第65話 黒峰からの圧力と父親への相談
次の日の放課後、胡桃ちゃんの様子がおかしかった。
いつも明るい笑顔が少し強張っていて、俺が声をかけても反応が遅い。
「胡桃ちゃん、どうした?」
俺が廊下でそっと聞くと、彼女は周囲を気にするように小さく首を振った。
「……なんでもないよ。ただ、ちょっと疲れてるだけ」
でも、その目は明らかに何かを隠していた。
その夜、胡桃ちゃんから珍しくLINEが来た。
【悠真ちゃん、明日少し時間ある?
話したいことがあるの】
指定されたのは、学校から少し離れた小さな公園だった。
翌日、俺が公園のベンチに着くと、胡桃ちゃんはすでに来ていて、膝を抱えるように座っていた。
ピンクの髪が風に揺れ、いつもより小さく見えた。
「悠真ちゃん……来てくれてありがとう」
彼女は少し迷った後、ぽつぽつと話し始めた。
「お父さんから、また連絡が来たの。
黒峰の御曹司との顔合わせを、絶対に断れないって……
断ったら、桃峰家の会社が危なくなるって脅されて……」
胡桃ちゃんの声が震える。
「私……本当に嫌なの。
好きでもない人と結婚するなんて、絶対にイヤ。
でも、お父さんは私のことなんて、どうでもいいみたいで……
ただの道具みたいにしか見てくれない……」
彼女の瞳に、うっすらと涙が浮かんだ。
桃峰のおじさん、小さい頃はそんな酷い感じじゃなかった気がしたけど……当事者の胡桃ちゃんにとてはそうじゃなかったのか。
「小さい頃からずっと、お父さんの言うとおりに生きてきた。習い事も、勉強も、沢山頑張ってきた……でも、お父さんは胡桃のこと……私の事を褒めてくれた事は一度もない」
「胡桃ちゃん……」
「悠真ちゃん……、私、このままお父さんの言いなりの人生しか歩めないのかな……? お父さんにとって、私は道具でしかない。家の繁栄のため……あの人はそれしか言わないの」
親の考えを変えるのは、容易なことではないはずだ。
俺に何ができる……?
彼女の為に、俺は何をしてやれるのだろうか。
「悠真ちゃんに、こんな話してごめんね。
ただ……誰かに話したくて……」
俺は胸が苦しくなるのを感じながら、静かに言った。
「胡桃ちゃん……一人で抱えなくていい。
俺がいる。三姉妹も、きっと協力してくれる。
少しずつでいいから、話してくれ」
胡桃ちゃんは小さく頷きながら、しかし寂しそうに微笑んだ。
「……ありがとう。
でも、黒峰の人は本気みたい。
もう、時間がないのかもしれない……」
公園の風が冷たく感じられた。
楽しい日常の裏側で、胡桃ちゃんの影は静かに、しかし確実に濃くなっていた。
◇◇◇
放課後、俺は少し早めに学校を出て、高見沢グループの本社ビルに向かった。
胡桃ちゃんから聞いた話が気になって仕方なかった。
黒峰側からの顔合わせ要請は、日に日に強くなっているらしい。
もう「来週までに返事を出せ」という段階まで来ていると聞いた。
父さんに進展を聞くつもりだった。
受付で亮子さんに挨拶をすると、いつものように抱きつかれそうになったが、なんとかかわして社長室の前まで案内してもらった。
ドアをノックすると、中から父さんの快活な声が聞こえた。
「入っていいぞ、悠真!」
部屋に入ると、父さんはデスクで書類を広げながら、にこにこと笑顔で俺を迎えた。
「おお、珍しいな。学校帰りにわざわざ来てくれるなんて。
どうした? 何か困ったことでもあったか?」
俺はまっすぐに父さんの顔を見て、単刀直入に聞いた。
「桃峰のおじさんと話は付いたのか?
胡桃ちゃんの結婚話……黒峰グループとの件、どうなってる?」
父さんは少し表情を緩め、椅子に深く背を預けた。
「率直に言うと……まだ完全に解決とはいかないな。
桃峰のおじさんとは昨日も電話で話した。
あちらもかなり追い詰められているようだ。
黒峰側は『胡桃を早く寄越せ』とかなり強硬に迫ってきているらしい」
父さんはため息を一つ吐き、続けた。
「ただ、桃峰家の財務状況が思ったより危うい。
粉飾の疑いが濃厚で、黒峰側もそれを材料に脅している可能性が高い。
うちの調査チームに調べさせているが、決定的な証拠を掴むにはもう少し時間がかかる」
俺は唇を強く結んだ。
「胡桃ちゃん……もう限界みたいだ。
毎日プレッシャーをかけられて、顔色が悪い。
俺、何かできないか?」
父さんは俺の顔をじっと見てから、ゆっくりと頷いた。
「悠真、お前はもう立派に自分の判断で動ける年齢だ。
ただ、黒峰グループはただの企業じゃない。
表向きは綺麗だが、裏でかなり強引な手を打ってくる連中だ。
お前一人で突っ走るのは危険だぞ」
そこで父さんは少し声を落とした。
「ただ……お前が本気で胡桃ちゃんを守りたいと言うなら、
父さんも全力でバックアップする。
桃峰のおじさんには、もう一度直接話してみる。
お前は三姉妹と一緒に、胡桃ちゃんの精神的な支えになってやってくれ」
俺は深く頭を下げた。
「ありがとう、父さん。
俺、絶対に胡桃ちゃんを放っておけない」
父さんは満足げに笑い、俺の肩を軽く叩いた。
「いい顔をしている。
お前がそんな顔をするようになったのは、三姉妹のおかげでもあるんだろうな。
……まあ、黒峰の連中を本気で怒らせたら、なかなか厄介だぞ。覚悟しておけ」
社長室を出た後、俺は胸の奥に重いものを感じながら歩き出した。
黒峰からの圧力は、想像以上に強くなっている。
胡桃ちゃんの笑顔が、最近どんどん無理をしているように見える。
三姉妹にも、早くこの状況を伝えなければ。




