第87話 素直な気持ち
「相変わらず私の服しかなくてごめんね」
「全然いいです。なんだかお姉ちゃんと一緒みたいで楽しいです」
夜。
泊まってくれるという胡桃ちゃんと一緒に、私は布団を並べてお喋りに興じていた。
その日、私達はお互いの事について色んなことを話した。
こんな風に年の近い女の子とお泊まりをする経験の無かった私には、とても新鮮な体験だった。
「え、じゃあ私達、同い年だったんだね」
「はい。そうみたいです。でも、浮子さんの方がずっと大人びて見えます。胡桃は見た目がちんちくりんだから、子供っぽくて」
部屋の明かりを落とし、暗がりにカーテンから漏れる外の微かな明かりだけになった部屋の中で、私は胡桃ちゃんと語り合っていた。
「同い年なら敬語じゃなくてもいいよ」
「気にしないでください。もともと普段からこんな喋り方なんです」
「そうなんだね。なんだか胡桃ちゃんらしいや……ねえ、悠真とは、どういう関係なの?」
私は、思い切って悠真との関係を聞いてみる事にした。
「悠真ちゃんは、幼馴染みなんです。小っちゃい頃から一緒に遊んで、一緒に笑って、夢を応援してもらって……ずっとずっと、大好きでした」
胡桃ちゃんはずっと昔から悠真に恋をしていた。
海外で思春期を過ごし、長い間あわなくても想いは色褪せることなく、鮮やかさを保ち続けた。
やっぱり心の強い子だったんだ。
真っ直ぐで、純粋で、どこまでも心根が綺麗な女の子……。
羨ましいと同時に、凄いと思った。
「ねえ胡桃ちゃん」
「はい、なんですか?」
「少しだけ、相談というか……聞いて欲しい事があるんだけど、いいかな」
「もちろんですよ。なんでも言って下さい。今の胡桃は無敵です!」
「あはは……」
私は心の中で葛藤している事を誰かに聞いて欲しかった。
「私は……掛け替えのない人を傷つけてしまった。今の環境は、その人への罪滅ぼしのつもりでいる……。それはまだまだ終わることはなくて……」
「はい」
それは悠真のことであるが、胡桃ちゃんは敢えて明言しなくてもいいと言ったことを思いだし、曖昧な表現として伝えた。
「だけど、そんな私にも、新しい環境で私を大切にしてくれる人に出会った」
「今度デートに行く人ですね?」
「あはは……うん、まあ、そうかな……うん。認める……私、あの人のことが、好きになったんだと思う……だけど」
「だけど?」
「似てるの……」
「誰に……あ、悠真……ううん。浮子さんの掛け替えのない人に?」
「そう……とっても似てるの。性格や、もってる雰囲気や、優しいところ。思いやりのあるところ。芯の強いところ。優秀で、周りから信頼されてて、……私に純粋な想いを向けてくれるところ……」
「……」
「私は彼に過去のあの人を重ねてしまっている。自分で捨ててしまった大切なあの人の代わりにしてしまっている……だから、私には彼を好きになる資格なんてない」
また、上手く言葉を紡げなかった。
彼のことを考えると、思考が冷静ではなくなってしまう。
胡桃ちゃんは布団から這い出て、私の布団の中に入ってくる。
「あ……胡桃ちゃん」
胡桃ちゃんの温かな体温がギュッとしがみ付いてくる身体から伝わってくる。
小さな胡桃ちゃんが、何かを懸命に伝えようとしてくれた。
「胡桃には、それに正解を出すことはできません。でも、浮子さんが好きだって気持ちに、嘘をついていい理由にはならない……そんな気がします」
胡桃ちゃんは更にギュッと私にしがみ付いて続ける。
「それに、あの人は今日、ここに胡桃のことを送り出してくれました。あなたが誰なのか知った上で……。胡桃には、彼と浮子さんに何があったのかは分かりません。だけど、彼は浮子さんのことを、もう恨んでないと思います」
