第90話 皮肉な関係性
【凪沙 視点】
「ちくしょう離しやがれっ! テメェ高見沢! なんでテメェがこんな所にいやがるんだ」
「それはこっちの台詞だよ朝倉瑛斗。警察はもうお前を指名手配してるぞ。大人しくしろ」
瑛斗を押さえつけたのは、以前よりも更に逞しくなった悠真だった。
ひょろっとした印象はなくなり、筋肉が逞しくなって身体も大きくなっている。
後ろには白峰の三姉妹も控えており、瑛斗が逃げられないように入り口を押さえていた。
「朝倉……瑛斗だって?」
だけどそれより、瑛斗の顔を見て意外な人物が反応を示した。
「え、副店長?」
「まさか、瑛斗……お前なのか」
「ああ?」
押さえつけられながら、瑛斗が副店長を睨み付ける。
だけどその表情がみるみるうちに変わっていった。
「テメェ……兄貴! こんな田舎にいやがったのかよ!」
「えっ!? あ、兄貴って……」
「なるほど。あなたはこいつの蒸発したお兄さんだったんですね」
悠真の言葉に、記憶が蘇ってきた。
そういえば、瑛斗には数年前に家を出たお兄さんがいるって聞いたことがある。
「まさか……そういえば副店長の名前って……」
「ええ。朝倉、瑛一郎といいます。不肖の弟がご迷惑をかけて申し訳ありません」
朝倉なんてよくある名前だし、まさかとは思っていた。
けど、本当にそうだったなんて……。
「ざっけんな! 離しやがれっ! 俺は何も悪くねぇ!」
「変わってないな、瑛斗。何もかもを人のせいにして責任転嫁する性格……前よりもっと酷くなってるじゃないか」
「うるせぇ! テメェが逃げ出したせいでバカ親父の暴力が全部俺に来るようになったんだぞ! 俺が不幸になったのはお前のせいだ!」
「違う。お前はあの家から出ようとするボクを嘲笑った。幼い頃からずっと、何度言ってもその性格は直らなかったじゃないか」
「性悪なのはガキの頃から変わってないんだなお前」
悠真が更に力を込めて瑛斗を押さえつける。
(凄い……瑛斗に力負けしてない)
「くそっ、離せっ。ぐあああっ! なんでこんなに力が強いんだ! 高見沢のくせに! 離せチビ!」
暴れる瑛斗を押さえつける悠真はまったく動じることなく腕に力を込めている。
よく見ると、恐らくこの場で1番強いであろう白峰葵は、制圧に参加することなく後ろで見守っている。
それだけ悠真に信頼を置いているのか……。
「とにかく話は後にしましょう。詳しい事はこの犯罪者を警察に引き渡してからです」
「くそっ、冗談じゃねぇっ! 捕まってたまるかっ! 俺は何も悪い事はしてねぇ!」
「オヤジさんが窃盗の被害届を出しているぞ。カードの不正利用の証拠もコンビニの監視カメラに映っていた。証拠は揃っているから言い逃れは不可能だよ」
やがてサイレンの音が聞こえてくる。瑛斗は力の限り暴れるが、悠真はまったく動じなかった。
凄い……あんなに逞しくなってるなんて。
以前遠目に見た逞しい体付きは気のせいじゃなかった。
3ヶ月前よりもずっと男らしくなっていた。
背も高くなってる。あれって、170は越えてるんじゃないだろうか。
もうチビなんていえる身長ではなくなってる。瑛斗はそれに気がついていないんだ。
やがてアパートの階段を慌ただしく登ってくる複数の足音が聞こえてくる。
制服を着た警察官が部屋に入ってきた。
「警察です! 犯人はどちらに」
「こいつです。指名手配中の朝倉瑛斗。確保をお願いします」
「ご協力感謝します」
「くそっ、離せっ、離せっ! 俺は何も悪くねぇ! 悪いのは凪沙だ! 俺は被害者なんだよ!」
「大人しくしろ! 良いから来るんだ!」
瑛斗は三人の警察官に取り押さえられて連行されていった。
手錠を填められても諦め悪く暴れ続け、最後はパトカーに押し込まれていた。
◇◇◇
「ありがとう……助けに来てくれて……でも、どうして」
この場に現われた副店長、悠真、胡桃ちゃん、そして白峰の三姉妹。
正直何がなんだか全然分からなかった。
