第7話 朝の重みと温もり
まどろみの中から、ゆっくりと意識が浮上していく。
体が妙に重たい。
まるで大きな布団を何枚も重ねられたような、心地よい圧迫感。
温かくて、柔らかくて、どこか甘い香りがする。
……そうだ、昨日は久しぶりに白峰家にお邪魔して泊まったんだっけ。
あれ?
どうして最近疎遠になっていた白峰家に……。
ぼんやりとした頭で考えを巡らせていると、記憶が一気に蘇ってきた。
ああ、思い出した。
俺、フラれたんだ。
凪沙に、ただのサイフだったと笑いながら捨てられた。
それで三姉妹に慰められて、わちゃわちゃして、いつの間にか胸の奥にあった重い塊が溶けて悲しい気持ちがなくなっていた。
不思議と、体の中の淀んだ気持ちが綺麗さっぱり無くなっていることに気がついた。
彼女は、俺を利用していただけだった。
それは、あの時見た、人を嘲笑することに全振りしたような歪んだ笑顔を見れば、本心であることが分かってしまう。
そう考えると、あれだけ好きだった凪沙に対する未練が、驚くほど微塵の欠片も残っていない。
「あいつらには感謝だな……って、重い! そして苦しい!」
俺が小さく呟いた瞬間、現実が一気に襲ってきた。
葵が私の頭に寄り添うように体を預け、
澪が左腕をしっかりと掻き抱き、
雛が腰にしがみつくように絡みついて、グウグウと寝息を立てている。
三人とも194cmの長身が、俺の小さな体を完全に覆い尽くしていた。
柔らかくて重くて、温かい。
息をするのも少し苦しいくらいの圧迫感に、胸がドキドキと高鳴る。
「うーん♡」
葵が寝ぼけながら小さく甘い声を上げ、俺の頭をさらに胸の方へ引き寄せてきた。
柔らかい膨らみが顔にぎゅっと押しつけられ、甘い蜂蜜のような香りが鼻腔を満たす。
「ぶほっ……ふぉ、ふぉいっ、あふぉいっ(葵!)、くるひいっ……!」
息が詰まって声にならない。
顔が完全に葵の胸の谷間に埋もれ、柔肉が両側から圧迫してくる。
温かくて、弾力があって、逃げ場がない。
俺は必死に体をよじろうとしたが、
左腕は澪にがっちり固定され、
腰は雛に強く抱きつかれていて、ほとんど動けない。
両腕は葵と澪が乗っかって動かすことができなかった。
既に痺れて感覚がない。
(やばい……朝からこれかよ……!息ができない……でも、なんだか……すごく心地いい……二つの意味で気持ち良くなってきた)
心の中で叫びながらも、どこか心地よさを感じてしまう自分がいて、余計に混乱した。
三姉妹の寝息が、規則正しく俺の体を包み込んでいる。
この重さと温もりが、昨日の悲しみを全部溶かしてくれたような気がした。
でも、正直……今すぐ息がしたい。
あ、お花畑が……。
「ん……ゆーま?」
澪が少し目を覚ましたのか、低い声で俺の名前を呼んだ。
同時に、葵の胸がさらに強く押しつけられ、
雛が「えへへ……悠真……」と寝言を言いながら腰に力を込めてきた。
(うっ、ひ、雛っ、それ、そこで身をよじるのはマズいざますっ!)
寝ぼけて身をよじる雛のおっぱいの谷間に、我が利かん坊が暴れん坊将軍していた。
柔らかくて温かくて、パジャマ越しに感触が伝わってくる。
(ノ、ノーブラかよっ)
俺の朝は、予想以上に甘く、そして苦しかった。
「おはよう、悠真くん♡」
葵の柔らかくて甘い声が、耳元で響いた。
同時に、彼女の胸がさらに強く俺の顔に押しつけられた。
パジャマのボタンが一つ外れ、はだけた胸元から、柔らかい膨らみの頂がほんの少しだけ覗きそうになる。
「ふもっ、ぶもふぅ……!(葵っ、見え、見えちゃう、見えちゃうからしまって!)」
俺は必死に声を絞り出したが、顔が完全に胸の谷間に埋もれているせいで、言葉がくぐもってほとんど意味をなさない。
息ができない。
心臓が爆発しそうなほど鳴り響き、顔が熱くて溶けそうだった。
羞恥と動揺が一気に頂点に達し、頭の中が真っ白になる。
「うふふふ、どこ見てるの?」
葵が寝ぼけ眼のまま、くすくすと優しく笑った。
その笑顔が、朝の柔らかい光の中であまりにも優しくて、俺の胸をさらにかき乱す。
「ミルクは出ないけど、吸ってみる?」
その言葉に、俺の体がびくんと跳ねた。ついでに別のところも跳ねた。
(吸うって……何を言ってるんだよ葵……!
朝からそんなこと……!)
