第34話 全てを失った凪沙
保健室の甘い時間が終わり、俺たちは先生に事情を説明するため教室へと戻った。
頬の傷がまだ熱く疼き、血が完全に止まっていない。
三姉妹が俺を囲むように歩き、葵が右腕を、澪が左腕を、雛が背中を優しく支えてくれている。
その温もりが、痛み以上に胸を締め付けた。
教室に入ると、担任の先生と学年主任がすでに待っていた。
空気は重く淀み、クラスメイトたちの視線が一斉に俺たちに突き刺さる。
先生が俺の顔を見て、息を飲んだ。
「高見沢……その傷は……?」
「浮島凪沙が逆上して葵に飛びかかろうとしたんです。
俺が庇ったら、爪で頬を深く切り裂かれました」
声が少し震えた。
痛みよりも、凪沙の狂った目と、彼女が完全に壊れていく姿を見た衝撃が、胸の奥に重く残っていた。
葵が俺の袖を優しく握りながら、静かに続けた。
「私が止めようとしたら、悠真くんが前に出て……
悠真くんの血がたくさん流れて……本当に、心臓が止まるかと思いました」
澪は無言のまま、俺の左腕を強く抱きしめ、指先がわずかに震えていた。
雛は涙を浮かべ、俺の背中に顔を押しつけるようにして訴えた。
「凪沙ちゃん、すっごく怖い顔で……悠真の顔に傷をつけて……
雛、悠真が痛い思いするの、ほんとにほんとに許せない……」
先生は深いため息をつき、机の上のタブレットを操作した。
「実は……浮島凪沙の件で、今日中に学校全体に重大な情報が拡散された。
彼女の裏アカウントが完全に特定され、大量の証拠が晒されている」
画面に表示されたのは、凪沙の裏垢のスクリーンショットだった。
そこには、俺が貢いだ高額ブランドバッグやアクセサリーの写真が何十枚も並び、「貧乏人どもが羨ましがる顔が見たいww」「チビの財布、最高に便利」「クラスメイトの服、ゴミ袋みたいで笑える」といった悪口が無数に書き込まれていた。
さらに、飲酒パーティーの自撮り写真、喫煙しながら瑛斗とキスしている画像、夜のラブホテルで制服を乱した状態のプライベート写真まで——すべてが、彼女が「清楚で優しい女子」を演じていた仮面を粉々に砕いていた。
クラスメイトたちの顔が、次々と青ざめていく。
先ほどの混乱の中での出来事より、頭が冷静になった分だけ、その内容の酷さに言葉を失っていた。
「これ……全部本物……? 私たちの悪口、毎日書いてたの……?」
「改めて見ると本当に酷いな」
「飲酒に喫煙……しかも学生の身でラブホテルを何度も……相手は朝倉瑛斗か……」
「プレゼント全部転売して、浮気相手と豪遊してたって……マジかよ……」
先生の声が低く、重く響いた。
「誹謗中傷、飲酒、喫煙、未成年でのラブホテル利用……これらはすべて重大な校則違反だ。
今日の教室での暴行未遂も加われば、退学はほぼ確実だろう。
保護者への連絡と、警察への相談も検討している」
その言葉が教室に落ちた瞬間、静寂が広がった。
先生はさらにタブレットを操作し、別の画面を表示した。
「しかも……朝倉瑛斗からも重要な証拠が出てきた。
彼は浮島にこんなメッセージを送っていた」
そこには『凪沙、お前もう用済み。動画も全部下須川さんに渡したからな。勝手に死ねよ、役立たず』というメッセージが表示されていた。
「これは、浮島を脅迫・強要し、動画を第三者に譲渡した明確な証拠だ」
教室がざわめいた。
「朝倉も……未成年での飲酒・喫煙・ラブホテル利用に加え、浮島への暴行教唆と動画の不正譲渡……
これだけ揃えば、彼も退学は免れない。
最悪、警察沙汰になる可能性が高い」
瑛斗もまた、全てを失う運命にあった。
凪沙を見捨て、彼女の動画を下須川に売り渡した冷たい行為が、逆に自分の首を絞めていた。
先生はそこで一旦言葉を切り、葵の方を向いた。
「白峰葵、澪、雛……君達の行動についても話がある。
浮島の首を強く締め上げた件は、過剰防衛の可能性がある。
ただ、状況を考慮すれば……高見沢悠真くんを守ろうとした緊急時の対応だったと判断する。
今回は厳重注意とするが、今後このようなことは絶対にしないように」
三姉妹は静かに頭を下げ、しかし声ははっきりしていた。
「はい……先生。
でも、悠真くんが傷つけられるのを見た瞬間……頭の中が真っ白になって……
もう二度と、あんな思いはしたくないんです……」
その言葉に、先生は小さく頷いた。
「気持ちはわかるが、暴力は解決にならない。
君たち三人は、悠真くんを大切に想っているのはよく伝わっている。
だからこそ、冷静に対応してほしい」
俺は葵の大きな手に自分の手を重ね、優しく握り返した。
「葵……ありがとう。
俺も、みんなを困らせるようなことはしたくないよ」
葵の目がうるうるとして、俺の傷ついた頬をそっと撫でた。
「悠真くん……ごめんね。
私がもっと早く止めていれば……」
その優しい指先と、震える声に、胸の奥が甘く熱くなった。
(凪沙……)
俺は胸の奥がざわついた。
凪沙が全てを失う瞬間を、こうして間近で見ることになるとは思わなかった。
同情と、どこか冷めた解放感が、複雑に混じり合う。
葵が俺の頬の傷を心配そうに見つめながら、小さく呟いた。
「悠真くん……これで、少しは心が軽くなった?
でも……悠真くんが傷ついた分だけ、彼女も痛い思いをしたんだね……」
澪が無言で俺の肩に頭を預け、静かに息を吐いた。
雛は俺の腕をぎゅっと抱きしめ、涙声で言った。
「浮島凪沙……自分で全部壊しちゃったんだね……
悠真を泣かせて、みんなを傷つけて……結局、自分が一番惨めになるなんて……」
三姉妹が俺を優しく包み込む温もりが、
その冷たい現実の中で、唯一の救いのように感じられた。
※後書き※
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