第4話 あーん♡の泥仕合
お風呂から上がった頃には、俺の顔はまだ熱かった。
三姉妹に囲まれて体を洗われた記憶が、頭の中で何度も繰り返される。
スクール水着姿の彼女たちの胸が大きく揺れる様子や、温かく大きな手に体を優しく撫でられる感触が、鮮明にフラッシュバックしてくる。
心臓がまだドキドキと鳴り止まず、頰が熱くてたまらない。
「悠真~、早くおいでー! ご飯できたよ!」
リビングから雛の元気いっぱいの声が飛んできた。
俺はまだ少し足がふらつきながら、着替えたばかりの部屋着のままリビングへ向かった。
胸の奥がざわついて、うまく息ができない。
テーブルには、湯気の立つ特製カレーが大皿で置かれていた。
ルーは濃厚で、具材がたっぷり入っているのが一目でわかる。
「雛が今日は気合い入れて作ったんだよ。悠真くんのために特製カレーだよー!」
雛がエプロン姿で胸を張りながら、目を輝かせて言った。
葵が優しく微笑みながら、スプーンを並べていく。
「温かいうちに食べようね。
悠真くん、今日はたくさん食べて、元気を出して……ね?」
澪は無表情のまま椅子に座り、すでにフォークを手に持っていた。
「……早く」
俺が席に着くと、三姉妹が自然と俺の周りを囲むように座った。
194cmの長身が三人並ぶと、テーブルが急に小さく感じられ、息苦しさすら覚えた。
一口食べた瞬間、俺は目を丸くした。
「……うまい。本当に美味しい」
スパイシーだけどまろやかで、野菜の甘みがしっかり出ている。
肉も柔らかくて、ご飯に絡みつく感じが最高だった。
雛の奴……昔は卵焼きを丸焦げにしてたくらいなのに、いつの間にか料理がこんなに上手くなってるんだろう。
「えへへ~! どう? どう? 悠真、美味しい?」
雛が身を乗り出して、期待いっぱいの目で聞いてくる。
「うん、すごく美味しい……」
俺が素直に答えると、三姉妹の顔が一斉に明るくなった。
すると葵がスプーンにカレーをすくい、にこやかに俺の口元に差し出してきた。
「あーん♡ 悠真くん、もっと食べて」
「え、わ、ちょっと……!」
俺が慌てた瞬間、雛が横からスプーンを勢いよく突き出してきた。
「だめだよ葵ちゃん! 雛が先に悠真にあーんしてあげるって決めてたもん!
ほら悠真、あーん♡」
今度は澪が、無言で自分のスプーンを俺の口元に近づけてきた。
「……私の番」
三人のスプーンが同時に俺の顔の前に並んだ瞬間、俺の心臓が激しく跳ね上がった。
羞恥と動揺が一気に爆発し、頭が真っ白になる。
葵が柔らかい笑顔のまま、しかし少しだけ声を低くして言った。
「雛ちゃん、勢いがありすぎて悠真くんがびっくりしてるよ?
もう少し落ち着いてあげないと」
雛が頰をぷくっと膨らませて、すぐに反撃した。
「葵ちゃんこそいつも優しい顔してるけど、実は一番ずるいんだよ!
『ね?』って甘い声で最後の一言を付けるの、反則だもん!」
「……二人とも、うるさい」
澪が低い声で割って入った。
「いつも散らかってる雛が、今日は珍しく料理したからって調子に乗ってる。
部屋の片付けもできないくせに」
雛が目を三角にして澪を睨み返した。
「澪こそ! いつも無表情でクールぶってるけど、悠真のことになると一番動揺してるくせに!
