第64話 懐かしの時間と迫る時間
朝の白峰家は、今日も完全に制御不能だった。
「悠真くん、もう一口! ほら、あーん♡」
葵がメイド服のスカートをふわりと翻しながら、フォークに刺したスクランブルエッグを俺の口元に差し出してくる。
蜂蜜色のゆるふわロングヘアが俺の頭の上に落ちてきて、視界がふわっと甘い香りに包まれる。
俺は今、雛の膝の上に子供のように座らされていた。
「えへへー! 次は雛の番だよー! 特製フルーツヨーグルト、あーんしてー!」
雛が俺の腰を両手でしっかり抱きかかえ、元気いっぱいにスプーンを振り回す。
194cmの大きな体に、俺の158cmはまるで子供扱いされている気分だ。
「雛、ちょっと待て! 自分で食べられるから!」
「だめー! 今日は1日中ご主人様をお世話する日なんだもん!
ほら、もっと寄りかかって!」
雛が笑いながら俺を自分の胸にぎゅっと引き寄せてくる。
柔らかくて温かい感触が背中全体に広がり、逃げ場が完全にない。
左側では澪が無言で俺の左手を自分の太ももに乗せ、静かにヨーグルトを口元に運んでくる。
「……ゆーま、食べる」
「澪まで! お前ら三人とも朝から何やってんだ!」
俺が必死に抵抗しようとすると、葵が優しく俺の頭を自分の胸に引き寄せた。
「ふふ、悠真くんが困ってる顔も可愛いなー……
今日は私たちに甘やかされる日ですから、素直になってね?」
三姉妹に囲まれ、俺は完全に高身長の肉の壁に閉じ込められていた。
雛の膝の上に座らされ、葵と澪に両側から寄り添われ、
三方向から柔らかくて温かい圧力が容赦なく襲ってくる。
「ぐえっ……息が……!」
「えへへ、悠真、顔真っ赤だよー! もっとぎゅーってしてあげる!」
雛が嬉しそうに俺を抱きしめ、大きく揺れる胸が俺の背中に押しつけられる。
葵が耳元で甘く囁く。
「悠真くん、今日は私たちのメイド服姿、しっかり堪能してね……」
澪は無言のまま俺の左手に指を絡め、静かに、でも確実に逃げられないように固定してきた。
「……ゆーま、逃げられない」
完全に包囲され、逃げ場のない朝だった。
結局、登校するまで三姉妹のメイド服甘やかし攻勢は止まらなかった。
俺は完全にヘロヘロになりながら、なんとか家を出た。
◇◇◇
朝のメイド服大騒ぎがようやく一段落した頃、雛が突然目をキラキラさせて立ち上がった。
「ねえねえ、いいこと思いついちゃった!
放課後、胡桃ちゃんを誘って一緒に悠真を甘やかしちゃおうよ!」
「は?」
俺が思わず声を上げると、雛は俺の膝の上で嬉しそうに体を弾ませた。
「だって胡桃ちゃん、最近ちょっと元気ないみたいじゃん!
昔みたいにみんなでわちゃわちゃしたら、きっと気分転換になるよ!
悠真も一緒に甘やかされれば一石二鳥でしょ?」
葵がくすくすと笑いながら、優しくフォローする。
「ふふ、雛ちゃんらしいアイデアね。
胡桃ちゃんも昔はよく一緒に遊んでいたもの。
友達として、楽しく過ごすのは悪くないわ」
澪は無言で少し考えた後、短く頷いた。
「……気分転換、いいかも」
三姉妹の提案に、俺は少し戸惑いつつも頷いた。
「まあ……胡桃ちゃんが嫌がらなければ、いいんじゃないか」
放課後。
校門の近くで胡桃ちゃんを待っていると、彼女は少し驚いた顔でやってきた。
「え、みんなで……?」
雛が元気いっぱいに胡桃ちゃんの手を取る。
「うん! 胡桃ちゃん、最近疲れてるみたいだったから、みんなで悠真を甘やかして遊ぼうよ!
昔みたいにわちゃわちゃしよう!」
胡桃ちゃんは一瞬びっくりした表情をしたが、すぐに柔らかい笑顔になった。
「……うん、ありがとう。
楽しそうだね」
その日は、白峰家で4人(+胡桃ちゃん)で賑やかな時間が流れた。
白峰家に着くと、すぐに大騒ぎが始まった。
雛が突然目をキラキラさせて立ち上がった。
「ねえねえ、いいこと思いついちゃった!
今から王様ゲームやろうよ! 胡桃ちゃんも一緒に!」
胡桃ちゃんが少し驚いた顔で「え、王様ゲーム?」と聞き返すと、雛は俺の膝から飛び降りて勢いよく割り箸を5本持ってきた。
「ルールは簡単! 1本だけ赤い印がついた『王様』と、1〜4の番号の割り箸を引くよ!
『王様だーれだ!』って言ったら王様が名乗り出て、番号を指定して命令するの!
