第49話 八幡坂の夕暮れと夜の函館山。そして定番イベント
香雪園を後にした俺たちは、ゆっくりと八幡坂へと向かった。
函館の坂道は緩やかで、両側に古い洋館や教会が点在している。
風が少し強くなり、秋の冷たさが肌を刺す。
葵が俺の左手を優しく握り、
雛が右腕にぎゅっと絡みつき、
澪が後ろから俺の腰に腕を回して歩く。
三姉妹に挟まれながら坂を上るのは、まるで風のトンネルの中を進んでいるようだった。
「風、強いね……」
俺が呟くと、葵が体を寄せてきた。
「大丈夫。
私がしっかり支えてあげるから……ね?」
彼女の豊かな胸が俺の左腕に柔らかく押しつけられ、歩くたびに優しく揺れる。
右側では雛が俺の腕を自分の胸の間に挟むように抱きしめ、元気よく笑った。
「えへへ、風が冷たいけど、悠真が温かいよ!
もっとくっついていい?」
後ろの澪は無言で俺の背中に体を密着させ、風が吹くたびに俺を覆うように腕の力を強めてくる。
「……ゆーま、寒くない?
私が温めてあげる……」
坂を上りきる頃には、夕陽が函館の街をオレンジに染めていた。
八幡坂の頂上から見下ろす景色は美しく、遠くに海が広がっている。
俺たちは坂の途中のベンチに腰を下ろし、4人で夕暮れを眺めた。
葵が俺の左肩に頭を預け、穏やかな声で言った。
「ここからの景色、悠真くんと一緒に見るの、すごく特別ね……」
雛が右側から俺の腕を抱きしめながら、興奮気味に体をくっつけてきた。
「わあ、すっごい! 悠真、ほら見て! 街がオレンジ色になってるよ!」
澪は俺の後ろから静かに抱きつき、背中に自分の体を預けながら、低く囁いた。
「……ゆーま、離れないで……」
三姉妹の体温が、冷たい風の中で俺を優しく包み込んでいた。
やがて空が暗くなり、函館山のロープウェイで山頂へ移動した。
夜の函館山の展望台に着くと、眼下に宝石を散らしたような夜景が広がっていた。
ベンチに座ると、三姉妹が自然に俺を囲んだ。
葵が俺の左側に寄り添い、優しく微笑んだ。
「夜景、綺麗……
悠真くんと一緒に見る夜景は、特別ね」
雛が右側から俺の腕を抱きしめ、元気いっぱいに体を密着させてきた。
「えへへ、すっごい! 星みたいに光ってる!」
澪は俺の後ろから静かに抱きつき、耳元で熱い息を吹きかけた。
「……ゆーま、寒くない?
私が温めてあげる……」
三姉妹の体重と柔らかい感触が、同時に俺を圧倒する。
夜景の灯りが、彼女たちの横顔を優しく照らしていた。
俺は三人の温もりに囲まれながら、静かに夜風を感じた。
この夜が、ずっと続けばいいのに——
そんな想いが、胸の奥に静かに広がっていった。
◇◇◇
旅館に到着した夜、男子部屋はまるで煮えたぎるような熱気と興奮に包まれていた。空気自体がビリビリと震えているかのようだった。
部屋に荷物を置き終えた直後、クラスの男子数人が俺の周りに殺到してきた。まるで獲物を囲むハイエナのように。
リーダー格の男子が、声を極限まで潜めながらも、瞳をギラギラと輝かせて興奮のあまり声を震わせながら言った。
「おい、高見沢! 露天風呂の女子側、めっちゃいい位置から覗けそうだぞ! 今すぐ行くぞ、一緒に来いよ! 絶対に一生の思い出になるって!」
他の男子たちも目を血走らせ、息を荒げながら何度も頷いている。
文字通り血迷ったか……。
「絶対バレねえって! 柵の隙間から、まるまる見えるらしいぜ! マジでヤバいって!」
「三姉妹の裸……! 絶対に見たいだろ!? お前だって心臓バクバクしてるはずだぜ!?」
俺は即座に、強く首を横に振った。胸の奥から本気の拒絶が湧き上がる。
「やめろよ、そんなバカなこと! バレたらマジで人生終了だぞ! 退学どころか、警察沙汰になるかもしれないんだからな!」
ラノベや少年漫画じゃ定番過ぎるイベントだが、現実に敢行すれば単なる犯罪行為だ。
ドキドキワクワクなんてイベントには絶対になり得ない。
