第29話 瓦解し始めたハリボテの清楚系
教室のざわめきが、徐々に大きくなっていく中、俺は三姉妹の存在を感じながら、静かに息を整えた。
凪沙はまだ泣き顔を演じ続け、周りの女子たちが彼女を慰めている。
その様子を見て、教室の空気が一気に変わった。
「高見沢、ひどすぎるだろ……」
「浮島さんがあんなに泣いてるのに、冷たいこと言いすぎ」
「三姉妹に乗り換えたからって、元カノをあんな風に捨てるなんて……」
男子の何人かが、明らかに俺を非難する声を出した。
女子たちも、凪沙を擁護するように俺を睨んでいる。
三姉妹が俺の後ろに陣取ったことで、周りは「凪沙から白峰三姉妹に乗り換えたんだ」と罵倒し始めた。
俺は拳を握りしめ、深く息を吸った。
反論したくなる気持ちを抑え、静かに教室全体を見渡した。
「俺の気持ちは変わらない。
俺は凪沙と復縁するつもりは一切ない」
声は教室に響き渡った。
一瞬、ざわめきが止まった。
俺は続けた。
「凪沙がどう思っているかは知らない。
でも、俺はもう彼女とは終わったと思っている。
それ以上、関わる気はない」
周囲の視線が痛い。
男子の何人かが「冷てえよ」と呟き、女子たちが凪沙をさらに慰めている。
凪沙は涙を拭いながら、俺をじっと見つめていた。
その目は、悲しげに見せながらも、どこか計算された光を帯びているように感じた。
三姉妹は俺の後ろで静かに立っていた。
前に出ることはせず、ただ俺の背中を支えるように並んでいる。
その存在が、俺に力を与えてくれていた。
俺はもう一度、はっきりと言った。
「これ以上、俺に近づかないでくれ。
それが俺の気持ちだ」
教室が静まり返った。
凪沙は大声で泣き始め、その場にうずくまった。
俺は三姉妹の温もりを背中に感じながら、静かに息を吐いた。
この瞬間、俺は自分が少しだけ前に進めたことを実感した。
でも、心の奥では、凪沙のあの笑顔が、未だに不気味な影を落としていた。
◇◇◇
【凪沙視点】
私は教室の片隅でうずくまり、心配して追いかけてくるクラスメイトの肩を借りてシクシクと泣いてみせる。
「ごめんね、心配かけて」
「気にしないで凪沙ちゃん。あいつ酷いよね! こんなに凪沙ちゃんが思ってくれてるのに」
「そうだよ! あの言い方は酷すぎる。もうあんなのやめときなよ」
そうはいかねぇんだよ。あの金づるをこっちに引きずり込まないと、こっちが困るんだ。
だが、これでアイツはクラスの中でアウェー。敵認定間違いなしだ。
「ううん。それでも好きなんだ。今は誤解してるけど、本当は凄く優しいし、温かいんだ、悠真って。だからね……、誤解を解いて、また前みたいに仲良くなりたい。あんなに好きになる人、もう現われないと思うから」
「凪沙ちゃん一途だよー。私、断然応援するよ!」
泣いているフリをして肩に顔を埋めながら、私は吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
(こいつチョロ過ぎんだろ。数秒前と言ってること変わってるし)
バカなクラスメイトを嘲笑しながら、私は手酷く誤解されても好きで居続ける健気な女を演じる。
このままクラスの同調圧力を強めてやれば、いずれは折れて私の言うことを聞くしかなくなる。
(せいぜい躍ってくれよ、童貞チビww)
これで全てが上手くいく。
そう思っていた……。
――ピコンッ
「え?」
「どうしたの?」
その時、私とクラスメイト達のスマホの電子音が一斉に鳴った。
――ピコンッ
――ピコンッ
――ピコンッ
――ピコンッ
――ピコンッ
――ピコンッ
――ピコンッ
――ピコンッ
――ピコンッ
「な、なに?」
全く同時のタイミングだったので、クラスのグループLINEにでもメッセージが届いたのかと思った。
「えっ、な、なにこれ? え?」
「なになに? え、こ、これなに? どういうこと?」
クラスメイトの女子は混乱した様子でスマホと私の顔を見比べ始めた。
なんだ? なんだよそのツラは?
人の顔ジロジロ見やがって。
不愉快になりそうだったが、我慢してどうしたのかと尋ねる。
すると、片方がスマホの画面を差し出してきた。
「ねえ、凪沙ちゃん、これって……」
「え……? なっ!? こ、これはっ」
その画面を見て一気に血の気が引いた。
私は慌てて自分のスマホを取り出し、やはり私にも届いていたメールを開く。
するとそこには複数のURLが記載されており、一つをタップすると……。
「な、なんで……、なんで」
そこは、私が裏で運用しているSNSのアカウントが記載されていた。
写真、動画、プライベートなやり取り……すべてが晒されている。
しかも、実名と学園名まで明記されていた。
瑛斗と裸で抱き合ってる写真付きで……。
(そんなバカなっ!? 瑛斗とこんな写真、撮ったこと無い……)
これっ、これってまさか、瑛斗が言ってた隠し撮りの?
いや、違う。酔った勢いで、あの時……しまったっ。
じゃあこの犯人は瑛斗ってこと?
でもアイツに裏垢のことは一度も話した事がない。
瑛斗の仕業とは思わない。アイツはこんな手回しのいい事ができる脳みそは持っていない。
クラスメイトたちの視線が、私に集中した。
「凪沙ちゃん……これ、本当にあんたのアカウントなの?」
「え、待って……これ、高見沢君に貢がせてたって……本当?」
「朝倉君と……こんなことしてたの?」
声が、次々と私に向かって飛んでくる。
私はスマホを握りしめ、必死に笑顔を作ろうとした。
「これは……誤解よ。誰かが悪意で……」
しかし、言葉は震え、喉が詰まった。
クラスメイトの一人が、冷たい声で言った。
「誤解? これだけ証拠があるのに?」
その瞬間、教室の空気が一変した。
私は廊下の片隅で、初めて本気の恐怖を感じた。
(……これは、まずい)
スマホの画面が、次々と新しい通知で埋まっていく。
学園内のグループチャット、SNS、匿名掲示板……。
私の過去のすべてが、瞬く間に広がり始めていた。
私は壁に背を預け、膝が震えるのを感じながら、静かに息を吐いた。
この瞬間、私の計算が、完全に崩れ始めたことを自覚した。