さっきお風呂でも顔赤くなってたじゃん! 『ん……』って小さな声出してたよ!」
「…………うるさい」
澪の無表情がわずかに崩れ、耳の先が赤くなった。
葵がくすくす笑いながら、さらに追い打ちをかける。
「ふふっ、澪ちゃんは言葉が少ないからって、実は一番我慢してるタイプだよね。
我慢しすぎて後で爆発するから、悠真くんが困るのよ」
「葵ちゃんが一番我慢してない! いつも『~ね?』って甘やかして、悠真を自分のペースに持ってこうとするんだもん!」
三人の声がどんどん大きくなり、スプーンがぶつかり合ってカレーのルーが少し飛び散った。
俺はただ呆然と三人を見つめていた。
胸がざわつき、顔が熱くて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
三姉妹の大きな体に囲まれ、甘い匂いと温もりに包まれながら、
凪沙にフラれたはずの落ち込みなど、すっかりどこかに吹き飛んでしまっていた。
「三人とも……俺、自分で食べられるから……」
俺が小さく言うと、三姉妹は一瞬だけ動きを止めた。
しかしすぐに、
「「「悠真くん(ゆーま・悠真)は黙ってて!」」」
三人の声がぴったり重なった。
葵が優しい顔のまま、
雛が元気いっぱいに、
澪が無表情で少し頰を赤らめながら、
それぞれ俺の口元にスプーンを近づけてくる。
(こういう所は三つ子なんだよな……)
そう、彼女達は全員が同学年であり、生まれた日にちもまったく同じ。
それでいて髪の色はそれぞれ違う。
長女の葵が蜂蜜色ゆるふわロング。
次女の澪が黒髪ストレートロングヘア。
三女の雛がブラウンのセミロング。
これで地毛なのである。
こいつらの遺伝子はどうなってるんだろうか。
遺伝子学的にも非常に珍しいケースらしく、研究対象になるくらいだ。
髪の毛のサンプルを取られたとか聞いたことがある。
結局、その後も三姉妹の「あーん争い」はしばらく続いた。
カレーが飛び散りそうになるたび、俺は必死に体をよじって回避した。
羞恥と混乱で胸が苦しくて、息をするのもままならない。
夕食が終わった頃には、俺の胃はパンパンになっていた。
「ふう……もう食べられない……」
俺が椅子に深くもたれかかると、葵が優しく微笑んだ。
「よく食べたね。ごちそうさま」
雛が勢いよく立ち上がり、エプロンを外しながら言った。
「じゃあ次は寝る時間だよー!
今日は誰が悠真と一緒に寝るか、ちゃんと決めようね!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の背筋が凍りついた。
心臓が一気に跳ね上がり、冷たい汗が背中を伝う。
「え……待って。寝るって……」
澪が無表情のまま、しかしはっきりと言った。
「……私の布団がいい。静かで寝やすい」
葵が柔らかく首を傾げて、
「ふふっ、悠真くんは私が優しく包み込んであげるのが一番だと思うよ……ね?
胸枕もしてあげるから」
雛が両手を大きく広げて飛びついてきた。
「だめだめ! 雛が抱き枕になってあげる!
三人で一緒に寝ようよー! 悠真を真ん中に挟んで、ぎゅーって!」
三人が一斉に俺の顔を見て、目がキラキラと輝いている。
俺は慌てて両手を前に出し、声が裏返った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!
俺、一人で寝られるから! 自分の部屋で……!」
しかし三姉妹は聞く耳を持たなかった。
葵が優しい声で、
「今日は一人にしないって約束したよね?」
雛が元気いっぱいに、
「悠真が寂しくないように、雛がいーっぱい甘やかしてあげる!」
澪が短く、しかし強い口調で、
「……ゆーまは、私の隣」
三人が俺を取り囲むように立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。
194cmの長身が三人同時に迫ってくる圧迫感に、俺は思わず後ずさった。
胸が締め付けられ、息が苦しくて、頭が真っ白になる。
「待って……本気で待って……!
布団、争奪戦とかマジでやめて……!」
だが俺の言葉は、三姉妹の明るい笑い声にかき消された。
この夜は、まだまだ長くなりそうだった。




