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恋人に浮気されて意気消沈した俺はお隣に住むデカすぎる美人三姉妹に死ぬほど溺愛される  作者: かくろう
第3部

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第72話 穏やかな日々と、贖罪の決意

【胡桃視点】


私は早朝の薄明かりの中で目を覚ました。


部屋はまだ静かで、窓の外から聞こえる鳥の声だけが、かすかに響いていた。

外に出るのは怖い。

だから、私は毎朝のように、布団を静かに畳んで立ち上がった。


台所へ向かい、昨夜の食器を洗い始める。

スポンジを手に持ち、水の音を立てないように慎重に動かした。

料理は不得意だったから、代わりに掃除や洗濯を中心に手伝うことにしていた。


洗濯機の蓋を開け、溜まった服を丁寧に分類していく。

お姉さんのシャツやタオルを見ると、胸の奥が少し疼いた。

彼女は昼間と夕方に分けて二つの仕事を掛け持ち、深夜に帰ってくる日々が続いている。

そんな大変な生活なのに、私のために部屋を空けてくれている。


申し訳なさが、毎朝のように胸に重くのしかかる。


掃除機をかけるときは、音が響かないよう弱モードにし、隅々まで丁寧に吸い取った。

床の埃を払い、テーブルの上を拭く。

小さな動作一つ一つに、彼女への感謝と、自分がここにいることへの罪悪感が混じっていた。


お姉さんは何も言わない。

私が勝手に家事を始めても、ただ静かに受け入れてくれる。

それが、逆に私の心を締め付けた。


朝の光が部屋に満ち始めた頃、洗濯物を干し終えた私は、ソファに腰を下ろした。

外の世界はまだ遠く、ドアの向こうに何があるのかと思うだけで、息が苦しくなる。


ここにいる限りは安全だ。


私は目を閉じ、静かに息を整えた。

この数日、浮子さんのアパートで過ごす時間は、私にとって唯一の安らぎだった。

古びた木造の1Kの部屋は狭く、壁紙もところどころ剥がれかけていたが、彼女の存在がすべてを柔らかく包み込んでくれる。


少しして、寝室の方から小さな物音が聞こえた。


「おはよう、胡桃ちゃん」


浮子さんが眠そうな声で部屋から出てきた。

黒髪が少し乱れ、柔らかい表情が朝の光に溶け込んでいる。


「おはようございます、浮子さん」


私は立ち上がり、準備しておいたお茶を差し出した。


彼女は凪島(なぎしま)浮子(うきこ)さんと言うらしい。


自分でも「珍しい名前でしょ?」と苦笑していた。


「ん~、はぁ。悪いわね。朝が弱くて。すぐに朝食準備するね」


「はい、すみません、料理できなくて……」


「気にしないで。誰にでも得意不得意はあるし、洗濯と掃除してくれて助かってるもの」


浮子さんは微笑みながら、キッチンへ向かった。

私はその背中を見つめながら、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


彼女は本当に優しい。

毎日、疲れた体で帰ってきても、私のことを気遣ってくれる。

私はただ、ここにいるだけで申し訳なくて、せめて掃除や洗濯で恩返しをしようと心がけていた。


朝食の準備をしながら、浮子さんがふと振り返った。


「胡桃ちゃん、今日もありがとう。

おかげで少し楽になったわ」


私は顔を上げ、控えめに答えた。


「そんな……私の方が、ずっとお世話になっています。

本当に、申し訳ないです」


浮子さんはお茶を一口飲み、優しく目を細めた。


「ここにいてくれるだけで、心強いよ。

一人でいるより、誰かがいるってだけで、部屋が明るくなる気がするの」


狭いキッチンで、二人は並んで簡単な朝食を準備した。

浮子さんがトーストを焼き、私はサラダを盛り付ける。

言葉は少なくても、その時間がとても穏やかだった。


食事を終えた後、浮子さんはコートを羽織りながら言った。


こっちの地方はまだ寒い。半袖の制服しか持っていない私は、浮子さんの服を借りて過ごしていた。


「今日は少し遅くなるかもしれないけど、夕方には1度様子を見に帰るわ」


私は頷き、ドアまで見送った。


「行ってらっしゃいませ。

気をつけてください」


ドアが閉まった後、私は静かに部屋に戻った。


まだ外に出るのは怖い。

だから、今日も掃除と洗濯を丁寧に済ませ、彼女が帰ってきたときに少しでも楽ができるようにしておく。


狭い1Kの部屋の中で、私はそっと息を吐いた。


浮子さんは優しい。

毎日、疲れた体で帰ってきても、私のことを気遣ってくれる。

そんな彼女に、少しでも恩返しができているなら、それだけで良かった。


でも、心の奥では、悠真ちゃんの顔が浮かんで離れない。


