第93話 報いを受けた者達の末路
【朝倉瑛斗 視点】
うっ……なんだ。全身が痛い。
体が動かねぇ。
あれからどうなった? 俺は、警察に捕まって、自分の正しさを証明するために逃げ出して、それで……。
そうだ。転んだんだ。
それからどうなった?
「よお、目が覚めたか朝倉瑛斗」
聞き覚えのある声だった。
眼球を動かして声のする方を向こうとするが、真っ暗で何も見えなかった。
「おい、誰だよ。電気ぐらい付けろ」
「なるほど……それがお前の受けた報いって奴だな」
「は?」
声の主は訳の分からん事を言いやがる。
「何言ってやがる。早く部屋を明るくしろ。何も見えねぇぞ」
「部屋は明るいよ。お前が見えていないだけだ」
「は? ……は?」
「お前、警察から逃げようとして階段から落ちたんだよ。その時にポールに頭を強打して、眼球が破損したんだってよ」
な……なんだと? なんだよそれ……。
「医者の言うことには、よく生きてたもんだってよ。だが、その代償はデカかったな。その傷は一生ものだってよ。よかったな。刑務所生活でも便宜を図ってもらえるぞ」
「はっ!? ふ、ふざけんなっ! そんなわけねぇ! 俺は信じねぇぞっ!」
「まあ、俺は最後にお前の様子を見に来ただけだ。信じようと信じまいとどうでもいい」
「テメェ、その声、高見沢だな!」
「ああ、そうだ。お前さん、これから大変だぞ。何しろ一生目が見えないんだ」
「ば、バカな……そんなバカな事ってあるかよ」
「こういうのが因果応報っていうんだろうな。逮捕されて普通の刑務所行きになった方がまだマシだったかもよ」
「ど、どういう意味だ」
「分からないか? お前、助けてくれる家族や友人はいるのか? 病院だってタダじゃないんだ。入院費が払えなきゃ、そのうち追い出される。まあ日本じゃ人権に配慮されるけど」
「そ、そんな……そんなバカな。親父は? 兄貴は?」
「ああ、親御さんならさっき面会にきたぞ。唾を吐きかけて帰ったらしい。看護師さんに怒られてたけどな」
あのバカ親父……病院に来てまで何をやってやがる。
「本当はお前をただの司法の裁きに掛ける気はなかったんだが……。なんか今のお前みてたらどうでも良くなった。その体じゃもう悪さはできないだろうからな」
高見沢が嘲笑っているように聞こえる。
「これからのお前の人生は地獄そのものだろうよ。助けてくれる人もいない。目は見えない。回復の見込みはゼロ。流石に哀れになってきたよ」
「うるせぇ! テメェ金持ちなんだろ!? なんか凄腕の医者とか紹介しろよ! 俺を助けろよ!」
「本当に哀れな奴だな。残念だがお前にかける情けはビタ一文ないよ。じゃあな。お前の事はあと三分くらいは忘れないよ」
「テメェ、ふざけんっ――ぐわっ、くそっ、痛ぇ!」
ベッドから転がり落ちたらしい。顔面を強打してズキズキと痛みがせり上がってくる。
「痛ぇ……痛ぇ……痛ぇ痛ぇ痛ぇ!! 目が痛ぇよぉ!」
「顔面骨折してるんだから当たり前だよ。せいぜい気を付けるんだな」
高見沢が遠ざかっていく足音が聞こえる。
俺はドンドン血の気が引いていった。
「おいっ! 待てっ、待ってくれよっ! 助けてくれ! 助けてくれよっ! イヤだよっ、一生目が見えないなんてイヤだ! 助けてくてぇええええ!」
俺の叫びに応える者は誰もいない。
誰も……いなかった……。
◇◇◇
◇◇◇
病室を後にした悠真は、目の前を歩いてくる見知った顔に挨拶をする。
「あ、どうも」
「あ、えっと……悠真さん、ですよね」
「はい。高見沢悠真といいます」
「失礼しました高見沢さん。色々とお世話になりまして」
「いえ、必要な事をしただけです」
瑛一郎は凪沙とただならぬ関係であったであろう悠真を見て戸惑いにも似た感情を向けていた。
好きな女性と過去に何かあった男性。
その詳細は凪沙から聞いている。
あの凪沙が彼に対して、弟と結託して酷い事をしたという話は、まだ現実的なものとして消化し切れていない。
