第86話 暴走する特急少女
【凪沙 視点】
「く、胡桃ちゃんっ」
「浮子さんっ。会いたかったです!」
突然の訪問をしてきたのは、会いたくてたまらなかった胡桃ちゃんだった。
小さな身体で抱きついてくる愛らしい姿に戸惑い以上にほっこりとした気持ちがわき上がってくる。
「胡桃ちゃん、いったいどうして」
「色々あって全部解決したんです。だから休暇をもらって会いに来ました。突然でご迷惑かもしれなかったけど」
「ううん。全然迷惑じゃないよ。私も会いたかった」
これは本音だ。
副店長に助けてもらって沢山救われたけど、胡桃ちゃんの存在は別の意味で安心感を与えてくれる。
私は胡桃ちゃんを迎え入れ、お茶を出して話を聞くことにした。
まだ1ヶ月くらいしか空いてないのに、数年間会っていないような気さえしてくる。
……
……
……
「じゃあ、お父さんとは……」
「はい。それでお父さんとは完全に決別して、今は友人のお宅に住み込みで働いています。もう書類上の手続きも済んで完全に他人です」
「そうだったんだ。あの時、そんなに大変だったんだね……」
小さなテーブルを囲んで、あの時の詳しい話を聞く事になった。
父親との確執。
虐待にも近い政略結婚。結局父親は逮捕され、親子の縁を完全に切ったそうだ。
この1ヶ月足らずの間にそれだけの出来事があったことに改めて驚かせられた。
言葉にはしなかったが、住み込みの友人宅というのは白峰の家であることが分かる。
胡桃ちゃんの話す雇い主との日常で聞こえてくる人物像が三姉妹のそれだった。
「父親との確執……か」
「浮子さん?」
「あ…うん。なんだか、似てるなって思ってね。規模は全然違うんだけど、うちの父親もそんな感じで…」
私は自分の身の上の一部を話して聞かせた。
あの日、駅のベンチで泣いている胡桃ちゃんに声を掛けたことが、とても運命的な事に思えてくる。
私達は、条件こそ違うけど、境遇の色んなところが似ていた。
特に家族関係の確執は、私よりも遙かにハードで救いが無さそうに思える。
(やっぱり悠真って凄いんだな……)
そんな胡桃ちゃんを助けたであろう悠真の事が頭をよぎり、複雑な気持ちがわき上がってくる。
「私もね、父親の考えに反発して、それを止めようともしない母親のことも嫌って、結局家を出るまで反抗してばかりいた。正直、あの二人のことを今でも親とは思いたくないと思ってる。育ててもらった恩はあるけど、それ以上に……ね」
「そうだったんですね。浮子さんも、凄く大変だったんですね。やっぱり凄いです。それだけ辛い目に遭ってきたのに、見ず知らずの胡桃のこと、助けてくれました」
「あの時も言ったけど、少し前に大切な人を傷つけてしまった。その後悔を少しでも払拭したかっただけなの」
「それでも、誰かを助けるって、実は凄く勇気の要ることだって、胡桃は大切な人から学びました……」
「凄いね、胡桃ちゃんは」
「そんなことないです。浮子さんの方が凄いですよ」
「……あのね」
「はい?」
「私ね、本当は浮子って名前じゃ……」
「いいんです」
「え?」
私は胡桃ちゃんに真実を打ち明けようと思った。
「浮子さんが偽名であることも、悠真ちゃんの知り合いであることも、過去に何か有ったことも、なんとなく分かってました。いえ、この1ヶ月の悠真ちゃんの態度で察しました。彼からは何も聞いていません」
「……」
「胡桃にとって浮子さんは、助けてくれた優しい人。命の恩人なんです。それだけで十分なんです」
「胡桃ちゃん……」
「胡桃は命と心を救ってもらいました。浮子さんに匿ってもらっただけじゃない。あなたと過ごしたたった数日間が、胡桃にとってはかけがえ無いものなんです。だから恩返ししたい。それだけです」
「……ありがとう。でも私はそんな立派な人間じゃないわ……。あなたの大切な人に酷いことを」