私は窓の外の景色を眺めながら、静かに思った。


この温かい日々が、いつまで続くのだろう。


◇◇◇


【凪沙視点】


私は深夜のアパートのドアを静かに開けた。


疲れが体に染みついていて、肩が重く、足取りも鈍い。

今日も朝から夕方までのシフトをこなし、夜のアルバイトを終えて帰ってきた。

鍵を回す音が、静かな廊下に小さく響いた。


部屋の中は、予想通り明かりが落ちていた。

ただ、洗濯物の良い匂いと、床が丁寧に拭かれた清潔感が、ふわりと漂ってくる。

胡桃ちゃんが、また家事を済ませてくれていたようだ。


私は靴を脱ぎ、そっと部屋に入った。

ソファの近くに置かれた小さなメモが目に入る。

「今日もお疲れ様です。少しでも休んでください」と、丁寧な字で書かれていた。


胸の奥が、じんわりと熱くなった。


胡桃ちゃんは私の事情を何も聞かない。

私が彼女の事情を聞かないのと同じように、ただ静かに一緒に過ごしてくれている。

それが、彼女の優しさであり、恐らくは自分の痛みを隠すための方法でもあるのだろう。


私はキッチンに立ち、冷蔵庫を開けた。

胡桃ちゃんが作ってくれた簡単なサンドイッチが、ラップに包まれて置かれていた。

私はそれを手に取り、ソファに腰を下ろした。

一口かじると、柔らかいパンと新鮮な具材の味が、疲れた体に染み渡る。

彼女は料理が苦手だと言っていたが、こうして毎日、少しずつ私の負担を減らそうとしてくれている。


私はサンドイッチを食べながら、静かに息を吐いた。


この数日、胡桃ちゃんは外に出ることを怖がっている。

それでも、部屋の中を綺麗に保ち、洗濯物を畳み、私が帰る頃には温かいお茶を用意してくれている。

そんな彼女の気遣いが、胸に染みる。


私は食べ終えた皿をシンクに置き、自分の布団へ向かった。

胡桃ちゃんはすでに布団の中で静かに眠っていた。

小さな体を丸め、穏やかな寝息を立てている。

その寝顔を見ていると、彼女が抱えている重い事情が、改めて胸に迫ってくる。


私は自分の布団に横になり、天井を見つめた。


彼女の事情に首を突っ込まないと決めた。

私自身も、過去を誰かに話す勇気がないからだ。

それでも、この部屋で一緒に過ごす時間は、私にとっても、静かな救いになっていた。


胡桃ちゃん……

あなたが少しでも安心できる場所でいられるように、私はただ、ここにいる。


部屋の外で、遠くの車の音が小さく響いていた。



薄暗い部屋の中でスマホを手に取っていた。

ここ数日、彼女は自分の身の上を、少しずつ話してくれるようになった。

詳しい名前は出さなかったし、私も聞かなかった。

それでも、話の端々に浮かぶ「大切な人」の存在が、徐々に形を帯びてきた。


その「大切な人」は、優しくて、守ってくれる存在だったらしい。

胡桃ちゃんの声が、話すたびに柔らかくなる。

私はそれを聞きながら、胸の奥で静かな確信を抱き始めていた。


……きっと、あの人だ。


悠真。


やっぱり、あの最初の番、彼女が寝言で口にした「悠真ちゃん」という言葉は、聞き間違いじゃなかった。


私は咄嗟に自分の名前を偽った。


私は以前のスマホを手放し、連絡先をすべて変えた。

でも、悠真の番号だけは、別のメモに残してあった。

ブロックされている以前のアドレスは使えない。

名乗れば、きっと警戒される。

拒否されるかもしれない。

それでも、私は連絡を取らなければならない。


胡桃ちゃんは今、誰かの影に怯えながら、この部屋で静かに過ごしている。

彼女の笑顔は少しずつ明るさを取り戻しつつあるが、夜になると、ふと遠い目をする。

私はその姿を見て、胸が痛んだ。


私は自分の過去を思い出した。

悠真を傷つけたこと。

利用して、捨てて、後悔したこと。

あの時の自分を、少しでも贖いたいという気持ちが、日に日に強くなっていた。


胡桃ちゃんを助ける。

それが、私にできる唯一の方法かもしれない。


私は深く息を吸い、保存してあった悠真の番号を、別のアドレスから送信する準備をした。

名乗らない。

ただ、胡桃ちゃんの居場所を伝えるだけ。

それで十分だ。


指が画面に触れた瞬間、心臓が少し速くなった。


「これで……少しでも、償いになるといい」


私は短いメッセージを打ち、送信ボタンを押した。


画面が送信完了を示すと、私はスマホを膝の上に置いた。


外は静かだった。

胡桃ちゃんは隣の部屋で、穏やかな寝息を立てている。

私はその音を聞きながら、静かに目を閉じた。


悠真……

あなたなら、きっと動いてくれる。


私はただ、そう信じて待つしかなかった。

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