第81話 優しい人々との日々
【凪沙 視点】
このスーパーで働き始めて、もうすぐ2ヶ月が経とうとしている。
世間ではもう夏休み。
学生達が楽しそうに歩いているのを見ると、少しだけ寂しさが募る。
悠真に返すお金はまだまだ貯まらない。
三つの仕事を掛け持ちして、生活費はギリギリまで切り詰めて、それでも目標金額の事を考えれば気が遠くなる。
「ふぅ……」
思わず溜め息が出る。このところ疲労感が抜けにくくなっている気がする。
流石に無茶をしすぎたかもしれない……。
だからといって、のんびり貯めれば良いや、という気持ちにもなれない。
もっともっと働かないと。
「カラオケ店のシフトは少し減らそうかな……」
まだまだ先は長い。
勢いに任せて2ヶ月走ってきたけど、ペース配分を考えないと倒れてしまう。
休憩時間に思わず溜め息が漏れ出て、椅子に深く腰掛けた。
「お疲れ様です浮島さん。大丈夫ですか?」
「あ、副店長、お疲れ様です」
休憩室で黄昏れていると、一人の男性が声を掛けてくる。
「お顔の色が優れません。体調が悪いなら午後はお休みにした方が」
「いいえ、大丈夫です。ちょっと疲れちゃってるだけですから」
「あまり無理はしないでくださいね」
「ありがとうございます」
柔和な顔立ちで人の良さそうな副店長は、パートのおばさん達からは可愛がられている。
年の頃は20代半ばくらいの副店長は、若くして店の切り盛りを任される才覚ある人らしい。
社会経験のない私でも、彼が取り仕切っているこの店が働きやすい環境になっていることが分かる。
実は、知り合いの誰もいないこの町で最初にパートさん達との仲を取り持ってくれたのが彼だった。
どうやら元々都会からやってきた人らしく、アウェーだった私が浮かないように色んな事に気を遣ってくれた人だ。
今こうして快適に働けていられるのも、半分くらいは副店長のおかげだった。
「あまり根を詰めるのも良くないですし、少し早いですが来週から有給を支給しましょう」
「え、そんなっ。悪いですよ。私だけ特別扱いはしないでください」
「いえいえ。頑張ってる人や貢献している人はたまに臨時ボーナス代わりに支給しているんです。田舎の緩いお店ならではですね」
あはは、と笑いながらそんな事を言ってくれる副店長の優しさが染みた。
「本当に、いいんですか?」
「ええ。店長の許可も取ってますし、浮島さんには元気に長く働いていただきたいですから。十分に英気を養ってください」
「分かりました。お言葉に甘えて来週に有給を頂きますね」
「はい。ゆっくり休んでください」
「ありがとうございます。そのためにも今週いっぱいは精一杯頑張りますね」
副店長の優しい気遣いに心が温かくなるのだった。
◇◇◇
「それじゃあお疲れ様でした」
「はい、お疲れ様です浮島さん。本当に無理はなさらないでくださいね。倒れちゃったら元も子もないですから」
「ありがとうございます副店長。体調には気を付けますね」
「ええ、キツかったら遠慮なく言って下さいね」
私は曖昧に笑ったが、彼の気遣いは素直に嬉しかった。
仕事が終わって着替え終わり、事務所で仕事をしていた副店長に声を掛けた。
今日もこの後は居酒屋の仕事だ。
少し体調は良くないが、このくらいでフラついている場合じゃない。
「お疲れ様凪沙ちゃん。今日も頑張ったわね」
「あ、佐藤さん、お疲れ様です」
帰り際に声を掛けてくれたのはパートの佐藤さん。
いつも私に良くしてくれる人だけど、一つだけ苦手な部分がある……。
「それで、副店長とはどうなの? ね? ね?」
若い男女が珍しい環境だから、年若い私と副店長をくっ付けようとしてくるからだ。
「あはは……なんにもないですってば。彼氏なんてまだ早いですよ」
「そう~? やり手の副店長だし、今のうちに捕まえておかないと♡」
「あはは…」
私は曖昧に笑うしかなかった。