あるのは【覗かれた女の子が傷つく】という結果だけが生まれるのみだ。
しかし男子たちは俺の言葉など完全に無視し、興奮の炎をさらに燃え上がらせて結束した。
「高見沢は来なくていいよ。お前は優等生だからな、綺麗な手は汚したくないってことだろ?」
「俺たちだけで行く! 最高の景色を独り占めだ!」
彼らは忍び足というより、獲物に忍び寄る獣のような足取りで部屋を出て行き、露天風呂の方へと猛ダッシュで向かっていった。
危険を本能的に感じ取った俺は、心臓が喉から飛び出しそうなほど動悸を打ちながら、すぐに部屋を飛び出した。
旅館の廊下を全力で駆け、女子部屋の近くまで来ると、声を必死に潜めて呼びかけた。声がわずかに震えていた。
「葵! 澪! 雛! ちょっと来てくれ! 急いで! 本当にヤバいんだ!」
すぐにドアが勢いよく開き、葵が心配そうな顔を覗かせた。
「悠真くん? どうしたの……? そんなに慌てて……!」
俺は息を切らしながら、早口で状況を説明した。声が上ずっていた。
「男子たちが露天風呂の女子側を覗こうとしてる! 今まさに柵を乗り越えようとしてるはずだ! 危ないから、早く止めてくれ! お願いだ!」
葵の表情が一瞬で引き締まり、凛々しい決意の色に変わった。瞳に強い光が宿る。
「わかった……! すぐに先生に連絡するわ!」
「雛、女子達を避難させてくれ」
「澪、万が一の為に柵側に立って迎撃準備を」
「ん、任せる。男子の顔面スパイクしてくる」
彼女は素早くスマホを取り出し、指が震えるほど急いで担任の先生に電話をかけた。
数分後、先生たちが怒涛の勢いで露天風呂の方へ向かう、慌ただしい足音が夜の旅館に響き渡った。
結局、男子生徒たちは露天風呂の柵を必死に乗り越えようとしている、まさにその瞬間を先生たちに発見された。
「何やってるんだお前たち!!」
先生の怒鳴り声が、夜の静けさをぶち破るように激しく響き渡った。怒りが天を衝くほどの声量だった。
男子たちはその場で容赦ない大目玉を食らい、罰として「夕食抜き+旅館の掃除」を命じられた。肩を落とし、がっくりと項垂れる姿が痛々しかった。
一方、俺は密告の功績を認められ、特別に女子部屋で夕食を一緒に食べることになった。
女子部屋の大広間に入った瞬間、俺は息を飲んだ。心臓が一瞬止まるかと思った。
そこは完全に「女子だけの甘く危険なハーレム王国」状態だった。
クラスメイトの女子たちが大勢いて、俺が一人で座っている周りを、三姉妹がまるで俺を守るように、または独占するように囲んでいる。
葵が俺の左側に優しく、でも熱を帯びた体を寄り添わせ、温かいお茶を注いでくれた。彼女の吐息が耳にかかり、甘い香りが俺を包む。
「悠真くん、よく知らせてくれたわね……。おかげでみんな無事だった……本当にありがとう……」
雛が右側から俺の腕にぎゅっと、まるで離したくないとでもいうように強く絡みつき、元気いっぱいに、でも頰を赤らめながら笑った。
「悠真、かっこよかったよ! 雛、悠真のことますます好きになっちゃった! もう胸がドキドキ止まらないよぉ!」
「たかが密告で大袈裟だよ」
澪は無言で俺の背後に座り、静かに、しかし熱い体温を伝えるように自分の体を俺の肩に預けてきた。彼女の声は小さく、甘く響く。
「……ゆーま、えらい。……大好き」
周りの女子たちが、羨望と嫉妬と甘いため息が入り混じった視線を俺に向けている。
「高見沢君、すごいね……羨ましい……」
「三姉妹に囲まれてるの、ほんと特別すぎるよね……私も混ざりたい……」
俺は三姉妹に完全に囲まれながら、静かに箸を動かした。
この状況は、間違いなく極上の「ハーレム王国」だった。
でも、俺の胸の奥には、これからこの甘く危険な関係がどうなっていくのか、という小さな、しかし確かなざわめきと高鳴りが、同時に渦巻いていた。




