるものなのだ。メリサンドが優しい神龍で良かった。

 あと猫ちゃんの姿になってくれるのも良かった。

 これがずっと巨大な龍の姿で、私とずっと一緒にいなければいけなくて、その上性格が悪かったら、私の人生は産まれた瞬間からストレス過多と決まっていたようなものだ。

 今のところ私とメリサンドは仲良しなので大丈夫。

 お小言が時々うるさいけれど、必殺のどごろごろと、必殺猫じゃらし。それから必殺猫用おやつで、すぐに静かになる。慣れたものである。


「神龍メリサンドは、王国を守護する神といわれているけれど……王国に聖女がいつもいるわけじゃない。神龍メリサンドは気まぐれだから、百年ぐらい間をあけることもある。王家の歴史書には、そのように書かれているね」


 シオン様が竜骨マスクに手を当てながら言う。

 悪だくみする暗黒呪術師という感じだ。いつもの女神みたいなシオン様も良いけれど、今のあやしげなシオン様にも慣れてきた私。これはこれで良い気がしてきた。

 どことなく漂ってくる邪悪な感じが、なんとなく乙女心をくすぐる気がする。

 悪い男に女はひかれるものだと、いつかお母様が言っていた。根っからの良い人であり、どう考えても清く正しいお父様があわてていたことを覚えている。

 今なら分かる。

 お父様とお兄様が「冒険者とは結婚してはいけないよ、アーチェ」と言うのに、「冒険者、良いじゃない。少し危険な香りがする男、最高じゃない。悪い男に女はひかれるのよ」と反論していたお母様の気持ちが、私にもやっと理解できた。


「だから、王家は聖女が現れたとき、聖女を庇護して大切にあつかってきたけれど、それは……そうだね。象徴、という意味が強い」


「象徴?」


「そう。聖女は圧倒的な力を有しているというのは、王国民なら皆知っている。これは、おとぎばなしのようなものだけれど。国教の中に神龍メリサンドの名前が出てくるし、それは王国の神だと、誰もが知っているよね。つまり、聖女とは、神話の中に出てくる神を具現化したもの」


「つまり、私は神!」


 私は両手をぱん、と打った。

 だとしたら、私の胸にある聖女の印は、聖フランチェスコ様の聖王家の紋様と同じかそれ以上に、強いのではないかしら。

 まだ人前でさらけだしたことはないけれど、いつかやってみたい。「この聖女の印が目に入らないのですか!」と言って、悪人を地べたに這いつくばらせてみたい。


「お嬢様、人の多い往来で、自分が神だと叫ぶなんて、正気を疑いますよ」


 支払いを終えたのだろう、スケイスが私たちの元へやってきて、溜息交じりに言った。

 カークスは一緒じゃないのかなと思って、喫茶店の入り口を振り向くと、カークスは店員のお姉さんから恐らく何か名刺のようなものをぐいぐい押し付けられて、とても困っていた。面白いのでそっとしておこう。


「スケさん。お支払いありがとうございます」


「いいんですよ、若隠居。ハリス公爵から、たんまり金を貰っています。お嬢様の生活費として。たっぷりと。ハリス公爵家の皆様は、アーチェ様に胸やけするぐらいに甘いですからね」


「本当は私が、支払いを行いたかったのだけれど。情けないことに、自分で何かを買ったことや、支払いをしたことがなくて。一応、いくらか金は持っきているんだけれどね」


「いくらか、というレベルじゃないので。シオン様が持っているのは金貨です。そんなものを街の支払いにつかったら、一瞬で高貴な身分の方だってばれますよ。ここは私たちに任せておいてください。なんせ大人ですから」


「そうなんだね。今度から、気を付ける。私はどうにもそういうことに疎くて。スケイスは、頼りになるね。ありがとう」


 シオン様にお礼を言われて、スケイスの頬に赤みがさした。

 私はスケイスの横腹をつついた。

 じっとスケイスの顔を、下から覗き込むようにして睨む。


「スケイス、シオン様は皆に優しいのですよ。勘違いしてはいけませんよ」


「それは一体どういう意味ですか、お嬢様。あまり胡乱なことを言うと、その服を剥きますよ」


「シオン様の美貌のとりこになってしまったのかなと思って。スケイスは女好きですから、女性だけでは飽き足らず、もしかしたらと」


「だから、それは誤解です。私は女好きなどではありません。そもそもお嬢様、そのような単語を口にしないでください、はしたない」


 スケイスは吸い終わった首飾り状になっているアロマパイプを胸元にしまうと、私の二つに結っている髪の片方をぐいぐい引っ張った。


「いたい、いたい。スケイス、主にむかって不敬ですよ! カークス、スケイスが私をいじめるのです。ひどい」


「またアーチェ様が余計なことを言ったのでしょう。だが、スケイス。アーチェ様の髪を引っ張ってはいけない。確かに俺も、二つにしばると愛玩犬のようで、ついひっぱりたくなるなとは思っていたが」


「私は犬ではありません。神です。ね、シオン様?」


「そうだね。アーチェは聖女。つまり、神と同義。……だから、アーチェ自身がなにかをしなければいけない、ということは、ないのだろうけれど」


 シオン様は軽く首を傾げた。

 私の肩に乗っているメリサンドが、私の頬にその体をすりつける。


『どうにも、思い違いがあるようですけれど。たしかに私は神龍。この国の守護者です。ですが、私が聖女を選ぶのは……可愛さと、面白さ。特に、国を護るため、などではないのです。なんせ私は穏健派の神龍ですので』


「そうなの?」


『そうです、アーチェ。何度か言いましたよ』


「そうだっけ?」


 メリサンドのお小言は基本的に聞き流している私だ。

 覚えているわけがない。

 メリサンドの説明を聞いて、スケイスが「面白さ……!」と言いながら、口を押えて肩を震わせた。とても失礼だ。私はいつだって真面目に生きている。




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