第97話 幸せ家族を作るため【最終話】
――――そして、2年の時が経過した。
「お久しぶりです、木下さん。やっと、準備できました」
「頑張りましたね。坊ちゃまも時折気にされておりましたよ。私も首を長くして待っていました」
ここは高見沢の邸宅。
私はメイドの木下登世子さんに、2年掛けて準備したお金を持参して会いに行った。
悠真に直接は会わない。彼女とは時折連絡を取って、彼がいない時間帯に来るように言われていた。
「残りのお金、確かに受け取りました。坊ちゃまから、お手紙を預かっております」
「え、悠……高見沢さんから?」
私はもう彼を悠真とは呼べない。
この2年間、私は変わらず昼夜問わず働き続ける生活を継続した。
瑛一郎さんとは順調に交際を続け、側で支えてくれたおかげで、体を壊すことなく続けることができた。
(彼からの手紙……。一体何が)
私は悠真からの手紙を開き、そこに書かれている文章を読む。
そこにはたった1行、こう書かれていた。
――【あなたの謝罪を受け取ります。お疲れ様でした】
安堵の溜め息が漏れた。ただあるのは、感謝と、謝罪。
「沢山頑張りましたね。お疲れ様です」
「ありがとうございます……」
この2年、ただ順調に働いてきたわけじゃない。
私には過去に犯した愚行のツケを払う苦行の数々が待っていた。
父親の事件で田舎にまで押しかけてきたマスコミの影響で、周りの人達に私の過去の全てが暴露されてしまったり……。
そのせいで私の過去を知る人間や、無関係の悪意を持った者達が嫌がらせにやってきたり……。
周りの人達に多大な迷惑をかけてしまった。
だけど、それまで培ってきた信頼関係のおかげで、辛い環境を乗り越えることができた。
パートの人達や居酒屋のご夫婦、常連客の皆さん。
私が関わってきた全ての人達が庇ってくれたり、助けてくれた。
何より、私の心を1番に支えてくれた瑛一郎さんのおかげだった。
どれだけの悪意に晒されても、誰一人私を非難する人はいなかった。
私の過去を知っても、今の私を見てくれた。
なんて……なんて素晴らしい人達なんだろう。
「本当にありがとうございました木下さん。高見沢さんに、よろしくお伝えください」
「はい。元気で頑張ってね! おばちゃんも遠くから応援してるから」
「はい、頑張ります。本当にありがとうございました」
私は木下さんに丁寧にお辞儀をし、その場を後にするのだった。
◇◇◇
◇◇◇
◇◇◇
それから、更に1年後……。
私がこの小さな田舎町にやってきて、3年の月日が経過した。
「それではみなさーーーん! 新郎新婦のーーー、入場でーーーーーす!!」
大きな声で叫ぶのは胡桃ちゃん。
それを受けた多くの人達が歓声を上げる。
「凪沙ちゃん、おめでとう!」
「おめでとう~!」
ここは町の公民館。小さなスペースに沢山の人達が集まっている。
おじさん達は既に飲めや歌えの大騒ぎだった。
「くぅう、凪沙ちゃんの花嫁姿が見られるなんてっ、生きててよかったぁ!」
「あんた別に父親でもなんでもないでしょ。でも私も泣けてきちゃう~」
居酒屋の大将夫婦が感涙を流して賛美を送ってくれる。まるで本当の両親のように。
私は、純白のウエディングドレスを身に纏ってヴァージンロードを歩いていた。
隣を歩くのは、もちろん瑛一郎さん。
顔が熱くなっている私は、きっと変な顔をしているに違いない。
それでも彼は、柔らかく微笑み掛けてくれる。
拍手喝采の嵐が巻き起こり、祝福の歓声が会場を包む。
「浮子さん、おめでとうございます!」
「胡桃ちゃん、ありがとう」
参列者の1番前列。親族席に当たる場所には、胡桃ちゃん、佐藤さん、居酒屋の大将夫婦が座ってくれている。