「それは言わなくて大丈夫です。あなたは過去を悔いて今を生きてる。それが分かってるから、悠真ちゃんは胡桃を送り出してくれました」
その言葉を聞いて、胸が熱くなる。
悠真が、私の贖罪を受け入れてくれている。
そう言われている気がして息が詰まりそうなほど嬉しくなった。
「ところで浮子さん」
「え?」
「お部屋に服が沢山出してありましたけど、どこかお出かけする予定だったんですか?」
「あっ……」
そうだった。週末に着ていく服を考えていて、クローゼットをひっくり返していたんだった。
といっても2,3着しかバリエーションがないし、どれも地味で出かけるには向いていないけど。
「あ、もしかして、男の人とデートだったりして」
「えっ、あ、いやその……」
「その顔は当たりですね!」
私が動揺したのを見て、胡桃ちゃんは次々と事実を言い当てていく。
「そうだ。助けてくれたお礼は何がいいかずっと考えてたんですけど、決めました! 浮子さんのデート服、胡桃がプレゼントします!」
「え、そ、そんな! 悪いよ」
「いいえっ。そうでなければ胡桃の気が済みません。善は急げです。今すぐいきましょう! 丁度隣町に行く電車の時間です」
本当の胡桃ちゃんってこんなにグイグイ来る子だったんだ。
私は彼女の勢いにタジタジで、ただ押されるままにしどろもどろになるしかなかった。
私は暴走機関車のような勢いの胡桃ちゃんに手を引っ張られ、隣町のショッピングモールまで連れて行かれるのだった。
元気を取り戻した胡桃ちゃんって、本当にパワフルで圧倒されっぱなしだった。
だけど、さっきまでのごちゃごちゃとした思考は、いつの間にか消え去っているのだった。
悠真にも、間接的に認めてもらえてる……。
そのことが伝わって来て、とても嬉しい。
ショッピングモールに着いた私と胡桃ちゃん。
電車で移動している最中も、胡桃ちゃんは積極的に明るく話しかけてくれた。
「さあ着きましたよ浮子さん。デートに出かけるなら妥協してはいけません。まずはあっちのお店から見てみましょう」
「く、胡桃ちゃん、分かったから引っ張らないで」
元気になった胡桃ちゃんのパワフルさは、私を圧倒してばかりだった。
色々なことを躊躇していた私の手を引っ張り、何も言っていないのにデートに着ていく服に困っている事を察してくれた。
「今日は全部胡桃の奢りです。飛びきり可愛い服を買いましょうね!」
「あ、あの、服は自分で買うから」
「それは駄目です。胡桃のお礼にならないじゃないですか。ほらほら、あれなんか可愛いですよ。相手の方はどんな服が好きですか? この際改造しましょう。美容院も探さないと」
そうしてショッピングモールの中のショップを見て回り、これだというコーディネートをいくつか買ってくれた。
申し訳なくて、せめて半分出させてとお願いしても胡桃ちゃんは頑として譲らなかった。
こんなに強情な子だったなんて。
それでも、自分の心がとても穏やかに温かくなっている。
だってその真意が純粋な善意であることが、その真っ直ぐすぎる笑顔で分かるから。
「胡桃ちゃんありがとう。だけど、デートじゃないからね。お世話になってる人に食事をご馳走するだけで」
「それでも、それだけ気合い入れたい相手ってことですよね。それが恋であっても感謝であっても、失礼のないようにお洒落するのは全然間違ってないと思います」
「そうだね、ありがとう……」
そうして服を選び終わった私達は、買い物袋を抱えたままモールの喫茶店に入ってお喋りに興じ、その日を楽しんだのだった。
彼女の明るい笑顔を見ていると、これからの人生が上手くいく。
そんな気さえしていた。
――この時の私は……浮かれていた。
◇◇◇
――2日前の事
【??? 視点】
電車を乗り継いで辿り着いた先は、何にもねぇド田舎だった。
「はぁ、やっと付いたぜ。ここまでくりゃ警察の目もごまかせるだろ」




