うっかり枠
お悩み相談よろづギルドからほど近いカフェに、私たちは入ることにした。
まだお昼前とのこともあって、人の姿はまばらだ。
猫も一緒で良いかと店員さんに尋ねたら、快く了解してくれた。店員さんが猫好きで良かった。
可愛らしい女性の店員さんは、メリサンドを腕に抱いたカークスを熱心に見つめていた。
好みのタイプなのかもしれない。
スケイスもカークスも顔立ちが整っているので、こういうときに得である。顔が良いと、多少の我が儘は許されるのだ。本当はお店の中に猫を連れてはいるのは、飲食店だし、あんまり良くないとは思うのだけど。
ちなみにメリサンドは、常に猫の姿で私の傍にいなければいけないというわけではない。
必要に応じて、姿を消すこともできる。
そこはそれ、神竜なので、万能なのである。
けれどせっかく世界に顕現しているのだし、色々楽しみたいだろうと思って、私はなるべく姿を見せているようにとメリサンドには言っている。
メリサンドが人間に加護を与えるのはどうやら数百年ぶりらしい。
空白の数百年間、メリサンドはずっと眠っていたそうだ。
きっと淋しかっただろう。指摘したことはないけれど、私は勝手にそう思っている。
メニューを見て、店員さんにスケイスは珈琲を、カークスはミルクティーを頼んだ。
「私は、この、蜂蜜ホットミルクを」
シオン様の注文は完璧だった。
眉目秀麗、儚げで愛らしいシオン様が、蜂蜜ホットミルク。
全方向から心臓に突き刺さる何かがある。
これはきっと、可愛いすぎて辛い、という気持ちだろう。
蜂蜜ホットミルクの破壊力に死にかけている場合じゃなかった。私も何か頼まないと。
私はメニュー表をざっと見た。
「私はトリプルアイスクリームパルフェと、ミルクココアをお願いします」
「朝から胸焼けが……」
青ざめたスケイスの嫌そうな呟きが聞こえたけれど、聞かなかったことにした。
注文を取り終えたお姉さんがいなくなったあと、シオン様が私を真正面からじっと見つめて口を開いた。
広い対面ソファのテーブル席は、体の大きな男性が二人と、シオン様と私が座っても余裕があるぐらいだ。
私の横にはカークスが、シオン様の横にはスケイスが座っている。
メリサンドは私とカークスの間で、私の膝に顔をおいて丸くなっていた。
「アーチェは、甘い物が好きなの?」
「はい。甘い物は心を落ち着かせてくれますよね。シオン様も好きですか?」
「そうだね、凄く好き、というわけではないけど。せっかく知らない店に来たのだから、飲んだことのないものを頼んでみようかと思って」
「シオン様、蜂蜜ホットミルク、飲んだことがないのですか?」
あまりにも似合うのに。
てっきり好きだから頼んだのかと思っていた。
「城の中では、あまり自由がなくてね。……自由がないというか、うん、色々。だから、私はたぶん、アーチェよりもあまり物を知らないと思う。幻滅、されないと良いのだけど」
「蜂蜜ホットミルクを飲んだことがない、なんて理由で幻滅するほど私は愚か者ではありませんよ」
「……普段の発言を聞いていると、若干愚か者に見えますけどね」
アロマパイプをふかしながら、スケイスが言う。
シオン様の真横でアロマパイプに口をつけるとか、あまりにも不敬なのではないかしら。
「スケさん、何か言いましたか」
「いえ、なにも言っていませんよ、若隠居」
「シオン様がいらっしゃるのに、アロマパイプは良くないです」
「大丈夫だよ、アーチェ。私は、今は冒険者の……この姿は、魔導師、だよね。魔導師のシオンだから、自然にして欲しい。アロマパイプは魔力の安定に、とても良いよね。私も時々吸うことがあるよ」
シオン様が穏やかな声音で言った。
「シオン様が良いのなら、良いのですけれど……」
それにしても、シオン様もアロマパイプを吸うのね。
魔力があることは知っていたけれど、スケイスと同じで魔力量がかなり多いのかもしれない。
私は――シオン様について、あまりよく知らない。
アロマパイプに口をつけるシオン様を想像したけれど、よく分からなかった。
でもきっと似合うのだろう。
「ところで、アーチェ。……ずっと言おうとおもっていたのだけれど」
シオン様が何か重大なことを言うように、真剣な声音で言った。
「どうしました? なんでもおっしゃってください。婚約者ですのね、気兼ねせずに、なんでも」
「その、……私も、アーチェと一緒に、正義の味方になりたいのだけれど。……ご隠居様になりたいアーチェのそばにいるために、何かあいている役割はない?」
まさかそんなことを言われると思っていなかった私は、ぱちりと瞬きをひとつした。
「……そうですね。……うっかりものの、甘味好きな若者枠が、あいていますね」
「……アーチェ様」
思わず口にしてしまった言葉を窘めるように、カークスが低い声で私の名前を呼んだ。
お読みくださりありがとうございました。ブクマ・評価などしていただけると大変励みになります!




