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恋人に浮気されて意気消沈した俺はお隣に住むデカすぎる美人三姉妹に死ぬほど溺愛される  作者: かくろう
第2部

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第56話 逃げ出す者と踏み出す者

【朝倉瑛斗 視点】


夜風が冷たく頰を切り裂く中、俺は路地を抜けて駅の方へ向かっていた。


スーツケースのキャスターがアスファルトを擦る音が、やけに大きく響く。


財布の中身はレジから掴み取った現金と、親父のカード。

合計で五十万ちょっと。

これでどれだけ持つか、正直分からない。



俺は路地を抜けて駅の近くにある24時間コンビニに滑り込んだ。


店内は明るく、店員が一人だけカウンターに座っている。


俺はキャッシュコーナーのATMに急ぎ、親父のカードを挿入した。


画面に表示されたキャッシング残高は98万円。


「チッ……一気に引き出せねえのかよ」


コンビニATMの制限で、1回あたりの上限は50万円だった。


俺は苛立ちを抑え、まず50万円を引き出した。


レシートを受け取り、もう一度同じ操作を繰り返す。

時間をおいて2回目に48万円を引き出すと、ようやく98万円が手元に揃った。


カードを抜き取り、俺は近くのゴミ箱にそれを押し込んだ。


「これで足は付かねえはずだ……」


現金をバッグに詰め込み、コンビニを出る。


外の冷たい夜風が、再び俺の頰を叩いた。


これで当分は逃げられる。


「クソ……なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけねえんだよ」


足を速めながら、俺は独り言を吐き捨てた。


頭の中はぐちゃぐちゃだった。


警察の任意同行の連絡。

凪沙の暴露記事。

バンドの崩壊。

親父の怒鳴り声。


全部、凪沙がちゃんと金を引っ張ってこなかったせいだ。

俺はただ、彼女を利用しただけ。

それが悪いか?


駅の近くまで来たところで、俺は足を止めた。


自動販売機の明かりの下で、スマホをもう一度確認する。


ニュースアプリのトップに載っていたのは、抽象的な見出しだった。


【地元高校で未成年飲酒・喫煙事件 関係者のLINEやり取りが流出】


記事本文には実名は出ていない。

しかし、内容は明らかに凪沙と俺のことを指していた。

「元カップルの男性生徒が女性生徒を脅迫」「動画の存在」といった記述が並んでいる。


俺は画面を強くスクロールした。


「ふざけんな……」


苛立ちが込み上げて、スマホを握る手に力が入る。


このままここにいたら、明日には本当に警察が来る。

任意同行なんて、結局逮捕されるための口実だ。


俺は深く息を吸い、決めた。


東京へ行く。


知り合いの家に転がり込めば、しばらくは隠れられる。

そこで新しいバンドでも組んで、やり直せばいい。


俺は切符売り場に向かいながら、口の中で呟いた。


「俺は悪くねえ……

全部、あの女と高見沢のせいだ。

俺はただ、運が悪かっただけだ」


夜の駅のホームは、意外と人が少なかった。


俺はスーツケースを足元に置き、電光掲示板を見つめた。


東京行きの最終便まで、あと20分。


この街を離れる瞬間、

俺は初めて、胸の奥に小さな棘のようなものを感じた。


でも、それを認める気はなかった。


電車がホームに入ってくる音が響いた。


俺はスーツケースを握りしめ、乗り込んだ。


逃亡の夜は、まだ始まったばかりだった。


◇◇◇


【凪沙 視点】


「それでは、よろしくお願いします」

「ええ、お任せください」


手紙とお金を預かってくれた木下登世子さんというメイドさんに頭を下げ、私はそのまま白峰家の門をくぐり抜けた。


朝の冷たい風が、頰を刺すように吹きつけてくる。


登世子さんは最後に、静かにこう言った。


「ぼっちゃまに、ちゃんと届きますよ。

……あなたも、頑張ってくださいね」


その言葉が、胸の奥に重く残っていた。


彼女は何も聞かなかった。その上で、多分私が何者か分かっていたようだった。


人生経験が違う……。そんな印象だった。

自分の腐った心が浄化されて、新しく前を向いて歩いて行ける勇気をもらえたような……。


そんな気がした。


私はもう一度高見沢家のお屋敷に向かって一礼をし、そのまま踵を返して歩き続けた。


家を出てから、もう二時間以上が経っていた。


駅に向かう道中、頭の中はぐるぐる回っていた。


これからどこに行くのか。

どこで働くのか。

お金はほとんどない。

家を出たときのためにと溜めていた200万円は、悠真に返した。


プレゼントしてくれた金額は優にその倍はあるだろう。


それらも全て返還しなければならない。


悠真から求められた訳じゃない。

完全に自己満足だし、かえって迷惑になるのも重々承知の上だ。


もう彼は日常の中で私なんかを思い出すことはないだろう。


お金の返還は、それすらも邪魔してしまう可能性がある。


それでも、そうせずにはいられなかった。

本当に……私はいつまで経っても自分勝手な女だ。


残ったわずかなお金で、どれだけやっていけるだろう。


実家はもう戻れない。

父の冷たい視線、母の失望した目、弟の蔑みの言葉……

あの家に二度と足を踏み入れる気はなかった。


父の言うとおり、何の力も持たない高校中退の女が、1人で生きていくには、世間は厳しいだろう。


不安と、恐怖と、焦燥感が心を支配する。


「はあ……」



私はベンチに腰を下ろし、スマホの画面を開いた。


求人アプリをスクロールする指が、少し震えていた。


「未経験OK」「即日勤務」「住み込み可」……


どれも現実的すぎて、胸が締め付けられる。


私はもう、清楚で可愛い女子高生の仮面を被ることはできない。

あの頃の自分は、もうどこにもいない。


「私は……今日から、変わるんだ」


声に出して自分に言い聞かせた。


言葉は小さく、風に溶けていった。


でも、その一言で、少しだけ背筋が伸びた気がした。


私はスマホをポケットにしまい、立ち上がった。


行き先は、まだ決めていない。

とりあえず、隣の街の安いビジネスホテルに一泊する。

そこで明日からの仕事を探す。


財布の中の残金は、ぎりぎり二週間分。


それでも、歩き出すしかなかった。


駅のホームで電車を待つ間、私は空を見上げた。


灰色の空が広がっている。


「悠真……」


名前を口の中で小さく呟いた。


もう二度と近づかないと決めた。

でも、心のどこかで、彼の笑顔がまだ疼いていた。


首元に隠したシルバーのリングを通したネックレスが、ジンワリと私に熱量と勇気を与えてくれる。


(ごめんなさい悠真……これだけは、持たせてください)


このリングが私に残された最後の希望。

私に再出発を決意させてくれた、浄化の証だから。


電車がホームに入ってきた。


私はスーツケースを握りしめ、乗り込んだ。


ドアが閉まる瞬間、

私は静かに、しかしはっきりと思った。


今日から、私は変わる。


過去の自分を、全部捨てて。


新しい場所で、

新しい自分として、生きていく。


電車が動き出し、

私のこれまでの人生が、ゆっくりと遠ざかっていった。


【第2部 了】


第2部、これにて終了。この2人のその後はちょっとずつ明かしていく予定です。

※後書き※

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