第96話 人生最大の決意
駅に到着すると、瑛一郎さんと胡桃ちゃんが迎えに来てくれたのが見える。
私は思わず掛けだして、2人の元へ急いだ。
「ただいま……帰りました」
「凪沙さんっ、そのお顔は」
「大丈夫です。決別の証ですから」
顔のアザを見つけて心配に声を掛けてくれる二人に嬉しくなる。
「そうですか……凪沙さん、お帰りなさい」
「お帰りなさい浮子さん。お疲れ様でした」
「そのお顔、決着が付いたんですね」
「瑛一郎さんこそ……」
私の表情を見て、彼は全てを察してくれた。
ちなみにあの男に殴られた腫れはそこまで酷くなく、電車で移動している間に引いてくれた。
「はい……。思った通り和解はできませんでしたが、決別してきました」
「私もです。私は、親というものに恵まれませんでした」
「ボクもです……だから、その」
「はい…」
心臓が高鳴る。瑛一郎さんの真剣な表情に、予感めいたものを感じた。
私はそれを粛々と受け止める。嬉しさで跳ねそうになる心臓を抑えながら……。
「あなたが好きです……。ボクと結婚を前提にお付合いをしてください。あなたと、幸せな家族を作りたい」
「え、瑛一郎さんっ、そ、それは」
「おお、火の玉ストレート」
胡桃ちゃんの茶化しも耳に入ってこない。
あまりにもストレート過ぎる告白に思考が固まってしまう。
心臓が早鐘を打って全身がホットプレートに押し付けられたみたいに熱くなった。
だけど……。
「は、はい。私も同じです。あなたが好きです。恵まれなかった温かい家族を、私達で作りましょう」
「凪沙さん」
気絶してしまいそうなほどクサい台詞。
だけど、今日ほど自分の本心を素直に言葉にできた日はない。
ワァアアアアアアアア!!
「「え!?」」
突然の大歓声に振り返ると、駅前にいた人達が一斉にこちらに注目して拍手をしていた。
「いいぞ兄ちゃん! よく言った!」
「お姉さんも最高よ!」
「幸せになってね!」
「副店長最高!」
「凪沙ちゃん、やっと結ばれたのねー! 長かったわぁあ!」
「えっ、皆さんどうしてここに」
なんとスーパーのパートさん達が全員集合していた。
「な、なんで?」
「胡桃が呼びました!」
「「なんでっ!?」」
いつの間にスーパーの人達と知り合いになってたの!?
「落ちぶれても元上流家庭。情報網の構築はお手の物です!」
「能力が無駄に凄いっ!?」
駅前はすっかり観客の大歓声で埋まっていた。
居酒屋の大将夫婦もおり、「今日は宴だぁあ」と盛り上がっている。
私達はそのままタクシーでバイト先の居酒屋に連れて行かれ、交際報告と同時に、事実上のプロポーズ宣言を全員の目の前でするハメになった。
だけど……心地良かった。
私の贖罪はまだまだ終わらない。
それでも、前を向いて歩いて行けることを確信することができたのだった。
◇◇◇
「あはは、なんだか、凄かったですね」
「はい。でも、幸せでした。あんなにも、温かい人達に囲まれて……」
二人で帰り道を歩いていた。
胡桃ちゃんはパートのおばちゃん達とすっかり仲良くなり、今日は居酒屋夫婦のお宅に泊まる事になっていた。
「瑛一郎さん……お話しがあります。聞いていただけますか」
「はい、伺います」
「私は、あなたが好きです。大好きです……。もうこの気持ちからは逃げません。あなたと家庭を作りたい。そう思っています」
「嬉しいです。ボクもです」
「ですが、結婚や、本当の交際は、まだ少しだけ待っていただきたいんです」
「理由を、伺っても?」
「私は、まだ過去の清算を完全には終わらせていません。いえ、これは私の自己満足の領域なので、ご迷惑を掛ける話ですが……」
「高見沢さんの件ですね」
「はい。私は、酷い事をした悠真にケジメを付けると自分で決めました。そのためには、まだまだ働いてお金を貯めて、彼に返さないといけないんです」
「なるほど……ゆっくりでいいから。彼はそう言っていましたね。あれは、そういう意味だったんですね」
「はい。求められた訳でも、法的な義務があるわけでもない。ただ、私がそうしたいと決めた。それだけなんです」
100%私のワガママだし、誰にも求められていない。
それこそ、悠真は途中で放り出しても、何も言わないだろう。
瑛一郎さんにも多大な迷惑を掛けてしまう。
だけど、これを途中でやめたら、私が私を許せない。
これはもう何が正しいかどうかじゃなくて、私自身の気持ちの問題だった。
本当はそれを優先することが、エゴなのは分かってる。
ただの自己満足なお気持ち表明でしかない。
「ごめんなさい! 100%ご迷惑を掛けるって分かっています。でも、どうしてもこの気持ちだけは決着を付けないと――んっ!?」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
突如として熱いものに包まれ、すぐに瑛一郎さんに抱きしめられたのだと分かる。
そして、唇に覆い被さってくる濡れた感触に、息が止まった。
「ん……んぅ……え、瑛一郎、さん」
キス……甘くて、脳が溶けるような感触がした。
あまりの不意打ちに、腰が砕けそうになったのを抱きとめられた。
「大丈夫です。ボクが側で支えます。例え自己満足であっても、あなたが前を向くのに必要な事なら、ボクは一切咎めたりしません。あなたはこう考えているのではありませんか?」
「え?」
「私が幸せになったら、彼への贖罪にならない、と」
「そ、それは……」
図星を突かれて絶句する。
瑛一郎さんと結ばれたら、私はきっと天にも昇るような幸せを手に入れるだろう。
だけど、それじゃあ罪滅ぼしのために働いていくことはできるだろうか?
もっともっと苦しまないと、罪滅ぼしにはならないと。
瑛一郎さんは、その答えを示すかのように、もう一度口づけをしてくれた。
心地良い熱量が再び私を包み込む。
まさかこんな大胆な行動に出るとは思っておらず、不意打ち気味に包まれた熱量で、完全にとろけてしまった。
こんなに幸せなキスは、初めてだった。
「ボクはこう思います。幸せになることを恐れないでほしいと」
「どういう……ことですか?」
「高見沢さんが、あなたを死ぬほど恨んでいて、その罪滅ぼしのためなら、確かに幸せになっちゃいけないと考える人もいると思います。ですが、あの方は、きっと全てを許している。その上で、あなたが気が済むまで罪滅ぼしをしてもいいと、そう仰ったのだと」
「……」
「全てにおいて正解の選択をすることは、不可能だと思います。だけど、その時の一瞬一瞬で、全力を出す。それが後悔しない為の最良だと、ボクは思います……。すみません、あまり上手く伝わらなくて」
「いいえ、よく分かりました。私、決めました」
「凪沙さん?」
「過去の罪滅ぼしも、瑛一郎さんと幸せになることも、今後一切手は抜きません。過去を悔やんで後ろ向きには、もうならない」
「ええ、ボクは、そんなあなたを側で支えたい。同じ自己満足なら、後悔しないやり方をしましょう」
「はい……!」
何をどうしたら、ちゃんとした正解なのか、まだ分からないでいる。
だけど、選んだ選択肢に、最後まで責任を持つ。
それが、罪滅ぼしになると信じてる。
そして――――
次回、グランドフィナーレ
明日をお楽しみに!