パニックで体をよじろうとするが、三姉妹の密着によって逃げられない。
葵の柔らかい胸が顔を覆い、甘い香りと温もりが俺を完全に包み込む。
息が苦しい。
でも、その苦しさの中に、どこか甘い痺れのような感覚が混じっていて、
余計に混乱した。
あ、ヤバい……本当に段々気持ち良い感じになってきた。
呼吸が止まる……。
「ん……ゆーま、おはよう」
澪が低く寝ぼけた声で俺の名前を呼びながら、左腕をさらに強く抱きしめてきた。
なんとか隙間を見つけ、慌てて息を吸うと、葵がくすぐったそうに身をよじった。
「あん♡ 悠真くん、くすぐったいよぉ♡」
「ぶはっ、はぁ、はぁ、息が、苦しい」
「えへへ……悠真、おはよー……」
雛もまだ夢うつつで、腰に顔を埋めたまま甘えるように体を擦りつけてくる。
三方向から194cmの長身と柔らかい体温に囲まれ、
俺は朝のベッドの中で完全に身動きが取れなくなっていた。
顔が真っ赤になり、息が荒くなる。
昨日のフラれたショックなど、完全に吹き飛んでいた。
代わりに、今はただただ三姉妹の甘い圧迫感に飲み込まれている。
「葵……ちょっと、息が……!」
ようやくくぐもった声で訴えると、葵が優しく微笑みながら、
少しだけ胸を緩めてくれた。
「ふふっ、ごめんね。
悠真くんが可愛いから、つい……」
その言葉に、俺の心臓がさらに激しく鳴った。
この朝は、まだ始まったばかりだった。
モーニングスタンドアップがバレるのだけは、必死に回避したのであった。
◇◇◇
ようやく三姉妹が体を起こしてくれたおかげで、俺はなんとかベッドから脱出することができた。
顔がまだ熱く、胸の鼓動が収まらない。
少しして、リビングのテーブルには葵が準備した朝食が並んでいた。
ふわふわのオムレツ、焼きたてのトースト、サラダ、そして温かいスープ。
シンプルだけど、丁寧に作られた朝ごはんのいい匂いが部屋中に広がっている。
俺が席に着くと、すぐに三姉妹が俺の周りを囲むように座った。
「悠真くん、できたてだよ。たくさん食べてね」
葵が優しい笑顔でオムレツを俺の皿に取り分けてくれる。
「えへへ~! 悠真、今日もいっぱい食べて元気出してね!」
雛が隣に座るなり、すぐに俺の腕に絡みついてきた。
まだ少し寝ぼけ眼のまま、甘えた声で言う。
「悠真~、朝ごはん食べ終わったらまた二度寝しようよー。
雛、まだ眠いもん……」
「雛、邪魔」
澪が無表情のまま、雛の襟首を後ろから軽く掴んで引き離した。
「うにゃっ! 澪のいじわるー! 悠真とくっついていたかったのに!」
雛が頰を膨らませて抗議するが、澪は淡々とスープを一口飲んでから言った。
「……朝からくっつきすぎ。
ゆーまが食べにくい」
葵がくすくすと笑いながら、俺の分のお茶を注いでくれた。
「ふふっ、二人とも悠真くんを独り占めしようとしすぎだよ。
今日はみんなで仲良く食べようね……ね?」
俺はフォークを手に取りながら、なんだか居心地の悪い心地よさを感じていた。
三人の長身に囲まれると、テーブルが狭く感じられて息苦しいのに、
その温もりが不思議と安心する。
「ありがとう……みんな」
俺が小さく言うと、葵の目が優しく細められた。
「悠真くんが元気になってくれて嬉しいよ。
昨日は本当に辛かったよね……」
雛がすぐに身を乗り出して、明るい声で言った。
「そうだよ! 悠真を泣かせたあの女、許せない!
でも今は雛たちがいるから、もう大丈夫だよね?
ほら、もっとオムレツ食べる? あーんしてあげよっか?」
「またあーんか……」
俺が苦笑いすると、澪が静かにフォークを置いた。
「……ゆーまは自分で食べられる。
雛はいつも勢いがありすぎて、ものをこぼす。お行儀悪い」
「えー! 澪こそ無表情でじーっと見てるから、悠真が緊張してるんだよ!」
「…………うるさい」
二人が軽く睨み合い始めたので、葵が柔らかく仲裁に入った。
「はいはい、二人とも。
悠真くんが困ってるよ。
今日は特別に、みんなで悠真くんの好きなものを作ったんだから、仲良く食べよう?」
俺はオムレツを一口食べながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
昨日まであんなに落ち込んでいたのに、
今は三姉妹のわちゃわちゃした朝食に囲まれて、
まるで普通の日常が戻ってきたような気がしていた。
でも、その「普通」が、
三人分の大きな体と甘い視線に囲まれた、特別な日常であることに気づいていた。
「みんな……本当にありがとう」
俺が素直に言うと、三姉妹が同時に俺を見て、優しい笑顔を浮かべた。
この朝は、まだ始まったばかりだった。




