第27話 恐怖のメルヘン女
週明けの昼休み。
俺はいつものように教室の自分の席で弁当を広げようとしていた。
三姉妹はそれぞれ生徒会や部活の用事で少し遅れると言っていたので、今日は一人で食べるつもりだった。
その時、教室の入り口から聞き覚えのある声が響いた。
「悠真♡」
俺は箸を握ったまま固まった。
振り返ると、凪沙が明るい笑顔で立っていた。
彼女はいつもの清楚な制服姿で、手には可愛らしい弁当箱を持っている。
「え? な、なに?」
俺が思わず間の抜けた声を出してしまうと、凪沙はさらに笑顔を明るくして近づいてきた。
昨日あれだけ拒絶したのに、どんだけメンタル化け物なんだよ。
「一緒にお昼食べよ♡ 私、お弁当作ってきたんだ♪」
は? 何を言っているんだこの女は……。
俺は弁当を広げる手を止め、思わず後ずさった。
昨日まではあんなに必死で俺にすがりついてきたのに、今日は突然「♡」マーク付きの甘ったるい態度に変わっている。
腹黒い部分が丸見えだったはずの彼女が、こんな可愛らしい笑顔を浮かべているのが、逆に不気味だった。
「いや……いいよ。一人で食べるから」
俺が断ると、凪沙は少し寂しそうな顔を作ったが、すぐにまた笑顔に戻った。
「えー、そんなこと言わないで。
悠真が助けてくれたおかげで助かったんだよ?
お礼に、美味しいお弁当作ってきたんだから、一緒に食べよ♡」
彼女は俺の机に弁当箱を置き、隣の椅子に座ろうとする。
俺は慌てて手を前に出した。
「待て待て。
お前、あんなに必死だったのに、今日は急にどうしたんだ?」
凪沙は目を細め、甘えるような声で答えた。
「だって、悠真が私の王子様だって気づいたから♡
悠真が助けてくれた瞬間、運命を感じちゃったの。
これからは、もっと仲良くしようね?」
俺の背筋に冷たいものが走った。
この女は本気で何を言っているんだ?
この間まで俺を「財布」として利用しようとしていたくせに、突然「王子様」扱い?
しかもその笑顔が完璧すぎて、逆に不気味だ。
周りのクラスメートがちらちらとこちらを見ている。
俺は声を低くして言った。
「いい加減にしろ。
俺はお前と関わる気はないって言ったはずだ。
あの時は偶然助けただけだ。
もう近づかないでくれ」
凪沙の笑顔が一瞬、ぴくりと動いた。
しかしすぐに、また甘い表情に戻る。
「そんな冷たいこと言わないでよ……
私、悠真がいないと本当に困っちゃうんだよ?
ね? 一緒に食べようよ♡」
彼女は弁当箱を開け、中身を見せようとする。
俺は立ち上がり、机を少し離した。
「悪いが、遠慮する。
お前が何を考えてるのか知らないが、俺はもう巻き込まれたくない」
その時、教室のドアが開き、雛が元気よく入ってきた。
「悠真ー! 一緒に食べよー!」
雛の明るい声が教室に響き、凪沙の表情がわずかに凍りついた。
俺は雛に軽く手を振り、凪沙から距離を取った。
凪沙は弁当箱を手に、静かに立ち上がった。
「ふふっ、今日は諦めるね。
でも、また声かけるから……待ってて♡」
彼女はそう言い残し、教室から出て行った。
俺は胸の奥で強い違和感を覚えながら、雛の笑顔を見た。
(この女……何を考えているんだ?)
昨日までの必死さと、今日のメルヘン女のような態度。
そのギャップが、俺の胸に不気味な影を落としていた。
◇◇◇
【凪沙 視点】
教室から出た後、私は一人で屋上へ上がった。
風が強く、制服のスカートがはためく。
手すりに寄りかかり、遠くのグラウンドを眺めながら、さっきの悠真の反応を思い返していた。
ふふ、悠真は私のことをちゃんと意識し始めた。
思った通り、「もう関係ない」と言いながら、声をかけたら無視することはできない。
「そこがあなたの弱さだってこと、私はちゃんと知っている」
とはいえ、時間は無い。
今日中に悠真を籠絡して、瑛斗や下須川とのトラブルを解決しなければ、私の身に降りかかる未来はお先真っ暗だ。
幸いにして悠真は、まだ童貞のままだろう。
私が体を許すことを匂わせれば、犬のように飛びついてくるはず。
何しろ三姉妹はあいつのコンプレックスの象徴そのもの。
それは付き合っていた3ヶ月で話した内容から容易に想像できた。
つまり家族のような情は感じていても、異性としては好みのタイプではない。
私が体を許すことを匂わせ、ちょっと精神を揺さぶってやれば、無事にATMに返り咲いてくれるに違いない。
私はスマホを握りしめ、瑛斗に送るメッセージを打ちながら、静かに笑った。
(もう少し……もう少しだけ時間を稼げば、何か方法が見つかるはず)
風が冷たく頰を撫でる中、私は次の行動を静かに考え始めた。
瑛斗の脅し、下須川の影、動画の存在……。
私が悠真を捨てた選択が、こんな形で自分に返ってくるとは思わなかった。
私は屋上の手すりに寄りかかり、遠くのグラウンドを眺めながら、静かに息を吐いた。
(悠真……あなたはまだ、私のことを完全に忘れていないはず)
私はスマホを握りしめ、次の行動を冷静に考え始めた。
このままでは本当にすべてを失う。
最悪、下須川や他の男達に抱かれるのも仕方ないだろう。
(犯されるのはごめんだけど、心を殺せばなんとでもなる)
「まぁ……《《別にレイプは初めてじゃないし》》……な」
過去の苦い記憶がジワジワと脳を焼き、かぶりを振った。
普通はそこでセックスがトラウマになりそうなもんだけど、今じゃ逆にセックスが武器になっている。
皮肉なもんよね。
セックスなんて所詮肉体の接触に過ぎない。
逆に成り上がるためのコネクション造りができるなら、積極的に活用するべきだ。
でも、悠真という巨大なATMに比べたら、そんなチンケなチャンスはどうでもよくなる。
プライドを捨てるか、別の道を探すか——選択の時が迫っていた。
(でも、なんだろうな……この気持ち)
「悠真、あんたになら、普通に抱かれてもいいかもしれない……」
感じた事のない感情が心を支配しそうになったが、私はかぶりを振ってその場を後にした。
※後書き※
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