この数年、瑛一郎さんの次に私を支えてくれたのは、間違いなく彼女達だった。
遠くの土地に住んでいるにもかかわらず、月に1度は顔を出してくれた胡桃ちゃん。
問題が起こった時には必ず駆けつけてくれた。
そういえば、悠真は大学を飛び級で卒業して高見沢グループの経営陣に加わったらしい。
この間、若きエリート経営者として、テレビの取材を受けているところを見たばかりだ。
白峰の三姉妹が後ろに控えて、今では四人揃って芸能人みたいにSNSでも大人気だ。
お腹の大きくなった三姉妹の雑誌特集を、パートの人達に見せてもらったことがある。
今では子だくさんで家族に囲まれ、幸せに暮らしているらしい。
本当に三姉妹同時に愛したんだ、あの人は。
胡桃ちゃんいわく、問題が起こった時は必ず悠真が力を貸してくれたらしい。
私の為ではなく、あくまで胡桃ちゃんの為といいながら……。
本当に凄い人だ……。今になって分かる。
高見沢悠真という人は、本当に尊敬できる器の大きい人だったんだと。
「それでは、誓いのキスを」
結婚式は順調に進み、ヴェールを上げてくれた瑛一郎さんの顔を見る。
「……」
「……」
ジッと見つめられて、顔が熱くなるのが分かった。
彼の唇がゆっくりと動き出し、私はその言葉を待った。
彼はシンプルにひと言、こう言った。
「愛しています、凪沙さん」
「瑛一郎さん。はい、私も、愛しています」
その言葉を、生まれて初めて使った。
温かで、柔らかくて、心が熱に浮かされるような、心地良い言葉。
私はそっと目を閉じ、柔らかなベーゼを被せてもらう。
熱い涙が、頬を流れ落ちていった。
◇◇◇
「いきます、せーの!」
両手に持ったブーケを放り投げ、放物線を描いた花束が落ちていった。
「やったー! 胡桃がゲットしましたよー! これで悠真ちゃんの赤ちゃんが産めます!」
そうして、私と彼の結婚式は最高潮の盛り上がりのまま終わりを迎えるのだった。
◇◇◇
それから、更に数ヶ月。
私はこの所の体調不良の診察の為に病院に来ていた。
瑛一郎さんも付き添ってくれて、心配そうに隣にいてくれる。
だけど、診察を終えたお医者様はニコニコとした笑顔で告げる。
「おめでとうございます! お腹に赤ちゃんがいますよ!」
「「えっ!?」」
私達は顔を見合わせる。
瑛一郎さんの表情には、隠しきれない歓喜が溢れ出ていた。
きっと、私も同じ顔をしている。
「凪沙っ」
「きゃっ」
感極まった瑛一郎さんに抱きしめられ、お医者様にたしなめられる。
「ありがとうっ。本当にありがとう! ボク達で幸せな家族にしようね! ボクも頑張るから」
「瑛一郎さん……うん。私も、いっぱい頑張るから」
色んなことがあった。
きっとこれからも沢山の苦労があるに違いない。
だけど、汚れきった私が人生をやり直した。
その軌跡の集大成が、ここにあった。
まだ終わっていない罪滅ぼしが出てくるかもしれない。
だけど、私はもう絶対に腐らない。
全部の試練を受け止めて、お腹のこの子を守っていこう。
幸せな家族を作りたい。
隣にいる彼と共に……。
これからも、ずっと。
【Fin】
ここまでの読了、ありがとうございました。
凪沙更生編、これにて終幕にございます。
あなたにとって、満足のいく物語になりましたか?
きっと不満の残る人もいたでしょう。
そもそも凪沙に幸せになってほしくない人もいたかもしれません。
けれども、これも一つの答え。
読者の皆様にとって、満足のいく物語でありますように。
本作はこれにて終了です。長きに渡るお付合い、本当にありがとうございました。
また次回作でお目に掛かりましょう!
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