「じゃあ、俺はこれで……あ、そうそう」
そのまま立ち去ろうとした悠真は、瑛一郎に対して《《ある事実》》を伝えた。
「今、ロビーにはあなたの両親が来ています。どうやらここにあなたがいると聞いてお金を無心できると喜んでいるそうですよ」
瑛一郎は思わず眉をしかめる。
「そう……ですか」
「あなたがそれをどう扱うかは存じませんが、もうすぐ危ない人達がここに到着しますので、見つからないうちに退散することをオススメしますね」
それで全てを察した。
なるほど、あの両親らしい顛末だ。
恐らく金に困ってヤミ金にでも手を出したのだろう。
それを聞いても何の感情も湧いてこない瑛一郎は、悠真に深々と頭を下げる。
「あ、あの」
「はい?」
「本当に、ありがとうございました」
「お礼の言葉、受け取りました。あなたが今大切にしている人を、幸せにしてあげてください」
「え……は、はい。もちろんです」
悠真はそのまま立ち去っていった。
短いやり取りだけだったが、瑛一郎にとって、彼に何を言われたのかハッキリ分かった。
今、自分が気にするべきは愚かな弟でも、罵倒と金の要求しかしてこない両親ではない。
「うわぁああああああ! 誰か助けてくれぇえええ! イヤだっ! 目が見えないなんてイヤだ! 刑務所にも入りたくない! 誰か助けてくれ! 助けてくれよ兄貴ぃいいい!」
(哀れな姿を見ても何も感じない。あれは、もう家族ではない)
瑛一郎は病室で殺虫剤を掛けられた虫のような発狂をしている弟をドア越しに一瞥し、そのまま踵を返した。
(ボクにとって必要なのは、ボクが大切にしたい人だけだ)
弟に対する未練はなかった。
瑛一郎はそのまま振り返ることなくその場から立ち去り、肉親である瑛斗と二度と会う事はなかった。
◇◇◇
病棟からロビーへの戻った瑛一郎は、病院スタッフ相手に罵声を浴びせている一組の男女を見て辟易する思いがした。
「だからよぉ、あんなガキ俺達には関係ねぇんだって」
「それとも協力したらお金もらえるの?」
(変わらないな、あの人達は……)
ハッキリ分かった。アレはもう感情を向けるべき相手ではない。
見つからないうちに退散した方がよさそうだ。
その姿を見て、瑛一郎の中で全ての決着が付いた。
「おいっ、お前瑛一郎じゃないか!」
「おやまあ瑛一郎! 久しぶり!」
見つかった。
思わず眉をしかめる。
病院内にもかかわらず、大声で叫ぶデリカシーの無さ。
自分に対して過去にやらかした悪行など、まるで悪びれる様子のない姿は、瑛一郎の記憶の中にある両親からコンマ1ミリもずれていない。
「あなた達は誰ですか。ボクには見覚えがありませんので、これで失礼します」
「お、おいちょっと待てよ。なあ、金貸してくれよ。瑛斗が店の金を持ち出したせいで借金が返せなくてよぉ」
「そうよ。あんた今どこで働いてるの? あんた昔から頭良かったし、お金稼いでるんでしょ? ちょっとで良いから貸しなさいよぉ」
5年ぶりに会った息子に対して開口一番に金の無心。
両親のクズっぷりはまったく変わっていない。
瑛一郎はある意味で安心した。
この二人には掛けるべき感情の一欠片すらも必要無いということを。
そして、微かに残っていた復讐心はこれで消え失せた。
さっきの悠真が去り際に言った言葉を思い出していたからだ。
「いえ、ボクはあなた方の息子ではありません。無関係ですのでこれで失礼します」
そのまま足早にその場を立ち去っていく瑛一郎は、すれ違った何とも言えない黒い雰囲気を出す集団を横目に見た。
「アイツ! アイツが俺達の息子なんだよ! 息子が金を返すからよ! 勘弁してくれよ!」
「そうよーーっ! 親の借金は息子が返すのが義務なんだから! お願いだから見逃してよ!」
黒い連中の視線が一瞬こちらを向いた気がするが、瑛一郎は動揺を悟られないように平静を装ってその場を後にするのだった。




