第8話 学園へ、三姉妹に囲まれて
朝食を終えた後、俺は少し緊張しながら登校の準備を始めた。
白峰家の玄関で靴を履いていると、三姉妹が自然と俺の周りに集まってきた。
「悠真くん、忘れ物はない?」
葵が優しい声で確認しながら、俺の肩に軽く手を置く。
「ああ、大丈夫」
「悠真~、今日も一緒に頑張ろうね!」
雛が元気いっぱいに俺の右腕に絡みついてくる。
「……荷物、持つ」
「あ、おい澪」
澪が無言で俺のカバンを取り上げ、左側に立った。
こうして俺は、三姉妹に囲まれる形で家を出た。
長身の三人が俺を真ん中に挟む構図は、歩いているだけでかなりの存在感があった。
道中、近所の人や同じ学園の生徒が何度も振り返る。
特に女子生徒たちの視線が痛くて、背中がむずむずする。
葵が自然に俺の左手を握ってきた。
「手、つないでいい……ね?」
「え、ちょっと……」
俺が戸惑っている間に、雛が右腕にさらに強く絡みついてきた。
「悠真、腕組もうよー! ほらほら!」
澪は無言のまま俺のカバンを持ち続け、時折俺の顔をじーっと見つめてくる。
三方向から大きな体と温もりに囲まれ、俺は歩くだけで精一杯だった。
心臓が少し速く鳴っているのが自分でもわかった。
巨大なおっぱいとムチムチの体に囲まれ、歩くたびに柔らかい感触が当たってくる。
「あ、いい事思いついたっ! 雛が一番お得なポジションになれるじゃん」
そういって雛は俺の後ろ側に回り込み、俺の肩に手を置いてくる。
ズシッ……
「むおっ!? おい雛っ」
頭の上に凄まじい重量感が襲ってくる。柔らかくてムッチムチの暴力的な何か。
つまりおっぱいである。
「こらこら、人の頭をおっぱい乗せの台にするな」
「あ~、雛ちゃんズルい~。私もそれやりたい」
「雛にしては良いアイデア。次は、私」
「お前ら人の頭をなんだと思ってる」
「だって乗せるのに丁度良い高さなんだもん」
こんにゃろう。人が気にしてることを……。
194㎝のこいつらには、158㎝の俺の頭は丁度良い台になってしまうのだ。
屈辱である……。だけど拒めない。だっておっぱい温かいもん……。
……格好は再び完全にロズウェルのアレである。
恥ずかしくて死にたいレベルだった。
昨日まで感じていたコンプレックスが、ものの見事に吹き飛んでいる自分がいて、なんだか現金な野郎だなと自嘲した。
彼女に振られた直後に他の女にコロッと癒やされてしまったチョロい男みたいで、かっこ悪いじゃないか。
まあ、こいつらが俺に感じているのは、弟を可愛がるお姉ちゃん的な感情で、恋愛感情とは別物だろう。
昔から家族同然の付き合いをしてきた俺達だ。距離感もバグってるし、俺が思春期真っ只中で女体に興味津々の男であるのが災いして、こいつらの近さに翻弄されてばかりなのも悪い。
傷ついた俺を一生懸命に癒やそうとしてくれる優しいお姉ちゃんといった感じか。
背丈のせいでいつも弟扱いされてきた俺なのである。
いい加減、その辺のコンプレックスも克服できるように精神的に成長しないと、こいつらの純粋な思いやりに泥を塗ってしまうことになる。
(だけど、やっぱり驚くほど凪沙に対する未練がミリ単位で残ってない……こいつらのおかげだな)
考えてみれば、請われるがままに貢ぎ物を贈りまくってしまった俺がアホだったのだ。
次に彼女ができた時は、モノじゃなくて真心を込めた付き合いをしよう。
◇◇◇
学園の正門に着いた瞬間、周囲の空気が一変した。
ざわめきが爆発的に広がる。
「え、あれ白峰三姉妹じゃん……」「高見沢が真ん中に囲まれてる……?」「マジで? 羨ましすぎるだろ!」という声があちこちから飛び交う。
俺は視線を浴びながら、思わず肩を縮こまらせた。