絶対に従うんだからね!」
葵がくすくす笑いながらエプロンを直す。
「ふふ、雛ちゃんらしいわね。
でも、命令はほどほどにね?」
澪は無言で割り箸をシャッフルし、5本を手に隠して全員に差し出した。
胡桃ちゃんは少し緊張した様子だったが、雛に「一緒にやろうよ!」と手を引かれて、笑顔で割り箸を1本引いた。
全員が割り箸を握った瞬間、雛が大きく声を張り上げた。
「王様だーれだー!」
5人が一斉に割り箸を掲げる。
赤い印がついていたのは——
「わーい! 王様は雛だー!」
雛が飛び跳ねて大喜びする。
「じゃあ命令! 2番と4番は、悠真の両頰に同時にキスして!」
2番は葵、4番は胡桃ちゃんだった。
葵が優しく微笑みながら俺の右頰に近づき、胡桃ちゃんは少し照れながら左頰に顔を寄せてくる。
「え、ちょ、ちょっと待って——」
王様ゲームってこういうのだっけ?
何故か俺だけ指名で命令が下っている。
「ん……ちゅっ♡」
「…………ちゅっ……えへへ、なんか子供の頃みたい」
左右から柔らかい唇が同時に触れてきて、俺の頭が一瞬真っ白になった。
雛が大はしゃぎで手を叩く。
「やったー! かわいいー!」
次は澪が王様になった。
「……3番は、王様の膝の上に座って、頭を撫でさせる」
3番は俺だった。
澪が無言で椅子に座り、俺を自分の膝の上に引き寄せる。
194cmの長身に158cmの俺は、まるで子供のようにすっぽり収まってしまった。
澪の大きな手が俺の頭を優しく撫で始める。
「……いい子」
「澪、恥ずかしいって!」
葵が王様になった時は、もっと大胆だった。
「4番と1番は、悠真くんを挟んでハグして、30秒間離れないで」
1番は胡桃ちゃん、4番は雛だった。
また俺が指名で入った。胡桃ちゃんは真っ赤になりながらも、三姉妹に促されて徐々にスキンシップが多くなってきた。
二人が左右から俺を抱きしめ、柔らかい感触が同時に押し寄せてくる。
胡桃ちゃんは耳まで真っ赤になりながらも、ぎゅっと力を込めてきた。
「悠真ちゃん……温かい……」
雛は元気いっぱいに俺の胸に顔を埋める。
「えへへ、悠真、ぎゅー!」
30秒が異様に長く感じられた。
ゲームはどんどんエスカレートし、部屋中が笑い声と悲鳴で溢れた。
王様になった胡桃ちゃんが照れながら出した命令は、
「2番は悠真ちゃんの膝の上に乗って、30秒間『大好き』って囁く」
2番は葵だった。
葵は優雅に俺の膝の上に跨るように座り、耳元で甘く囁き続ける。
「悠真くん……大好き……大好きよ……」
俺は顔を真っ赤にして耐えるしかなかった。
色々と柔らかくて、理性がキツかった。
ゲームは大盛り上がりで、みんな汗だくになりながら笑い転げていた。
胡桃ちゃんも最初は遠慮がちだったが、最後には雛と同じくらいはしゃいでいた。
「楽しかった……本当に、ありがとう」
胡桃ちゃんの笑顔は、久しぶりに心から明るく見えた。
◇◇◇
ゲーム大会が一段落して、次はお菓子作りとなった。
「ふふ、悠真くん、頑張ってね。
ほら、胡桃ちゃんも一緒にやってみて?」
胡桃ちゃんは最初は少し遠慮していたが、雛に「一緒にやろうよ!」と手を引かれて、徐々に笑顔になっていった。
「えへへ、胡桃もやってみる!」
次はキッチンでのお菓子作りタイム。
葵がエプロンを着け、みんなに材料を配りながら指揮を執る。
「今日はクッキーとカップケーキを作りましょう!
悠真くんはここで生地を混ぜてね」
俺がボウルを持って混ぜ始めると、すぐに三姉妹が取り囲んできた。
雛が後ろから俺を抱きしめながら手を添えてくる。
「雛も混ぜるー! 一緒に混ぜよ!」
「雛、近い! 近いって!」
澪は無言で俺の左側に寄り添い、静かに生地を指ですくって俺の口に運んでくる。
「……味見」
葵が優しく微笑みながら、俺の頭を自分の胸に軽く寄せてきた。
「悠真くん、頑張ってる顔が可愛い……」
胡桃ちゃんは最初はキッチンの端で遠慮していたが、雛に「胡桃ちゃんも来て!」と引っ張られて、徐々に輪の中に入ってきた。
「わ、胡桃も混ぜていいの?」
「もちろん! 一緒に作ろうよ!」
胡桃ちゃんの表情が、だんだん柔らかくなっていくのが見えた。
最初は控えめだった笑顔が、雛の明るさに引っ張られて自然と大きくなっていく。
クッキーが焼き上がると、みんなで「できたー!」と大喜びし、
熱々のクッキーを頰張りながら笑い合う。
俺は三姉妹に囲まれ、膝の上に座らされたり、頭を撫でられたりしながら、
胡桃ちゃんが少しずつ肩の力を抜いているのを見て、胸の奥がほっとした。
この日は本当に、久しぶりにみんなで大はしゃぎした。
胡桃ちゃんも、最後には「楽しかった……」と素直に笑顔を見せてくれた。
俺は相変わらず三姉妹に甘やかされながら、胡桃ちゃんが少しだけ肩の力を抜いているのを見て、ほっとした。
でも、その賑やかな時間の裏で——
胡桃ちゃんのスマホには、何か不穏なメッセージが届いていたのだった。