恋愛なんてやっている資格も暇もないのに、皆が悪意無くそう言うことを言ってくるから困ってしまう。
そう、私には人を好きになる資格なんてない……。
少なくとも、今はまだ……。
「あ、そうそう。今夜、お店の皆で飲み会やるんだけど、凪沙ちゃんもどう?」
「すみません、次のバイトがありますので」
「そう。いっぱい働いて偉いわね。でも若いからってあんまり無茶しないでね。凪沙ちゃんが倒れちゃったら副店長がションボリしちゃうわよ」
「あはは、気を付けます」
「ここだけの話、凪沙ちゃんがお休みの日の副店長ってちょっと元気ないのよ。結構脈ありだと思うわ」
「うーん、今は恋愛してる時間はないので…」
「そう…。じゃあ体調に気を付けてね」
「はい、お疲れ様でした」
本人の意図しないところで気持ちを暴露されちゃう副店長に少し同情してしまう。
だけど、その気持ちが本当だとしても、私には応えることはできない……。
◇◇◇
「いらっしゃいませ~」
「やあ凪沙ちゃん。今日も頑張ってるねー」
「こんばんわ。いつもの冷酒でいいですか?」
「頼むよー」
いつもの居酒屋のバイト。この頃は仕事にもすっかり慣れてきて、ミスをすることはなくなった。
アルバイト自体が初めてだったので最初はつまらないミスが重なったりしたが、大将もお客さんも温かい人達ばかりでフォローしてくれた。
そんな今に、とても居心地の良さを感じている自分がいる。
逃げ出して辿り着いた田舎の町だったけど、穢れきった自分の人生をやり直すには、最高の環境なのかもしれなかった。
……
……
……
「凪沙ちゃーん、ビール追加ねー」
「はーい」
「こっちホルモン焼き~。ついでにとり天とレモンチューハイ追加して」
「かしこまりましたー!」
今日の居酒屋バイトは多忙を極めていた。
今日は他のバイトがいなくてホールで動けるのが私しかいないので、あっちへこっちへ大忙しだった。
料理が間に合わないから厨房が大将と女将さんでかかりきり。
ホールは私一人で回し、レジから配膳から対応しなければならずに大変だった。
ボックス席になってるテーブルに料理を運び、お客さんの雑談に付き合いながら矢継ぎ早に飛んでくる注文を捌いていた。
「凪沙ちゃーん、ご予約の団体さん来るからおしぼり用意しておいてー」
「はーい」
大忙しだ。こんなに忙しいのは初めてかもしれない。
「いらっしゃいませー、って、ええっ!? ふ、副店長に、佐藤さんに皆さん」
「あ、浮島さん」
「あらー、凪沙ちゃんじゃないの。もしかしてここでバイトしてたの?」
やってきた団体客は昼間のスーパーの従業員達だった。
思いがけない来客に少しだけ心臓が高鳴るのを自覚する。
「そうなんです。ご予約のお客様ですね。どうぞこちらへ」
「あ、ありがとうございます」
「あらあら副店長。なんか嬉しそうな顔しちゃってどうしたのー?」
「そ、そんな顔はしてませんよ」
佐藤さんが嬉しそうに副店長をからかう。
私は苦笑するしかなかった。
「皆さん、浮島さんがいるからってはしゃいで仕事の邪魔をしてはいけません。あまり絡んだりしないようにしましょう」
副店長は目で会釈しながらボックス席に入っていった。
何故だか、その気遣いが凄く嬉しい……。
私は曖昧に笑いながら会釈仕返し、仕事に戻る。
厨房まで戻ると女将さんが声を掛けてきた。
「あらなに。凪沙ちゃんの知り合い?」
「ええ、昼間にバイトしてるスーパーの店員さん達でした」
「あらあらそうなの。それじゃ一品サービスしないとね」
そういって女将さんは嬉しそうに副店長達のボックス席に料理を運んでいく。
そんな光景を見て、なんだか心が温かくなってしまう。
その日は閉店まで大忙しだったが、周りの人達の暖かさに心が癒やされる1日だった。
明日から最終回までノンストップでお届けします。
投稿時間は毎朝6:00 と 夕方18:00の2本立て
お楽しみに!