地面に穴があったら入りたいレベルの恥ずかしさだった。
教室に入ると、さらに視線が集中した。
葵は生徒会長として、教室の前で軽く挨拶をした後、俺の席の近くを通りながら小さく微笑んだ。
「悠真くん、授業中も何かあったら言ってね」
雛は自分の席に行く前に、俺の机に寄ってきて明るく言った。
「悠真、休み時間にまた来るね! 何か欲しいものあったら言ってよー!」
澪は無言で俺の隣の席に座り(本来は違うクラスなのに)、じっと俺の横顔を見つめていた。
授業が始まっても、三姉妹の気遣いは容赦なく続いた。
葵がノートを貸しに来たり、雛が休み時間にジュースを差し入れに来たり、澪が無言で肩を軽く叩いて「大丈夫?」と確認してきたり。
特に昼休みは地獄だった。
俺が自分の席で弁当を広げていると、雛が勢いよく教室に飛び込んできた。
「悠真ー! 一緒に食べよー!」
続いて葵が生徒会室からやってきて、穏やかに微笑んだ。
「悠真くん、今日は私がお弁当を少し多めに作ってきたよ。一緒に食べようね? ね?」
澪も無言で教室に入り、俺の隣の席に座って自分の弁当を並べた。
三人で俺の机を囲む形になった瞬間、クラスメートたちの視線が一気に集まった。
男子からは「羨ましすぎて殺意が……」という目、女子からは「なんで高見沢が……」という好奇と嫉妬の視線が突き刺さる。
俺は弁当を食べるのもままならない状態で、小さく呟いた。
「……みんな、目立ちすぎだろ」
すると葵が優しく笑いながら言った。
「ふふっ、悠真くんが困ってる顔も可愛いよ……ね? ね?」
雛が元気よくフォークを差し出してきた。
「ほら悠真、あーん! 今日の卵焼き、めっちゃ美味しいよ!」
澪は無言で俺の肩に軽く手を置き、じっと見つめてくる。
俺は三人の大きな体に囲まれながら、ただただ耐えるしかなかった。
羞恥と温かさが同時に胸を満たし、頭がぼーっとする。
まるで人間サンドイッチ状態で、逃げ場ゼロ。死にたい。
そういえば、小学校の給食の時はいつもこんな感じだったな。
こいつらはあの頃から俺よりずっとデカかった。
今は更に大きくなってる……色んなところが。
◇◇◇
放課後、俺は三姉妹に連れられて白峰家に戻った。
リビングのソファに座った途端、葵が優しく俺の頭を自分の胸に引き寄せてきた。
「今日はお疲れ様。
少し休んで……ね?」
柔らかくて温かい感触が俺の顔を包み込む。
雛が右側から、澪が左側から体を寄せてくる。
俺は胸の中で静かに思った。
(みんなに囲まれるのが、だんだん普通になってきている……)
ふと、昔の記憶が蘇った。
まだみんな小さかった頃——
雨の日に俺が傘を忘れて困っていた時、三姉妹は自分の傘を無理やり俺に押し付けてきた。
葵が「悠真くんが風邪引いたら大変だよ……」と自分の肩を濡らしながら笑い、
澪は無言で俺の手を引いて傘の下に引き入れ、
雛は大きな声で「みんなで一つに入れば大丈夫だよー!」と笑いながらびしょ濡れになっていた。
それが原因で俺が熱を出して寝込んでしまった時、三姉妹は交代でずっと看病してくれた。
葵が冷たいタオルを何度も取り替えて額に当て、
澪は無言で薬を飲ませてくれ、
雛は俺の手を握りながら「早く良くなってね……」と涙目で一晩中付き添ってくれた。
あの頃から、三人はいつも俺を優先して守ろうとしてくれていた。
俺が小さくて頼りなかった頃も、変わらずそばにいてくれた。
今こうして長身の三人に囲まれていると、あの幼い日の温もりが重なる気がした。
昨日までの落ち込みが、嘘のように遠く感じられた。
この甘い日常が、俺の心をゆっくりと、確実に変え始めていた。