だから……と胡桃ちゃんは暗闇の中で私の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「浮子さんは、前に進んでいいと思います。贖罪をやめていいとは言えません。でも、それで過去に囚われ続けていたら、永遠に終わらない」
「胡桃ちゃん……」
「あの人が……悠真ちゃんが望んでいるのは、きっとそう言うことだと思います。浮子さんに、本当の意味で更生して欲しい。それは、正しく生きようとするあなたに、幸せになってほしいと願う事と同じだと、胡桃は思います」
「……」
「胡桃の知ってる悠真ちゃんは、そういう人です」
「そう…そうよね。私は、それに気がつくのが遅すぎた」
「今はまだ、好きになった理由が過去への囚われかもしれない。だけど、本当の意味でその人への気持ちを持っているなら、それが本物の好きな気持ちになっていくと思います」
「うん。だけどね……人はそう簡単には変われないの。それに、まだたった3ヶ月しか経ってないもの。私の贖罪は、まだまだ終わらない。終わらせちゃいけない……」
「もう一度いいます。贖罪を続けるとしても、幸せになっちゃいけない訳じゃないと思います。いいんです。胡桃が許可します。浮子さんは、その人と結ばれて幸せになるべきです!」
胡桃ちゃんは力強く、そう言った。
「胡桃ちゃん」
「それを許さないなら、いくら悠真ちゃんでも胡桃が許しません。だってこんなにも優しい人なんだもん。胡桃は、浮子さんに幸せになってほしい」
「胡桃ちゃん…ありがとう。本当に……ありがとう。まだ勇気が出ないけど、少しだけ、前を向いてみるね」
胡桃ちゃんの言葉は、私の心の枷を解いてくれたような気がする。
副店長に、私の気持ちを正直に話そう。
受け入れてくれるかどうかは分からない。
だけど、過去を隠したまま、彼の気持ちに応えることはできそうもない。
それでも、勇気が湧いてくる。
ありがとう……胡桃ちゃん。
翌朝、胡桃ちゃんと夜遅くまで語らったものの、その日の夜は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。
胡桃ちゃんはそのまま朝まで手を繋いでくれた。
温もりに包まれて安らいだ心が、体の緊張を解いてくれたのだ。
今日からまた仕事だ。いつもの早朝に目を覚ますと、台所から出汁の良い匂いが漂ってくる事に気がついた。
「え、胡桃ちゃん?」
「あ、浮子さんおはようございます。朝ご飯の支度、もうすぐできますからね!」
胡桃ちゃんは慣れた様子で鍋に味噌汁を作り、朝食の準備をしてくれていた。
卵焼きが綺麗に盛られ、キチンと食器が並べられている。
1ヶ月前までおにぎりも握れなかったのに。
「胡桃ちゃん、料理上手になったんだね」
「はい。まだ1ヶ月ですけど、先輩メイドさんからいっぱい教えてもらいました。胡桃、この日の為に特訓したんです。浮子さんに胡桃の朝ご飯を食べてもらいたいって」
ほかほかと湯気を立てるご飯は艶があって、いつもの食材のはずが、とても美味しそうに見える。
「凄い……凄いね。たった1ヶ月でここまでできるようになるなんて」
何よりも、私の為に頑張ってくれたことが嬉しくてたまらなかった。
「やだ……なんか泣けてきちゃう」
「浮子さんに感動してもらえて、嬉しいです」
そうして口にした胡桃ちゃんの料理は、これまで食べたどんな高級料理よりも美味しくて、心を温かくしてくれる。
感動のあまり涙腺が緩くなり、箸を持つ手に涙がこぼれ落ちてしまった。
「あ、マズかったですか? 味つけは間違えてなかったはずなんですけど」
「違う……違うの……とっても美味しい。美味しいよ……。私も、こんな風に心を込めた料理が作りたい」
「はい。副店長さんのためですよね!」
「っ……うん。そうだね」
もう認めよう。
私は、彼の事が好きだ。
過去への贖罪はまだまだ終わらない。だけど、前へ進む為に、気持ちに素直になろうと決意した。