「それは、偶然が生んだ奇跡としか言えないな。君が副店長さんと胡桃ちゃんを間違えてメールを送ったから気がつけた」
「え?」
「浮子さん、これを見てください」
「こ、これは……副店長に送ったメール」
「胡桃のスマホに届いてたんです」
胡桃ちゃんが差し出したスマホの画面には、副店長に送った筈だったお断りのメールが記載されていた。
「私、慌ててて胡桃ちゃんと副店長のアドレスを間違えたのね……」
「はい。何か様子が変だと思って、悠真ちゃんにお願いしたんです。悠真ちゃんは浮子さん……いいえ、凪沙さんにもしものことがあった時の為に、周辺のことを調べてくれたそうです」
「え……悠真が?」
「取り違えるな。周辺の調査は胡桃ちゃんの安全の為にやったことだ。指名手配中の朝倉瑛斗がこっち方面に移動したらしいって情報が入ってな。まさか偶然にも君に接触してしまうとは思わなかったけど」
「そう……なんだ。でも、副店長が一緒なのは、どうして?」
「それも、偶然が起こした奇跡でした。胡桃さんと駅で知り合って、凪沙さんのことを話している所に声を掛けました」
◇◇◇
――30分ほど前
【胡桃 視点】
そのメールは明らかに様子がおかしかった。
「悠真ちゃん、これ見て」
「これは……凪沙からのメールか」
「うん。この内容……多分デート相手の副店長さんに送るつもりだったんだと思う」
その日の朝、私は悠真ちゃんにお願いして副店長さんと浮子さんのデートの様子を伺うために駅まで来ていた。
事前に待ち合わせ場所にここを指定していることは知っていたので、遠くから浮子さんを見届けて帰るつもりだった。
ところが、一通のメールが状況を一変させた。
明らかに様子のおかしい内容のメールに、ただ事ではないと感じとり、悠真ちゃんにお願いして浮子さんのアパートに向かおうとした所だった。
「あの、すみません!」
「「え?」」
二人で振り返ると、優しげな顔付きのお兄さんが声をかけてきた。
彼は何かただならぬ様子で私達に近づいてくる。
「いま、凪沙さんと言いませんでしたか。それは浮島凪沙さんのことでしょうか?」
「あなたは?」
「浮島凪沙さんが勤めるスーパーで副店長をしています。朝倉瑛一郎といいます」
「朝倉?」
「今日は彼女と待ち合わせをして出かける予定だったのですが、予定の時間になっても現われないので心配していたんです」
「なるほど。どうやらトラブルが起こったようです。詳しい話は道すがら行ないましょう。ボクらの車に乗ってください」
そうして副店長さんを伴って浮子さんのアパートへと向かった私達。
インターホンを押そうとしたところで、中から彼女の悲鳴が聞こえてきたので、突入したのだった。
幸いにも鍵は掛かっていなかった。
悠真ちゃんと副店長さんで朝倉瑛斗を取り押さえ、警察には葵ちゃんが連絡し、澪ちゃんと雛ちゃんで逃走口を塞いでくれた。
「浮子さん、無事でよかった。痛いところはありませんか? 酷い事、されちゃいましたよね」
「ううん。大丈夫。でも、せっかく胡桃ちゃんが買ってくれた服が、ボロボロになっちゃった」
「服なんてまた買えばいいんです。お怪我がないのが1番ですから。ごめんなさい。胡桃達がもっと早く到着していれば……」
「いいの。最後の一線は守れたから、本当にありがとう……」
「凪沙さん、本当にご無事で……とは言い難いですね。ボクの家族が迷惑をかけて、本当にすみません。こんなことなら始めからお迎えに上がればよかった」
「まさか副店長が、あいつのお兄さんだったなんて」
「世間の狭さに驚かされます」
この男の人は、朝倉瑛一郎さんというらしい。
優しそうないい人だ。扉を開いた瞬間、誰よりも早く浮子さんのところに駆け寄って助け出した。
少し頼りなさそうな雰囲気なのに、凄い行動力だった。
とにもかくにも、浮子さんのケアをしながら、私達は情報の共有をしていった。
瑛斗に兄がいるって設定は37話でチラッと言及されてます。
これがやりたいがために副店長のキャラ名は隠し続けました(姑息)




